第四部 エピローグ (前編)
「まさか、あのジョヴァン団長が失脚するとはねぇ」
王城の通路を歩くエントモリが、そう呟いた。
幻霧祭の騒動から、いくらか経った頃。
もはやすっかり王政府の役人の一人となっている彼女は、事件の後処理に追われて、いまだに忙しい日々を送っている。
「次期の騎士団長には、誰が就くんだろう? エントモリ、聞いているかい?」
隣を歩くセスタピッチがそう聞いた。
彼は彼で、法官の立場から事件の様々な後始末に追われている。
今回、彼は王政府が拘束中のある女性……あのヒースの懐刀であった、とある元騎士団幹部の女性の取り扱いについて、他の様々な手続きについて、王城で色々とやり取りや具申をしている最中だった。
「能力的には、警察騎士の部隊長が就くはずだったんだけど……ジョヴァン団長も警騎部隊出身だったからねえ」
エントモリがそう答える。
王国騎士団長であったジョヴァン……ジョヴァン・ホワイツは、先の事件中に起こったとある背任行為によって職を辞し、王政府から追放処分を受けていた。
その詳細は、世間や騎士団には伝えられていない。
王都の事件中に、保身のために逃げ出した……。
混乱の中で、クーデターを起こそうとした……。
むしろ、あの事件の首謀者はジョヴァン団長だった……。
そんな色々な噂が立っているものの、ジョヴァン失脚の正確なところを知るのは、エステル王を筆頭とする王政府の最高幹部陣だけに留められている。エントモリやセスタピッチでさえ、その本当に正確な所は、知らないままなのだ。
「同部隊からの連続を避けて、ラフォン・ドルドラ防騎部隊長が騎士団長に就任するみたいよ。暫定的にね」
「そうですか」
セスタピッチはそう答えて、窓から見える王都の風景を眺めた。
先の事件によって壊滅的な被害を受けたはずの王都は、あの一晩の出来事がウソのように元通りになっている。なんでも、白い長髪の男が歩いた軌跡に沿って、まるで時計の針を巻き戻すように建物や負傷者が元通りになったというが……正確なところは、誰にもわからない。
あの晩の出来事を、夢か何かだったと言う者もいる。
というよりも、その認識が一般的だった。
王都の学者の中には、あれが集団催眠のパニック状態だったという者や、幻霧祭の霧に幻覚成分が含まれているなどもっともらしい説明をする者もいて……真偽はともかくとして、その説は広く受け入れられようとしている。
他にも多くの目撃者が、様々な証言をしており、事件の全貌は混沌としていた。
中には、蒼髪の青年と共に降り立った機械仕掛けの天使が、悪魔を打ち倒すのを見たなど、
中には、光り輝く装甲を身に纏った神の獣が舞い降り、少女と共に人々を救済するのを見たなど……。
死者が蘇り、王都が炎上したあの一晩の出来事を……人々は、様々な解釈で理解しようとしていた。
「……おっと?」
そんな窓から見える景色の中に、セスタピッチは何かを見つけた。
思わず歩みを止めた彼は、エントモリに尋ねる。
「大広場の……あれは?」
「ああ、あれはね……」
◆◆◆◆◆◆
「王立裁判所は今頃、大忙しであろうな」
『王の間』で玉座に座りながら、エステルはそう呟いた。
「そりゃそうよ。スキャンダルが一挙に押し寄せてきたんだから」
その隣に立つポワゾンがそう答えた。
彼女は手元の資料をペラペラと捲りながら、半ば呆れたような表情を浮かべている。
「さっき、法官のセスタピッチが歩いているのを見たわ。たぶんそれ関係ね」
ポワゾンがそう言った。
ヒースの腹心であったフィオレンツァへの尋問によって、王政府は思いもよらぬ情報を入手することとなった。
フィオレンツァは尋問の中で、あのヒースが『追放者小隊』を率いていた頃に、そして独自に密偵部を運営していた頃に集めていた、大量の闇情報をリークしたのだ。
その中には、貴族階級の犯罪行為の証拠から癒着に腐敗、前王の時代に容認されていた賄賂のルートに違法な活動の数々……挙げ始めればキリが無いほどの、様々な影の情報が含まれていた。
「貴族連中があのヒースを持ち上げていたのは、こういった理由があったのね」
「弱みを握られて、良いように操られていたということであるな」
エステルは頬杖を突きながら、そう呟いた。
「その情報を握っていたヒースが消えたことで、焦っていたのだろう」
「彼の言いなりになっていれば、少なくとも自分たちの地位だけは安泰だと思っていたんだからねえ」
そう呟いたポワゾンは、すでに軽蔑の色を隠そうとしていない。
特に重罪に処される予定なのは、税収の厳密化に反対していた大貴族たちだ。エステルの施策に反対して、何度も謁見を重ねていた貴族たちは、その誰もがフィオレンツァの明かした闇の情報に名前が載っている者ばかりだった。
彼らは後日、王立裁判所の厳しい追及を受けることになっている。
「皮肉だけれど、これで改革は一気に進みそうねぇ」
「……当のフィオレンツァは、どうなっている?」
「法官たちが尋問に当たっているみたいだけど、状況は芳しくないって。情報のリーク自体は、生前のヒースからの指示だったらしいけど……他はサッパリ」
「彼女は、どうなるのだ?」
エステルがそう聞いた。
「もう、廃人みたいになってるみたいでね。情報の重要性も鑑みて……制度を応用して保護観察処分にしてはどうかって、セスタピッチから相談があったわ。精神的にかなり衰弱してるらしくて……まともな状態じゃないみたいだから」
「そうであるか……」
そう返して、エステルは複雑そうな表情を浮かべる。
あれほど暴れ回っていたフィオレンツァであるが……ヒースが死亡したことを知ってからは、まるで糸が切れた人形のようになってしまっているのを知っていた。
尋問官の言葉もほとんど聞こえていないように見えて、彼女はただ、生前のヒースに教えられていた資料の隠し場所を、彼の命令通りに明かしたきり、塞ぎ込んでしまってまともな会話が出来る状態ではないという。
「どうして……ヒースはそんな命令をしたのであろうな」
「なんの話?」
「いや、フィオレンツァに。自分の握っている情報を、全て公開せよと」
「さあ?」
ポワゾンはそう返すと、手元の懐中時計で時間を見た。
「そうできるから、そうしただけじゃない?」
「そんなものであるか?」
「知らないわよ。それより、そろそろ時間よ。大広場に行かないと」
「ああ、もうそんな時間であるか」
エステルは立ち上がると、ポワゾンに尋ねる。
「それで、例の件は進んでおるか?」
「ええ。ピアポイント副長に頼んであるわ。私の仕事が増えるのは納得いかないけれど」
「そう言うな、ポワゾンよ。最後には、お前にしか任せられん」
「うるさいわ、チビ姫」
◆◆◆◆◆◆
王国が擁するレベル100の到達者が、二名死去した。
そのニュースは、新聞や王政府の発表によって、広く王国民の知るところとなっていた。
レベル100の到達者を祀り上げ、王国の歴史と国力を知らしめる『列王制度』。
これにより、王政府は奇械王や冒険王に連なる、新しい二人の『列王』の認定を行う。
大広場には多くの人が集まっており、その目の前には、高級幹部たちを従えるエステルが立っていた。
エステルは台本が書かれた白紙を広げながら、ゴホンと咳を鳴らす。
「えー……王政府は以下の二名を、新しい列王として認定するものである」
そこまで言ってから、エステルは後ろを見やる。
そこには白い布がかけられている、二体の大きな彫像があった。
その横には、工芸系統の錬金を扱う技術屋たちの責任者を務めたジュエルと、
その上には、彫像を覆う白布を取るために空中でホバリングしている、オリヴィアの姿。
「一人目。レベル100の到達者にして、王国の料理界に多大な貢献を成した……元、ブラックス・レストラン料理長」
エステルがそこまで言った所で、オリヴィアが片方の彫像にかけられた白布を取り払う。
黒い鉱石によって作られたその彫像は、コック姿の、長髪をした女性の像だった。
「ジーン・ブラックス氏を、王政府は『料理王』として列王する。これ以降、公式の文書に彼女の名を記載する際は、彼女を『料理王ジーン』と記すことを付記するものである」
エステルはそう言ってから、次の白紙に移る。
「もう一名。同じくレベル100の到達者にして、王国の犯罪捜査に多大な貢献を成した……元王国騎士団所属、最終階級、一等王族護衛官」
その書面を読み上げながら……エステルは複雑な思いを、抱えずにはいられない。
あの夜の出来事の真実は、国民に伏せられている。
それゆえに、ヒース本人も犯罪者としてではなく、単に元王国騎士団の人員が殉職した、という情報だけに留められていた。
無用な混乱を防ぐために……そしてその全てを明かしたとしても、メリットよりもデメリットの方があまりに大きいために。彼の真実は、様々な機密情報と複雑に絡み合いすぎているがゆえに。そもそも、あの現象と計画の全てを、一体どうやって説明すれば良いものなのか。
だから、この二人の死は大雑把に、あの夜の出来事の渦中において死亡が確認された、ということになっていた。
空に浮かぶオリヴィアがもう一体の白布を取り払い、その姿が露わになる。
同じく黒い鉱石を錬金して作られたその彫像は、髪を後ろに撫でつけ、騎士団の幹部礼服を着た青年の姿をしている。
「ヒース・ホワイツ氏を、王政府は『英雄王』として列王する。これ以降、公式の文書に彼の名を記載する際は、彼を『英雄王ヒース』と記すことを付記するものである」
◆◆◆◆◆◆
列王の認定行事を手伝ったオリヴィアは、魔法学校へと飛んで帰る途中で、空から王都の情景を眺めていた。
どこもかしこもすっかり元通りになっており、あんな戦争状態があったなんて、信じられないほどだ。
そこで、彼女は地上に何かを見つけて、その場所まで降り立った。
「ポチさん!」
『“…………ん?”』
彼女が降り立った先は、魔法学校の正門前。
そこには、神狼のポチが地面に寝そべって、眠たそうにしていた。
彼の周りでは、王都の子供たちが無邪気にはしゃいでいる。
「すっげーモフモフ!」
「めっちゃ気持ち良いー!」
「かわいー!」
群がる子供たちが彼の灰色の毛並みをモフモフしながらはしゃいでいるのを、ポチは鬱陶しそうにしている。
そんな様子を見ながら、オリヴィアが尋ねる。
「いかがデスカ? 王都の生活は」
『“やかましくてかなわん。”』
「なるほど! それは良かったデス!」
ポチは念話で言葉を伝えたはずだったのだが、機械仕掛けのオリヴィアには念話が通じないのを思い出した。
あの夜の一件以来、神狼のポチは「お手柄! 野生のフェンリルが民衆を救う!」という新聞記事で、一躍王都の人気者になっていた。幻霧祭の夜に王都へ降り立ち、ナチュラが消えた後も、彼は仕方ないので混乱している民衆を手助けしたり、迷子になってしまった子供の首を咥えて、親元まで届けてやったりしたのだ。
そのまま森に帰ろうと思っていたのだが、なんだかそのまま国民や新聞に持ち上げられてしまい、復活したナチュラに言われたこともあって、しばらく王都で過ごすことにしていた。それからは魔法学校の正門前で、呑気に番犬みたいなことをしているのだ。
「平和デスネー」
『“……ウム。”』
オリヴィアがそう呟いて、ポチが念話でそう呟く。
ポチの念話はやはりオリヴィアには届かないので、その会話は一方通行気味だった。
「ナチュラ様と、何を話されたのデスカ?」
『“色々だ。”』
ポチはそう答えたのだが、やはりオリヴィアには届かない。
彼女はそれでも、ポチが自分の方を見てくれたことが、嬉しいようだった。
あの晩に、あまりに長い時間を隔てて出会った一人と一匹が、どんな話をしたのか。
それは、その一人と一匹しか知らない。
だけれどその一匹は、こうしていればきっと、いつかまたあの少女に会えると、なんとなく思っていた。
彼女がそう言ったから。
オリヴィア「『追放者食堂へようこそ!』みなさまのオカゲでー!」
ポチ『“続刊決定……!”』
オリヴィア「ワーイ! 本に出れマスネ! オリヴィアはとっても嬉シイ!」
エステル「良いなあ! 余も出たいぞ!」
作者より
みなさまの応援のおかげで、『追放者食堂へようこそ!』の第二巻目が刊行されることが決まりました。
読者の皆様には、感謝してもしきれません。
また刊行月等に関しましては、追ってお知らせできればと思います。
2巻目も、大幅に改筆加筆が出来ればと思っていますので、よろしくお願い申し上げます……!
まだ書籍版がどんな物か見ていなくて、興味のある方は、ぜひ手に取ってみて頂けますと嬉しいです!
それではー!!!