20話 ハッピーエンド (前編)
「僕たちほど、数奇な双子はいるだろうか」
ヒースがそう呟いた。
破壊された屋根に大穴が空いた、王城の最上部の尖塔。
月明りが差し込むその広い空間で、ヒースとデニスは対峙している。
「僕たちの親は、一体誰なのだろう。母親は? 父親は? レベル100に到達しながら名を残さなかった、孤独な冒険者だろうか? それとも、どこかの高名な馬鹿がゆきずりに産ませたのか? または、別の誰かか……?」
「知らねえさ……どうでも良いことだ」
デニスがそう返しながら、椅子に縛り付けられているアトリエの方を見やる。
かなり疲弊している様子だ。滅多に汗なんてかかないのに脂汗を噴き出して、苦しそうに肩で息をしている。
待ってろよ……。デニスは心の中でそう声をかけて、ヒースに向き直った。
彼の心の声を読み取ったのか、アトリエも精一杯の力を振り絞って、頭を上げようとする。
ヒースが微笑みかけた。
「覚えているか? 王都の裏路地で残飯を漁っていた日々を。僕たちはずっと一緒だった頃がある。二人で一つだった時期がな」
「そんな小せえ頃は覚えてないね……昔話ばっかする奴は嫌われるんだぜ」
そんな悪態をついて、デニスは二振りの肉切り包丁を構えた。
そこでふと疑問が湧き上がり、つい尋ねる。
「……どうして、お前の方が兄貴だってわかるんだ?」
「なんだって?」
「いや、だから。どうして俺が弟で、お前が兄だってわかるんだ?」
デニスがそう聞くと、ヒースは可笑しそうに笑った。
彼はひとしきり笑ってから、
唾を飛ばして叫んだ。
「マヌケかぁっ!? 僕の方が兄貴に決まってるだろうがぁっ!」
「根拠はねえんじゃねえか! ぶち殺すぞ!」
その瞬間、ヒースが過去改変スキルを起動しながら駆け出した。
デニスも応戦のために踏み出し、未来予知スキルを発動させる。
「『英雄は斃れず』ッ!」
「『反転予知』ッ!」
◆◆◆◆◆◆
一方の、王城前広場。
デニスが王城の尖塔へと突撃する様子を見ていた子供たちは、混乱した様子で喚いていた。
「どうしよう!」
「誰も通すなって言われてたのに!」
「ヒース様に怒られる!」
防衛線を築いていた子供たちがそんな風にごたついている様子を、一旦距離を取ったケイティや町民たち、それに着陸したオリヴィアやビビアが眺めていた。
高速飛行にいいだけ揺さぶられて、ビビアはいまだにふらついている。
「ここから、どうしますか……? 同じ手が、通用するとは……」
「だが、混乱しているようだぞ! これなら、また作戦を立て直せば!」
ジョヴァンがそう答えて、王城の尖塔を見やった。
ヒース……そこにいるのか……!
その隣に立っていたエステルは、ホバリングしながら様子を窺っているオリヴィアを呼ぶ。
「オリヴィア殿!」
「ハイ!」
「お主は飛んで行って、攻撃を受けている国民の救助に向かってくれ!」
「え、エート! どこから助ければよいデショウカ!」
「すでにポワゾンとジュエルを行かせてある! 彼女らに加勢するように!」
「ワカリマシタ!」
元気に返事をしたオリヴィアが再度飛び上がり、混乱に包まれる王都へと飛翔していった。
そこで、防衛線を張っていた子供たちの下にも。
「……やれやれ。側方からの部隊に応戦していたら、こういうことになっていますか」
一人の、スレンダーな体形をした、銀髪ショートカットの応援が訪れる。
「キャンディさんに任せて、一足早く様子を見に来て良かったです」
現れたその女性を見て、防衛線を構築していた子供たちが、表情を明るくした。
「フィオレンツァ様!」
「どうすればいいですか!」
「決まっています。ここで待ち構えていても、また策を弄されるのみ!」
子供たちを従えたフィオレンツァは、前方に見えるエステルや町民たちに向かって叫ぶ。
「どうやら、正面から王城を攻撃しようとする勢力はあれだけ! こちらから仕掛けていって、圧し潰します!」
◆◆◆◆◆◆
王城の最上部。
デニスの肉切り包丁が、今まさにヒースの側頭部を捉えた。
余分なスキルを載せていない、純粋な分厚い刃物としての一撃。
錬金されたばかりの鋭い刃先がヒースの頭部にめり込む。
突き刺さる。
頭蓋を破壊する。
内部の柔らかい脳皮を打ち砕く。
「ッヅゥウウッ!」
脳を破壊される苦痛に呻くヒースが、身体中に刻まれた幾何学模様を発光させる。
その瞬間、過去改竄による時間の傷が生じて、赤い閃光が迸った。
次の瞬間、確実な致命傷を与えたはずのデニスの斬撃は、『避けたこと』にされる。
それに対応する、デニスの『反転予知』……彼の鋭すぎる反射神経が未来方向へと突出した、反応を越えた予知が。
デニスに青くゆらめく未来の影を視認させて、それが如何にしてデニスの身体を破壊し、致命傷を与え、どのような痛みをもたらすのかを、全て知覚させる。
「ッヅァアァアッ!」
未来予知に伴う予知痛覚。
未来に襲い来るはずの痛みが、現在のデニスに与える致命傷の激痛。
デニスはその手刀を瞬間的にパリィして躱すと、返しの袈裟斬りで切りつけた。
「『強制退店の一撃』!」
スキルが命中し、包丁の肉厚な刃によって肩口から心臓部までを抉られたヒースの身体が。
一瞬のタイムラグの後に、強制的に地面へと叩きつけられる。
「っぐぅぉおおおっ!」
デニスのユニークスキルによって、ヒースの身体が床へと押し付けられ、強制移動と固い石畳との板挟みで圧殺されようとした。
以前は強化スキルを重ね掛けして耐えきったこの攻撃。
しかし今のヒースは、それを物理的に凌ぐための全てのスキルを手放してしまっている。
恐ろしいほどの圧力と引力が圧し掛かり、皮膚と筋肉が耐え切れずに裂け始め、全身の骨が背骨と頭蓋から砕けて、変形していく。
「ガッ! ギャァアッ! 舐めるなぁッ!」
顔全体に刻まれた、黒い刺青のような紋様が苦し気に発光した。
その瞬間、再度ヒースの『英雄は斃れず』が起動し、赤い閃光の炸裂と共に過去が改変される。
次の瞬間、未来のデニス対し、ヒースが空中から襲い掛かった。
受けたはずの攻撃を『避けた』ことにして、数秒過去の行動そのものを書き換えたのだ。
「脳みそを撒き散らせぇっ!」
「もがいて死に晒せぇっ!」
未来予知でそれを視認したデニスが、瞬時に迎撃の一撃を叩きこむ。
過去改変の赤い閃光と、未来予知の青い陰影が同時に炸裂し続ける。
お互いに、過去と未来から致命傷を与え続ける二人の攻防。
デニスは幾度もヒースの頭を叩き斬り、心臓を真っ二つに切り裂き、首を切断し、
ヒースは何度もデニスの腹を突き刺し、頭蓋骨を叩き割り、首を引きちぎった。
「ギャッ! ガァアァアッ!」
「グァッ、ガッ、ガァアアッ!」
そして、その最中。
物理的に避け切れない攻撃の軌跡を予知したデニスは、咄嗟に肩部防御の姿勢を取った。
ガードの上から鉄槌の如き拳が叩き落され、デニスの肩を粉砕せんとして襲い掛かる。
「ッヅァ!」
砲弾の直撃を喰らったかのような衝撃。
ダメージが強化スキルを貫通して、肩の骨にヒビが入り、そのまま床へと突き倒される。
地面と打ち合わされた衝撃で一瞬浮き上がったデニスの身体を、ヒースが力任せに蹴りつけた。
予知からの防御を試みるものの、空中では有効な回避方法が存在しない。
鳩尾を蹴りつけられたデニスは背後の壁まで吹き飛ばされ、石壁を粉砕した。
「っづぅ……ぎゃぁあっ……!」
デニスは苦しそうに呻きながら、それでも跳ね上がるようにして立ち上がる。
「はぁっ……はあっ! やはりなぁっ!」
それを見て、息を切らせたヒースが笑った。
「未来を視るだけのお前では……っ! 過去を書き換える僕には勝てないぞ! グハハハァ!」
そう叫びながら、ヒースはゆっくりとデニスへと歩み寄る。
徹底的かつ再起の余裕すら与えない追撃が格闘の基本であると考えるヒースではあるが、今回ばかりは状況が異なる。
スキルの優劣は、わずかにヒースの方が上。
下手に焦って追い込むよりは、焦らずじっくりと。
確実にダメージを蓄積させつつ、挽回不可能なジリ貧に追い込んでいくのが得策。
「思えば……弟よ。奇妙だ。奇妙な感覚だ」
にじり寄るヒースがそう呟いた。
「僕たちは同じだけど違う……違うけど同じだ」
そんなことをうわ言のように呟きながら、ふらふらと接近するヒースを睨みつけて……デニスは負傷した肩の具合を確かめるように、僅かに腕を上下させている。
骨は持っていかれたが……まだ決定打ではない。
「昨日はかつての明日だった。明日はいつか昨日になる」
ヒースがそう言った。
「未来と過去は元々同じものだ。視点と位置が違うだけでな。まるで僕たちみたいじゃないか?」
「ポエマーか、てめえはよ」
「詩的表現と言って欲しいね」
「哲学の先生にでもなれば、よかったんじゃあねえか?」
肩の痛みに顔をしかめるデニスがそう返すと、ヒースは笑った。
「そうだな……先生か。それも良かったかもしれない。普通の仕事をして、週末は休むような人生でもな。月に一回くらいは、友達と飲みに行ってさ」
「お前には無理だ」
「決めつけるなよ……お前だって、ただの食堂の店長のくせによ」
「人殺しが何を言ってやがる」
「お前も似たようなもんだ」
「てめえだけはぶち殺す」
「同感だ」
会話の中で、ヒースはケタケタと笑っていた。
「グハハ……僕たちはやはり兄弟だな。よく似ている」
「お前を兄貴だと思ったことはねえ」
「いいか? 僕たち兄弟の、最大の共通点は……」
ヒースはまるで、年下の弟に物を教えてやるような優しい口調で、デニスに語り掛ける。
「好きなことには、一生懸命。脇目も振らずに取り組むってことだ」
「…………」
「お前の場合は料理だった。僕は戦うことと人を助けることが、大好きだ」
「あまりふざけたことを抜かすなよ……そのためにジーン料理長を、俺の母親を殺したってえのか!」
「くはは。そういうこともある。とにかく、頑張ってれば夢は叶う。僕たちはそれを知っている」
「悪役が口走って良い台詞じゃあねえなあ!」
デニスが刺し返すように叫んだ。
それと同時に、フラフラと歩み寄るヒースが、デニスの射程圏内へと足を踏み入れる。
一瞬の逡巡と緊張が、お互いの脳裏に過った。
繰り返される致命傷の応酬。
過去と未来から、幾度も殺し合う激痛と苦悶の闘争。
再開を躊躇わずにはいられない、痛苦の格闘。
しかし結局、互いに同時に。
爆発の如き攻撃を繰り出し合う。
駆り立てられるように、引き寄せられるように。
過去のすべてを清算するために。
思い描く未来を実現するために。
ビビア「『追放者食堂へようこそ!』、第一巻発売中です!」
エステル「手に取って頂けると!」
オリヴィア「オリヴィアは嬉シイ!」