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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第4部 追放騎士と世界のオワリ
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最終話 ラスト・マン・スタンディング


 デニスの拳が、ヒースの頬骨を打ち砕く。

 ヒースの拳が、デニスの鳩尾に突き刺さる。


「『英雄は(バタフライ・)斃れず(エフェクト)』ッ!」

「『反転予知(ラプラス)』ッ!」


 互いに、過去改変と未来予知のスキルを起動しながらの単純な殴り合い。

 しかしもはや、互いに全ての過去を改変し、全ての未来を避け切れるわけではない。


 勢いに任せたデニスの拳が、ヒースの頬肉を抉るように殴り抜ける。

 頭蓋の骨にヒビが入り、ヒースはその場に倒れ込みそうになった。

 しかし踏みとどまると、腰から回した素早い返しの拳がデニスの鼻骨を砕く。


「ぐぅうぅっ!」

「がぁぁあっ!」


 互いに休みなく殴り合いながら、行動不能に繋がる致命傷のみを改変し、避ける。

 余計なスキルを発動させる余裕は無い。

 これはつまり、消耗戦だった。


 大量出血で半死半生の状態であるヒースは、たとえ数秒の過去を修正しようとも、継続する多量の出血を止められるわけではない。その間にも、スキルを発動するための体力は、身体中の傷口から血の形となって垂れ流れ続けている。

 対するデニスも、死ぬわけではない未来を躱す余力は残されていない。攻撃を避けるための体力の全ては、一撃でも多くの拳を振り上げるために注がれている。


 打拳が命中するたびに、身体を破壊する惨たらしい音と共に血しぶきが飛び散る。

 二人の周囲が互いの鮮血に塗れて、石床の上に血溜まりを作る。

 それでも、赤く染まる拳で、血に染まる両者を殴りつけ合う。


 自分が倒れることは考えていない。

 相手が倒れ伏すまで、殴り続けるまで。


「ごばぁっ!」


 腰を回転させて打ち込んだデニスのボディが、ヒースの横っ腹に突き刺さった。

 肝臓に衝撃が走り、ヒースの身体が真っ二つにへし折れて、その唇から涎と血反吐が飛ぶ。


「ガァアッ!」


 踏みとどまった足を起点として、突き返すように放たれた拳が、デニスの顎に命中した。

 脳を揺さぶられて、足がふらつき、その場に倒れ込みそうになる。


 しかし結局、お互いに倒れない。

 相手を地に伏すために、死力を尽くして。

 動かない身体から、無理やりに拳を突き出し合う。


 その中でカウンター気味に突き刺さった一撃が、ヒースの顎骨を粉砕した。


 彼はなおも踏みとどまろうとするが、その間にも垂れ流れ続ける出血に、ついに膝がポキリと折れる。


「ぐぁっ……」


 ゴシャリ、とヒースが倒れた。


 受け身を取る余力すら存在せず、殴り倒された勢いのままに、石床へと頭をしたたかに打ち付ける。


 その瞬間、赤い閃光が迸って、ヒースは最低限の過去を改変した。

 倒れた際に割れた頭蓋骨だけを修正し、震えながら立ち上がる。


「ぐ、ぐぅうぅぅっ……」


 しかし……


 何とか立ち上がったヒースは、両手を上げることすらできない状態だった。

 致命傷は過去改変で無かったことにできるが、絶えず全身の傷から流れ続ける出血が、じわじわと彼を行動不能に追い込もうとしている。


 それを見て、デニスが踏み込んだ。


「ぉぉおおおおっらぁああっ!」

「ごぉっ!」


 渾身の右ストレートを喰らって、ヒースの口から惨い呻き声が漏れた。

 もはや踏みとどまることすら出来ず、そのままの勢いで背後に吹き飛ばされ、固い石床に全身を打ち付ける。


 過去改変の赤い閃光が、弱弱しく火花を散らした。


「ぁぁ……ぐぁ……ぁ……っ」


 もはや、意識があるかさえ怪しい。


 それでもヒースは立ち上がった。

 しかし、震える両脚で立とうとも、ぶらりと垂れ下がった両手には、格闘の構えを取る余力すら残っていない。


「立ち上がるな……ヒース。お前の負けだ……」


 デニスがそう言った。


「ぐぁ……がぁ……」


 それでも、ヒースはふらふらと、いつ倒れてもおかしくないような歩みで、デニスに向かって来ようとする。


「お前は強いよ……俺よりも強い。ジーン料理長が、みんながいなけりゃ……倒せなかった。お前が……お前が最強だ」

「が……ぁ……」

「だから……もう倒れてくれ。もう、やめてくれ」


 デニスの言葉は、ヒースに届いているのか。それは定かではない。

 彼はふらつきながら、酔っ払いのような足取りで、なおも向かってくる。


「もう……やめろって! 言ってるんだろうがぁ!」


 踏み込んだデニスが、ふたたびヒースを怒りと力に任せて殴りつけた。

 何かが砕けて弾けるグロテスクな音が響いて、また彼の身体が床に転がる。


「はぁ、はぁ……」


 あまりに惨い感触に、デニスは泣きそうになっていた。


 パチリ……と小さな赤い火花が飛び散って、ヒースの身体がゆらりと立ち上がる。


「ぁ……ぁ……」


 彼は右手を前に伸ばして、歩き出す。


 その手は何かを求めるように、探るように差し出されていた。


 何が、見えている……?


 デニスはふと、そんなことを思った。


 二人は同じ場所で立ちながら、

 全く別の物を見て、全く別の物と戦っているような。

 そんな不思議な感覚が、デニスの脳裏に過る。


「うぁぁぁああぁぁああっ!」


 デニスは雄叫びを上げながら襲い掛かり、ふたたび、ヒースの顔面を殴りつけた。



 ◆◆◆◆◆◆



 王国騎士団本部の通路。

 不思議なことに、そこには誰もいないようだった。


 ヒースはそこで、一人で立っていた。


「…………?」


 見てみると、ヒースは騎士団の白い幹部礼服を見にまとっている。

 なんの用があって、ここにいるんだっけ?


 ふと目の前を見てみると、通路の奥に。

 ネヴィアやヒマシキ、それにキャノンが立っているのが見えた。


「ヒースさーん。遅いですよー」

「置いてっちまうぜ、大将」

「…………………………………………………………………………先、行きますよ」


 三人はそんなことを言った。


「おいおい、待ってくれよ」


 ヒースはそう言って、三人の下に歩いて行こうとする。


 しかしなぜか、足がうまく動かない。

 ふらついてしまって、うまく前に進めない。


「どうしたんですか、ヒースさん」


 通路の奥から、ネヴィアの声が聞こえる。


「わからん……」


 ヒースは、弱弱しくそう呟いた。


「足が、動かなくて……うまく歩けないんだ……いま、行くから。待ってくれ……」



 ◆◆◆◆◆◆



 立ち上がったヒースは、よろめきながら、デニスの方へと歩いて来ようとする。


 拳を喰らわずとも、途中で膝が折れて、ゴシャリと倒れてしまうこともあった。


 しかしそれでも、ヒースは震える小鹿のように立ち上がって、デニスの方へと歩いて来る。


 何度殴りつけても、何度床に転がそうと、


 手を伸ばして、何かを掴もうとするように、彼は歩みを止めない。


 その血まみれの顔に、涙が伝うのが見えた。


「もう……やめろ……!」


 目の前まで歩いてきたヒースを、デニスはふたたび殴りつける。


 顔面の骨を砕き、吹き飛ばし、床の上で何回も転がす。

 あまりに弱弱しい、過去改変の火花が、一瞬だけ迸った。


 もはやヒースに意識が無いことは、デニスも気付いている。


 何かの執念で。

 何かに辿り着くために。


 彼はすでに死に絶えようとする身体で立ち上がって、歩こうとしている。


 デニスは石床から、肉切り包丁を一本だけ錬金した。

 それを握って、彼はヒースを待ち構える。


 ヒースは何かに手を伸ばして、よろめきながら、デニスに向かってくる。



 ◆◆◆◆◆◆



 騎士団本部の廊下を、ヒースは苦労しながら、少しずつ歩いていた。


 奥に見える三人の所へ辿り着こうとするが、むしろ距離が遠くなっていくような感じさえある。


 彼は一歩一歩、何とか足を持ち上げて、よろけながら手を伸ばした。


「待ってくれ」


 ヒースは泣きながら、そんな声を漏らす。


「僕を……俺を、置いて行かないでくれ」


 歩みが重い。

 世界の重力がおかしくなってしまったようだ。


 それでも、彼は歩こうとした。


 少しずつ進んでいるはずなのに、三人との距離は離れていく。


 彼はそれでも、手を伸ばした。



 ◆◆◆◆◆◆



 デニスが踏み込んだ。


 目の前の自分へと手を伸ばす、ヒースに対して。


 その身体に向かって、倒れ込むようにして、渾身の肉切り包丁を叩きつける。


 もはや、包丁を振る力すら残っていないデニスの一撃。


 床に膝を突きながら、何とかその刃をヒースに押し当てて、デニスは声を張り上げる。


「『強制退店の一撃』!」


 ヒースの胸元に包丁が命中し、一瞬だけ彼の動きの全てが止まった。

 その瞬間、最後の力を出し切ったデニスの身体が、床に倒れ込む。


 効果の強制発動までのタイムラグ。

 座標移動の強制が付与されるまでの、刹那の猶予時間。


 それが終わった瞬間。


 ヒースの身体は、何かに引っ張られるようにして、凄まじい勢いで背後へと吹き飛んでいく。


 空中を飛びながら、過去改変の火花が一瞬だけ迸った。

 『強制退店の一撃』の効果付与を無かったことにする、なけなしの過去改変。


 しかし。


 ゴツン、と惨い音がして、ヒースは背後の壁面に強く叩きつけられた。

 飛んで行った勢いで、固い石壁に背中と後頭部を打ち付けて、彼の首の骨が砕ける。


 彼の身体はそのまま落下して、石床の上にグシャリと転がった。


 うつ伏せのままで倒れた彼の身体は、それ以上動かない。

 過去改変によって生じる、赤い閃光も炸裂しない。


 この世の全てが、動きを止めたように感じられた。


 デニスはその場に跪きながら、ピクリとも動かなくなった彼の身体を、しばらくの間眺めていた。


 階段から、みんなが駆けあがって来るやかましい音が響いている。


 デニスはその音を聞きながら、もう動かないヒースの身体を、ただ茫然としながら見つめていた。



 最後に生き残ったのは……俺だ。


 デニスはそう思った。


 彼の身体がぐらりと倒れて、石床の上に転がる。


 薄れゆく意識の中で、彼はこう思わずにはいられなかった。



 しかし、最後まで立っていたのは……奴の方だ。











 ◆◆◆◆◆◆



「やっと追いついた」


 ヒースはそう言った。


 いつの間にか通路の奥まで辿り着いたヒースは、その場で膝に手をつきながら、疲れたように息を吐き出す。


「ははは……追いついた。やればできるもんだ」


 ヒースがそう呟くと、目の前に立つ三人……ネヴィアとヒマシキ、それにキャノンは、彼に対して困ったように微笑んだ。


「なんだ?」


 そんな三人の表情を見て、ヒースが尋ねる。


「なんか、文句でもあるのか?」



次回「エピローグ(前編)」

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