11話 ブラックパーティーを追放されよう! (後編)
「一介の冒険者パーティー風情が、大した権力者気取りじゃねえか」
デニスはそう言った。
「王様にでもなったつもりか?」
「事実ですからね」
ホッパー団長は大仰に両手を広げると、うっとりしたように言う。
「ダンジョン街はどこもそうです。一番強力なパーティーが実権を握る。なぜか? 誰も敵わないからですよ。よく訓練されて実践経験を積んだ冒険者パーティーは、飾り物の剣を構える騎士団組織の戦力を凌駕します」
ホッパーはそう言った。
「『銀翼の大隊』が良い例です。名実共に、最強の冒険者パーティー……この国で、彼らに逆らおうなんていう馬鹿はいない」
「お前らは『大隊』とは違う」
「同じようなものですよ。もっとも、王族や大貴族にまで顧客を抱える『銀翼の大隊』とは違い、我々はこの小さな田舎町を支配しているにすぎませんがね。支配者であることに変わりはない」
ホッパーは店の内装を眺めると、デニスに言う。
「卑しい店だな。よく燃えそうだよ」
「脅してるのか?」
「いえ、まさか。でも、こんなちっぽけな店が一軒燃えたところで、誰も気にしないでしょうね。レベル40台50台の冒険者を抱えるウチが目を光らせているとなれば、なおさらだ」
「雑魚が何人束になったところで、雑魚の群れであることに変わりはない」
「面白いことを言う定食屋だな」
ホッパーはそう言って、笑った。
そんなとき、
カラカラと鈴が鳴って、食堂の扉が開かれる。
「悪いが、今日はもう――」
デニスはそう言いかけて、来店した人物を見た。
デニスは思わず、目を細める。
「ケイティ?」
その姿を見て、店内がざわつく。
特徴的な、紅色の甲冑、赤い髪色。
その上から羽織られた黒いコートには、『銀翼の大隊』の証である銀の両翼が刺繍されている。
突然の『本物の大物』の登場にざわつく店内をよそに、ケイティは店内をぐるりと見渡すと、デニスを発見した。
「デニスー! いるじゃなーい! うわーよかったー! 居なかったらどうしようかと思ったわ!」
ケイティはずかずかと歩いてデニスの座るテーブルまで近寄ると、甲冑をガシャンと言わせて手をついた。
「良いお店じゃない! うん! 庶民的って感じ! あんたこういう雰囲気好きだもんね! どう? お店の方はどう? 順調? あんたは元気だった? ねえねえ!」
「ケイティ。すまんが今、大事な話をしてるんだ。後にしてくれ」
「はあー? せっかくはるばるやってきてやったのに、冷たくない!? ねえ冷たくなーい!? ハンバーグ定食の一つくらい出してくれないのー!?」
「わかった、わかった。後で作ってやるから。今、大事な話をしてるんだ」
デニスはケイティをあしらいながら、ホッパー団長に向き直る。
ホッパー団長は固まったまま、ケイティのことをまじまじと見ていた。
「し、『深紅の速剣』? ぎ、『銀翼』? な、なんで、こ、こんなところに……」
「あ? 誰よあんた? 気安く人の二つ名を呼ばないでくれない? ねえ誰このおっさん? デニス? 聞いてる?」
「こちらの方は、なんというか、この町の支配者さんだ」
「あらそう。あたしケイティ、よろしくね。ねえいつまで話し合うの? ねえってばー」
「うるせえ、こいつ次第だ。カウンターに座って待ってろ。アトリエー! あ、アトリエはいねえのか」
「あ、ぼ、僕、お茶出します……」
「すまんビビア! 頼んだ! 今度何か食わせてやる!」
デニスは厄介そうに頭を振ると、ホッパーに再度向き直った。
「それでだな、団長。正直に言ってあんたは気に食わないが、俺もちょっと熱くなっちまったよ。すまんな。こっちも別に喧嘩したいわけじゃねえんだ。どうにか彼女の脱退を認めてもらえねえもんかね。なんなら追放って形でもいいんだ」
「あ、ああ。そうだな。えっと……ああ……」
団長はケイティとデニスの間で目を泳がせながら、大量の冷や汗を流していた。
カウンターの奥でお茶を注いだビビアが、ケイティにお茶を差し出す。
「ありがとう! あら! 君、すっごい顔整ってるね! もしかして女の子?」
「いえ、男です……」
「わーすごい! うちにも欲しいわ! こういう可愛い子!」
「あの、『銀翼の大隊』の……『深紅の速剣』さんですよね……?」
「そうだけど?」
ビビアは緊張しながら、おずおずと聞く。
「あの、デニスさん……店長とは、どういう繋がりで……?」
「え? 聞いてないの? あれ、うちの元メンバーだけど。ついこの前まで」
店内が一瞬、静まり返った。
「え? ええええ!? えっ!? えええええええっ!?」
ビビアが叫んだ。
「ぎょぎょえええっ!? ファッ!? ふぎょえええええっ!?」
ヘンリエッタも叫んだ。
「うるせえぞお前ら! ヘンリエッタが特にうるせえ! どこから声出してんだ!?」
デニスはホッパーを見る。
「まあ気にしないでくれ。これは俺とあんたの問題だ。もっと言えばバチェルとあんたのな。俺はその代理で、他は関係ない。そうだろ」
「あ、ああ……えっと……そうだな……ああ……」
「おい、しっかりしろ。ちゃんと俺の目を見て話してくれ」
「ああ、その、ああ……」
ホッパーはハンカチで額の汗をぬぐった。
「いいか。どちらにしろ、バチェルの脱退は認めてもらう。あの娘は、もうしばらくは働ける状態じゃねえんだ。うちの店を焼きたいなら好きにすりゃいいさ。ただ、その時は俺も黙っちゃいねえ。必ず報いは受けてもらうからな……」
「ああ、いや、それは、違うんだ。そういうつもりで言ったわけでは……」
「なんだこの野郎、ハッキリしねえな。言いてえことがあるならちゃんと話しやがれ!」
「あ、ああ! バチェルの脱退、追放を認めよう! これでこの話は終わりだ!」
ホッパーはテーブルの上の書類をまとめると、すぐに立ち上がった。
「し、失礼したな……」
ホッパーはそう言って額の筋肉をひくひくとさせながら、デニスの顔色を窺っていた。
「さっきのは、ほんの冗談のつもりだったんだ。本気にしないでくれよ。ははは……」
「あのイカれた契約書も、ジョークグッズか何かだってか?」
「あ、ああ! そうだ! その通り! こんなのは冗談だよ!」
ホッパーは部下の一人に書類を持たせると、「燃やせ!」と指示した。
部下が火炎の魔法で書類を灰にすると、ホッパーは額に冷や汗をかきながら、デニスを見る。
「ほら、無くなった。もう何もない。もう彼女には関わらないよ。約束する。私のことも……見逃してくれ。冗談だったんだ」
「妙なことを言う奴だな」
「もうお前には関わらん! 変な真似はしない! だから、この話はこれで終わりだ! いいだろ!? 許してくれ!」
「あんたがそれでいいなら、それでいいが……」
「ありがとう! それじゃあ、失礼するよ。バチェルによろしく言ってやってくれ。彼女が回復することを祈ってるよ。それじゃあ!」
ホッパーは部下を連れて、脱兎のごとく店を出て行った。
「ははあーん?」
その様子を見て、ケイティが意地悪そうな顔で笑う。
「なんだか、トラブルだったみたいじゃない」
「まあな。とにかく丸く収まってよかったよ」
デニスはカウンターに戻りながら、そう言った。
「よりにもよって、“あたしの”デニスを毒牙にかけようなんてね。ひねり潰してあげようかしら。この街に、この国にいられないようにしてあげようか?」
「お前の物になった覚えはねえぞ。というか、お前までそんなことを言い出すんだな……あんまり調子に乗って、ヤクザな真似をするな」
「あんたは変なところで堅物だからね。そういうとこも好きだけど」
「ハンバーグ定食でいいのか?」
「もっちろーん!」
カウンターにケイティを挟み込むようにして、ヘンリエッタとビビアが座っている。
ケイティは、二人の質問責めにあっていた。
「ど、どうやって女剣士でそんなにレベル上げたんですか? あの、わたしも同じ職業なんですけど……」
「えー、あたしはちょっと、色々特殊だったからねー。参考にならないかも」
「あ、あの、『銀翼』ってどうやったら入れるんですか? 僕でも入れますか?」
「レベル90以上の後衛なら大歓迎よ! 人材不足でもう! 今すぐ欲しいわ!」
「きゅ、90……」
「あー……80でもいいけど」
「は、80……」
「何で甲冑が赤いんですか?」
「目立つから!」
デニスはお盆に定食を揃えると、ケイティの前に出す。
「はいよ。ハンバーグ定食おまち」
「うわあーっ! これこれーっ! いっただきまーす!」
ケイティはナイフでハンバーグをカットすると、フォークで一口頬張る。
「んぅー! おいひぃぃ! やっぱりこの味だわあ! あんたがいなくなってから、ご飯が味気なくって困るのよ! やっぱレジェンダリー炒飯なだけあるわぁ!」
それを聞いて、ビビアが不思議そうな顔をした。
「レジェンダリー炒飯って?」
「気にしなくていい」
夢中で定食を口に運ぶケイティを眺めながら、デニスは聞く。
「それで? 一体なんだって、こんなところまで来やがったんだ?」
「なによ。どうしてるかなー? って思って来てやったのよ。料理も食べたかったし」
「ずいぶん遠くまで食べに来たもんだな」
「迷惑だった?」
ケイティがそう聞いた。
「いや。そうは言ってない」
「ふふーん?」
ケイティは付け合わせのポテトを口に運ぶと、デニスを見る。
「真面目な話、『大隊』に戻ってくれない? デニス」
「俺はお前専属の料理人じゃねえ。美味い店を見つけろ」
「真面目な話だって言ってるでしょ」
ケイティが一段低いトーンでそう言った。
「ぶっちゃけ、あんたがいなくなった『大隊』は崩壊寸前よ」
「なんでそうなる」
「誰もかれもが大隊長のシンパじゃないってことよ。何だかんだでレベルも我も強いメンバーが多いから、大隊長派と反大隊長派で分裂寸前。あんたの追放は、完全に隊長の暴走だったわけだし」
「隊長派と、お前派の間違いじゃなくてか?」
「そう単純な話でもないわ。それと、あんたさ。『大隊』の料理に何か細工してたでしょ」
「なんでそう思う?」
「なんでわかったと思う?」
ケイティはデニスを見つめた。
「……知らねえな」
デニスがそっぽを向いてそう言うと、ケイティはにやりと笑った。
「とにかく、あんたが抜けてから後衛はレベル詐欺の実用能無しがバレてガタガタだし、あんたを戻すべきだって声が高まってる」
「勝手に言わせとけよ。あいつらだってレベル自体はあるんだから、ちゃんと経験積めば使えるようになる」
「あんたのためにも言ってるのよ。隊長は今、責任能力を問われて窮地に立たされてるわ。追い詰められた時に何をするかわからない。たとえば、“自分に逆らった者がどうなるか思い知らせる”ために、何か極端な行動に出るかも」
「それこそ勝手にやらせとけ」
「ねえ、あたしはあんたを心配して……」
「ケイティ」
デニスは言った。
「俺は戻る気はない。ここでの暮らしを気に入ってる。たしかに常連は……どっか間の抜けた野郎ばかりだが……賑やかで、気の良い奴らばかりだ。そんな奴らが、みんな美味そうに飯を食ってくれる。この店が好きだ。今更あんなギスギスしたパーティーに戻る気はない」
「あたしがお願いしても? お願いだから、一緒に戻ろうって言っても?」
「お前には感謝してるよ。『大隊』での経験は、良い経験になった。金も貯まったし。でも、もういいんだ。俺は結局、冒険者じゃなくて、料理人だから」
ケイティは黙って、デニスのことを見つめた。
「……そ。わかったわ」
ケイティは定食を綺麗に平らげると、立ち上がった。
「それじゃあね、デニス。また来るわ」
「顔を見に来てくれてありがとな、ケイティ。その……」
デニスは一瞬口ごもったが、続けた。
「嬉しかったよ。実際、こう言いたくはないが助かったしな」
「当然でしょ? あんたの料理も美味しかったわよ」
ケイティは最後に振り返ると、デニスに言った。
「またね」
ケイティが帰った後、カウンターで二人が話していた。
「“間の抜けた野郎”って、ビビア君のことですよ。くくくー!」
「いや、僕は間違いなくヘンリエッタさんだと思うな」
「てめえら二人ともだ」
デニスはそう言って、静かに笑った。
その一週間後……
「日替わり定食ひとつー!」
「大将ー、こっちはあんかけ焼きそばもらうかな」
「店長、拉麺三つもらえるー?」
「デニスさーん? うちらは鶏唐揚げ定食とガストロチーノー!」
「あいよー! 了解! アトリエ! 全部メモってるか!?」
横で、アトリエが無言のピースサイン。
「よし! 待ってろよこの野郎! すぐに捌いてやるからな!」
カウンターに座ったビビアは、昼の食堂の戦場具合を眺めながら呟く。
「繁盛してきましたね、この食堂も」
「おいひいれふからね! 胃袋にはかへまへんよ!」
「ははは、僕たちが最初の常連って、何だか嬉しいですよね」
「ほのほーり!」
「お前は常連というか、タダ飯喰らいの妖怪だけどなあ!」
デニスが鉄鍋を振りながらそんなことを言うと、ビビアに水が運ばれてくる。
「あ、どうも……おや、バチェルさん!」
ビビアが驚いてそう言うと、前掛けをしたバチェルは、気恥ずかしそうに笑った。
「あ……どうも、おおきに。えへへ」
「良くなったんですね! 安心しました!」
「おかげさまで……今日から、お店の手伝いをさせてもらってるんですわ」
「無理しない方がいいんじゃ? まだあれから、そんなに経ってませんし」
「いやな、少しずつ出来ることから、始めるつもりなんですわ。ちっちゃい大先輩もいますし」
そう言って、バチェルはアトリエの方をちらりと見た。
すっかり看板娘が板についたアトリエは、三人に無言のピースサイン。
どうも、アトリエの中で謎に流行っているらしかった。
あの夜に食堂の一階で何があったか、バチェルとアトリエは詳しく知らない。
でもデニスたちだって、あの夜に二階で、バチェルが泣いていた本当の理由は知らないままなのだ。