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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第4部 追放騎士と世界のオワリ
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25話 カーテン・コール (後編)


 復活したファマス卿とジーン料理長。


 対するジョヴァン団長とヒースは、小細工無しの突撃に踏み出した。


 四名の中で、最も素早いのはジョヴァン団長だ。

 現役の前線時代、そのあまりにも素早い剣捌きから、「剣ではなく鞭を振るっているように見える」と言わしめた神速の斬撃。


 残像によって、振るわれた剣がしなる鞭のようにさえ見える高速の斬り込みが、ファマス卿に襲い掛かる。


「――――ッ!」


 ジョヴァンの斬撃が、ファマス卿の身体を剣刃の腹で捉えた。

 胴体を真っ二つに切り分けられたファマス卿は、そのまま後方へと下がりながら、煙のように消えていく。


 それは催眠によって見せていた虚像であり、ファマスの実像は他の場所に居る。

 しかし、そのあまりに素早い攻撃に、彼は危機感を覚えた。


 ヒースのような特殊な壊れスキルに対しては、その弱点を突く戦法により無類の強さを誇る催眠魔法であるが……ことにジョヴァン団長のような、「単純に強い、ゆえに目立った弱点の無い」剣士に対しては、その単純火力と速度によって押し切られる可能性がある。


 もっとも、普段ならば接近戦を避け、距離を取って催眠をかけ直せばいいだけなのだが……この狭い空間では、ジョヴァン団長は単純に脅威だった。


「『防護(ポーテクション)』!」


 そのまま突進してくるジョヴァンは、並走するヒースを護るようにして前方防御の魔法を展開する。半透明の白い盾のような魔力が出現し、それはジーン料理長が撃ち込む包丁の嵐を弾いて防ぎ切った。


「――――チィッ! 『料理長(シェフ・ド・)の絶技(キュイジーヌ)』」


 接近を防ぐため、ジーン料理長は自身の周囲に、さらに大量の刃物の魚群を展開する。

 彼女を台風の目として渦巻く包丁の竜巻は、物理的な凶器の防護陣として機能した。


 しかし、ヒースは何の躊躇も無しに、その殺傷防壁の中へと突っ込んで行く。

 包丁の嵐を身体に受けながら、全身を突き刺されながら、ヒースはその嵐の中へと手を伸ばした。


「『英雄は(バタフライ・)斃れず(エフェクト)』!」


 過去改変を連続で起動し、殺された直後から復活するヒースが、ジーン料理長の刃物の防御陣を()()()()()()突破する。ファマス卿は、そこに催眠魔法で援護しようとするが……サーチスキルを起動しているジョヴァンが、魔法の発動を見逃さなかった。


「そこかっ! ファマス!」


 一転方向を変えたジョヴァンが、縮地系のスキルで踏み込み、魔法の発生源へと稲妻のように斬りかかる。


 それぞれにレベル100を擁する四人の戦いは、普通の者が見れば、全く理解のできない光景だった。


 殺されることを恐れずに突っ込み、実際に殺され続けるヒースと。

 何も無いはずの空間に対して、躊躇なしに斬りかかるジョヴァン。

 しかしそれは、たしかに有効な攻撃だった。


「ぐぅっ!」


 空を切ったはずのジョヴァンの剣先が、その闇に隠れていたファマスの実体を捉えた。

 肩を斬られて出血したファマスは、視覚の盲点を利用する催眠魔法によって、ふたたび闇の中へと消えようとする。

 しかし、それを簡単に許すジョヴァンではない。


 互いの陣営に生傷が増えていく。

 互いに攻撃を加え、攻撃を加えられていく。


 その戦闘の渦中で。


 椅子に縛り付けられているアトリエは、必死に、暴走する自分のスキルを制御しようとしていた。


 自分の周囲に開く、無数の意識の扉。

 その奥で赤い閃光を炸裂させる、悲しみの扉たち。

 それを止めなければならない。


 止めることができるのは、彼女だけなのだ。

 しかし……どうすれば。

 どうすれば、この悲しみと怒りの嵐を止められる。


「アトリエ!」


 名を呼ばれて、彼女はそちらの方を見た。

 立ち上がろうとするデニスが、彼女の名を呼んでいる。


「俺も……俺も、頑張るから! お前も頑張ってくれ!」


 デニスは折れた脚で無理やりに立ち上がりながら、そう叫んだ。


「お前ならできる! お前は、うちの看板娘だろう! 俺の大切な、この世界で一番の看板娘だ!」

「…………デニス様」


 デニスの叫びを聞いたアトリエは、ハッとする。


 何をすればいいかではなく、何かをしなければ。


 わからなくても、進まなくては。

 暗黒の中で立ち上がり、声を張り上げなくては。


「『――――聞け!――――』」


 無数の意識の扉の中心に立つアトリエは、声を張り上げた。


 それは物理的な声ではない。

 精神的な、意識の扉の向こう側へと届けるための声。


 この世界の全てに届けるための言葉。


「『この世界に生きる全ての者よ! 私に接続される者たちよ! 聞け! この私の言葉を、この私の思いを、聞け――――!』」



 ◆◆◆◆◆◆



 アトリエの声は、脳内に不思議に響く声色となって、この世のあらゆる人に届いていた。


 この世界の意識の全てに。


「『私たちは、たくさん悲しんだ! たくさん転んだ! でも、その全てを、無かったことにしてはいけない!』」


 王城の一室で、ある父親が、ティアのことを抱きしめている。


「お父さん……何か、聞こえる」

「そうだね……聞こえる」


 その奇妙な声に、二人はふと宙を見上げてから、お互いのことを見つめ合う。


「私がいなくて、寂しかった?」

「うん……寂しかったよ、ティア。お父さんは、寂しかったよ」


 その小さな体を抱きしめながら、彼は泣き声を絞り出す。


「でも……頑張ってるよ。お前が居ないなりに。エステルちゃんに、仕事をもらってね。頑張ってるんだ」

「そう……良かった」


 ティアは父親の背中を優しく撫でてやると、尋ねる。


「私が居なくても、大丈夫?」

「うん……頑張るよ……頑張るから、安心してくれ……」

「本当に?」


 ティアがそう聞くと、父親は、


「ああ、大丈夫……本当、に……」


 そう言おうとして、決壊してしまったように、泣き崩れる。


「本当……な、わけ、ないだろう……!」

「そっか……」

「やっぱり、お前がいた方が良いよ……! なんで死んでしまったんだ……!」

「ごめんね」

「うっ……うぅぅ……!」

「ちゃんと言えたね、お父さん」


 ティアは優し気に微笑むと、父親の身体を離して、彼の瞳を見据えた。


「それじゃあ、私に言わなきゃいけないことは?」

「……え?」



 ◆◆◆◆◆◆



「『死ななければ! 間違わなければ! ずっと変わらずに、一緒に居られれば! 私たちはずっと幸せでいられる! でも、違う! それはきっと、違う!』」



 その声は、ユングフレイのスキルによって元通りに修復されつつある王都全域に響いている。


 夜空に赤い閃光が炸裂し、まるで昼間のように明るい王都の中で。


 すでに暴れ狂う子供たちを制圧していたオリヴィアと奇械王ユヅトが、その頭に直接響いて来るアトリエの声を聞いていた。


「これは……精神干渉スキルか? これほど広範に……」


 ユヅトが驚いていると、隣に立つオリヴィアが、彼のことを覗き込んだ。


「ユヅト様?」

「ああ、なんだろう……オリヴィア」


 彼女はユヅトの手を取った。

 そして、彼のことを真っすぐに見つめる。


「オリヴィアは、たくさん歩いてキマシタ」

「……そうだろうね」

「残念ナガラ、ユヅト様が思い描イタような未来には……まだなってイマセン」

「……そうみたいだね。人は相変わらず、争い合って、奪い合っている」

「デモ、オリヴィアはわかりマシタ! 大事なことが、ワカリマシタ!」


 彼女は嬉しそうに、そう言った。


「歩き続けて、やっとアナタを見つけた! この世界から、アナタを見つけ出した!」

「うん……久しぶり、オリヴィア」

「たくさんの人が優しくしてくれマシタ。オリヴィアはたくさんの人に会いマシタ! たくさんの人が、前に進むために歩いてイマス!」


 彼女は嬉しそうに、自分の主人に報告する。


 授けられた永劫の任務の成果を、嬉しそうに報告する。


「きっと! 人はもっと良くしてイケマス! この世界を、お互いのことを、もっと大切にできるデショウ! それはまだ、時間がかかるカモシレマセン。大切にしようとシテ、間違うこともあるかもシレマセン! デモ! ソレデモ! 進み続ける限り、近づこうとする限り! 愛し合う限り!」


 オリヴィアは彼のことを抱きしめると、愛おしそうに言う。


「こうやって、またアナタに会える! オリヴィアはまだ歩き続けて、調査を続けマス! そしていつか、また! アナタに報告シマス!」

「そっか……」

「だから、言わないと! 言わなきゃいけないコトヲ!」



 ◆◆◆◆◆◆



「『あなたが居なくならないと、あなたがこんなに大切だなんてわからなかった! この世界であなたに出会った! 出会わなければ、別れることもなかった! 愛さなければ、悲しむこともなかった! 私たちは悲しい生き物……! それでも!』」


 制圧した王城前の広場で立ち尽くしながら、エステルはその声を聞いていた。


 子供たちはすでに騎士団に取り押さえられ、最後まで抵抗していたフィオレンツァも、騎士たちに囲まれて、拘束されようとしている。


「姫様」


 ふとそう言ったのは、従者のデラニーだった。

 彼女はエステルに優しい眼差しを向けると、彼女の前で跪く。


「こんなに……ご立派になられて」

「うむ。お主らのおかげである」

「あはは、せっかくエステル殿が王様になったというのに、その横にいられないのは残念でおじゃるなあ」


 エピゾンドがそう言って、周りの召使いたちがしくしくと泣き始める。

 エステルは彼らのことを眺めながら、笑った。


「そうではない」


 エステルはそう言うと、デラニーとエピゾンドのことを、手をいっぱいに広げて抱きしめた。


「お主らは、ずっと余の第一の家臣である。お主らは、常に余と共にあるぞ」

「はい。そのつもりです」

「そうでおじゃるよ」

「だから、こう言わないとな」


 エステルが微笑んで、自分の周りの従者たちを見た。



 その横では、広場の石畳の上に座り込んだビビアとシンシアもいる。


「君はわからないかもしれないけど」


 ビビアはふと、そう言った。


「僕は君に、助けてもらったことがあるんだ」

「そうなんだ」


 ビビアとシンシアは、そんなことを話していた。

 二人は空を見上げながら、お互いに呟き合っている。


「綺麗だね」

「うん、とっても綺麗」


 夜空を覆い尽くす魔力の膜と、その表面で炸裂する赤い稲妻。

 それを見て、二人はそう呟いていた。


「なんとなくさ、思うんだけど」

「なに?」

「君は、神様って信じる?」

「どうかな、わかんない」

「僕は信じようと思うんだ」


 ビビアはそう言った。


「君に会えたことを、縁があったことを、誰に感謝すればいいだろう」

「その人に感謝すればいいんじゃない?」

「でも、そうでもないことってあるだろ?」

「たとえば?」

「たとえば……誰かが生きていてくれること。広い世界で、誰かに会えたこと。そんな、誰のおかげでもない幸運を、誰に感謝すればいいだろう」

「わかんないな」


 シンシアがそう言った。


「僕は思うんだ」


 ビビアが呟く。


「そんな誰のおかげでもない幸運を、人は神様のおかげにして、感謝するようになったんじゃないかな。だから、誰のせいにもできないことを、人は神様のせいにして恨むんだ」

「ロマンチストなんだね」

「そうかも」


 ビビアはそう言って笑うと、彼女のことを見つめた。


「でも、今はちゃんと言えるね」



 ◆◆◆◆◆◆



 この世に顕現した初代王、ユングフレイ・キングランドは、自らの過去改変スキルを用いて王都を修復しながら歩いていた。


 彼の歩みと共に、破壊された建物は時間が巻き戻るように元に戻っていき、今しがた死んでいった人たちの時間が巻き戻り、まるで何事もなかったかのように生き返っていく。


 『全ての美(バタフライ・)しい記憶(エフェクト)』によって修復されていく王立裁判所を眺めながら、彼がその前を歩いていると、裁判所正面の大きな階段に腰掛ける男を見つけた。


 懐かしい顔だった。


「イニス。君もいたのか」


 ユングフレイがそう声をかけると、黒い短髪を逆立てているその青年は、彼に視線を向ける。


「お前が、この日にこの道を通ることは、ずっと前に視ていた」

「そうか」


 ユングフレイはそう言って微笑むと、彼のことを誘うように手を振った。


「ちょっと、一緒に歩こうか?」

「友達面するんじゃねえ、この野郎が」



 ◆◆◆◆◆◆



「『伝えよう。また出会えた人たちに。伝えなきゃいけないことを伝えよう。あなたに出会えてよかった……!』」


 アトリエの声が響いている。


 それは空を覆う魔法の膜の上で、赤い悲しみの炸裂に対抗するかのように、別の波紋となって何かの感情を増幅させようとしてる。


「『ありがとう……! さようなら……。ありがとう……!』」



 ◆◆◆◆◆◆



「ありがとう……私の娘に産まれてきてくれて、ありがとう」

「うん。私もお父さんのことが、大好き」


 ティアとその父親が、そう言って抱きしめ合った。

 彼女の実体が薄れかけていることに、まだ彼は気付いていない。



 ◆◆◆◆◆◆



「ありがとうゴザイマス。私はあなたに創られて、あなたのメイドでいられて、とっても幸せデシタ」

「またね……オリヴィア。それじゃあね」


 オリヴィアとユヅトがそう言って、抱きしめ合った。



 ◆◆◆◆◆◆



「余に付き従ってくれて、ありがとう。お主らのおかげで、今の余がある」

「ずっと、ずっと、お慕い申し上げます」

「お元気で、姫様。末永く、お元気で……」


 エステルに対して、デラニーとエピゾンド、それに従者たちが跪いた。



 ◆◆◆◆◆◆



「ありがとうね、シンシア」

「どういたしまして。元気でね」


 ビビアがそう言って、シンシアがそう返した。



 ◆◆◆◆◆◆



「あ…………」


 騎士団に取り押さえられているフィオレンツァが、夜空の様子を眺めている。


 空に広がる魔力の薄膜が、破れて、崩壊しようとしていた。


 それは、どういう現象なのだろう。


 この世界の悲しみの総量が減少し、アトリエの繋ぐ意識網に変化が生じて……バタフライ・エフェクトの全世界的な発動を、維持することができなくなったのか。


 結局のところ、それが正確にはどういう現象だったのか、誰にもわからない。


 空に走っていた稲妻が小さくなり、火花のように散っていく。


 血のように滲んでいた朱色が色素を薄くしていき、広がる膜は破れて剥がれるようにして、この空に霧散していこうとする。


 その光景を、フィオレンツァは静かに見守っていた。


 ただ茫然としながら、ただ唖然としながら。


 ただただ、眺めていた。


「おおっ? フィオレンツァじゃねえか」

「おやー!? これは、どういう……」

「…………………………………………………………………………やっほ」


 不意にそんな声が聞こえて、フィオレンツァは振り向いた。

 しかしそこには、誰もいなくて、ただ自分を取り囲む騎士たちだけが見える。

 もしかしたら、そこには誰かが居たのかもしれないけれど、雑踏の中でよく見えなかった。


 彼女は大勢の騎士たちに取り押さえられながら、ただただ、泣いていた。



 ◆◆◆◆◆◆



「ぐぁ……があっ……」


 王城の尖塔部では、血まみれのジョヴァン団長が転がっている。

 甲冑には無数の切り傷が刻まれており、その金属の隙間からは血が垂れ流れていた。


 その傍にはヒースも転がっており、二人とも起き上がることができないようだ。

 特にヒースの傷はひどい。

 脚に腕に胸に、無数の刺し傷と切り傷が浮いて、全身血まみれの状態だった。


 その目の前には、息を切らせた様子の、ジーンとファマスの二人が立っている。


「……身体が消えかけている」


 ファマス卿は、自分の実体が消えようとしていることに気付いた。

 すでに、この世界に干渉する力が弱まっている。

 攻撃を加えることもできないし、逆に防御の必要すらない。


 彼はアトリエの方へと歩いて行く。

 すでに、彼の足音は存在しなかった。

 彼女を縛る縄を解いてやろうとするが、すでに、物体に触れることができない。


「アトリエ」


 彼はこの世から消えかけながら、彼女の名を呼んだ。


 意識の接続に集中していたアトリエは、ハッとして顔を上げる。

 自分と同じ髪色をした父親が、優しく微笑んで、彼女のことを見つめていた。


「大きくなったね」

「……うん」


 二人に交わされた言葉は、それだけだった。

 それで十分だった。



 ジーン料理長は、デニスの目の前に立っていた。


 すでにその身体は、背後の風景を透過し始めている。


「最後まで、世話の焼ける子だこと」


 料理長がそう言った。

 デニスはどういう顔をしていいか、わからなかった。


「どうして……俺なんだ?」

「なに?」

「レストランのこと……ヘズモッチの方が、俺よりも……」

「あんたがそう思うなら、そうなさい」


 ジーン料理長はそう言った。


「ただ私は……とりあえず今は、あんたの方が良いと思っただけよ」

「どうしてだ?」

「それは、あなたが考えなさい」


 料理長の姿が、蜃気楼のように消えようとしている。


 デニスは叫んだ。


「料理長! いや……母さん!」


 それを聞いて、この世界から消えようとするジーン料理長は、驚いたような表情を浮かべる。


「ありがとう……! ありがとう! 俺を拾ってくれて! 育ててくれて! 料理を教えてくれて!」


 デニスは、力の限りに叫ぶ。


「ありがとう……母さん!」


 ジーン料理長は、風に吹かれるように、消えようとして……


 最後に、にっこりと微笑んだ。



 空に広がっていた魔力の膜が解けて、顕現していた死者たちが霧散していく。

 開いた大窓からは、その幻想的な光景が見えた。


「ちぃっ……どいつも、こいつも……」


 ヒースはそう呟きながら、血まみれの身体で立ち上がろうとしていた。


「センチになりやがって……何が……くそ……っ!」


 彼は全身から血を垂れ流しながら、力なく起き上がる。


「しかし、今回は……上手くいかなかったが……今度こそ! いったんは逃げて、また計画を立て直し! また終わらせてやればいいだけだ……!」


 ヒースはそう呟いて、血まみれの身体を引きずった。

 ボタボタと血を垂らして、ふらつく足で石床に血の足跡を付けながら、歩き始める。

 大量に出血しすぎて、指先が震えていた。頭がクラクラとして、足元がおぼつかない。


 彼は、倒れるジョヴァン団長のことをチラリと見た。

 気絶しているようだが……致命傷ではない。

 ……ここに置いて行って、構わん……。


 そう思いながら、彼は何とか、その場から離れようとする。


 しかし、立ち上がったのは、ヒースだけではなかった。


 デニスも……折れた脚に顔をしかめながら、無理やりにその場に立っている。

 脚の骨は折れて、肩の骨が粉砕して、筋肉が所々抉られていた。

 それでも彼は立ち上がり、兄のことを睨みつけている。


 満身創痍の二人が対峙した。


「デニス……!」

「ヒース……!」


 互いにそう呟く。

 互いに歩み寄る。

 互いに目の前に立つ。


 互いに鼻先で睨みつけて、互いに拳を握りしめた。


 あとは至極、単純な話だ。

 

 どちらが最後に倒れているか。

 どちらが最後に立っているか。


 終わりの時が近づいている。



次回 『最終話 ラスト・マン・スタンディング』

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柴崎コウの月のしずくって曲を思い出した とても良き
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