13話 立ち上がるのは、いつも最終決戦の前に (前編)
独りぼっちになってしまったな、とデニスは思った。
ヴァイオリン使いの子供が使用した破壊的な音波攻撃によって、食堂二階の屋根は綺麗に吹き飛ばされ、空間を仕切る壁が崩壊していた。二階の居住部には天井の代わりに、普通ならば見えないはずの空が広がっているのだが、夜のうちに移動してきた暗雲が青空を覆いつくしている。天気がこれからどうなるのかはわからない。
二階におけるアトリエの部屋とデニスの部屋は分かれており、彼女は普段シャワーを浴びた後に裸でほっつき歩いたり、なんの用も無しにデニスの部屋を訪れて無言で座っていたり寝ていたりと、自由気ままな猫のように暮らしていたので、デニスとしてはまあ落ち着かないものだった。
しかし、急に居なくなられると困るものだ。
心にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
ジーン料理長も、自分がレストランを出て行った時、同じことを思ったんだろうか。
寂しがってくれたんだろうか。
もうそんなことを聞くこともできない。
「なんか、必要なものはあるかな」
デニスは部屋の棚を漁りながら、一人でそう呟いた。
独り言の癖というよりは、無口なアトリエと一緒に暮らしていたおかげで、思ったことはとりあえず言葉にしてみる癖が付いてしまったのだ。
アトリエはそれに対して基本的に返事をしないが、デニスの独り言のようなものをちゃんと聞いていることはわかっていた。
二人はとにかく、そういう感じでやっていたわけだ。
「まあ、こんなもんか」
また呟いてしまった言葉は、誰もいない二階にややむなしく響いた。
その言葉は、いつもならばアトリエが聞いているはずの言葉だった。
それは聞いてくれる人がいたはずの言葉であり、彼女はそれに返事をしないまでも、「こんなものなのだな」という、それくらいは思っていてくれていたはずだった。
デニスは必要そうな物を麻袋に詰めると、それを肩から回して担いで、二階から降りて行く。
やれやれ、とデニスは思った。
やれやれ。
◆◆◆◆◆◆
一階の食堂部に降りると、そこには町民たちが集合していた。
馬車屋の親父にポルボ、ツインテールにポニーテール。
グリーンにその舎弟に、鍛治屋のおばあちゃんとその他大勢。
もちろんそれには、カウンターに座っているビビアも含まれている。
いつも通りの勢揃い、という具合だった。
「ケイティさんは、今治療を受けてるところ。大丈夫そうだって……」
「店長……気を落とさないで」
階段から降りてきたデニスにそう声をかけたのは、ツインテールとポニーテールだった。
「ジーン料理長の遺体は……すでに防腐されて、これから王都のレストランに送るから。馬車屋の親父さんが手配してくれたの」
「前に、ポワゾンさんから処置の仕方を教えてもらったんだ。ちゃんとしておいたから」
ツインテールとポニーテールがそう言った。
関わってくれたらしい馬車屋の親父も、何も言わずに頷く。
「ありがとう、二人とも」
デニスがそう答えた。
「俺は大丈夫だ。もう切り替えてる」
「ンドゥフ……それで、どうするつもりネ?」
「殺す」
尋ねたポルボに対して、デニスが即答した。
「ヒースは……あの野郎は殺す。料理長の仇は討つ。アトリエも取り戻す。心配しないでくれ」
デニスはそう言いながらカウンターへと入っていき、中の厨房の状態を確かめた。
実際にはそういう仕草をしただけで、彼は厨房の状態などどうでも良かったのかもしれなかった。それはただ単に、何かやることが欲しくて、手持無沙汰になりたくなかっただけなのかもしれない。
「ククク……それで、いつ出発するんだい? ククク……」
「フフフ……もちろん着いて行くぜ、食堂の店長よ……フフフ」
グリーンとその舎弟がそう聞いた。
「俺一人で行く」
デニスはカウンターの中に立って、そう答えた。
「今回は俺一人だ。みんな、いつもありがとうな。大丈夫だ」
「待ちなさい、デニス」
ぴしゃりと言ったのは、鍛冶屋のおばあちゃんだ。
「そうやって何でも一人でやろうとするのは、お前の悪い癖だよ」
「みんなに話しておかないといけないことがある」
デニスがそう言って、町民たちを眺めた。
その様子を、カウンターに座るビビアが心配そうに眺めている。
「アトリエと、みんなのことに関して。最後になるかもしれない。だから、きちんと話しておく。これ以上は巻き込めない」
◆◆◆◆◆◆
「アトリエ嬢の様子はどうだ?」
暗い部屋の中でそう聞いたのは、ヒースだった。
襲撃に参加したフィオレンツァらと共に、彼は潜伏先の地下壕へと戻っている。
そこは元々、古代の弾圧された宗教家たちが隠れて信仰を続けるために作られた広い地下空間だ。ヒースと彼の『子供たち』は、その今は使われなくなった、そして忘れ去られた信仰の跡地を間借りしているのだった。
そしてその小さな穴倉の一室が、さしあたりの彼の部屋だった。
「大人しくしているようです」
カチャリ、と盆に用意されたお茶を棚に置きながら、フィオレンツァがそう答えた。
それを聞いて、ヒースは暗い穴倉の部屋のランプを調整しながら、頬杖をつく。
「あまり子供たちを近付けないようにしろよ。子供は敏感だから、彼女の精神汚染を受けるかもしれん」
「わかっております」
「近くに居るってだけで危険なんだ。飯と水を適当にやっておいて、それ以外は放置しておけ」
ランプの灯りを調整しながらそう言ったヒースは、光量がようやく納得のいく具合になったようだった。
「ヒース様。ご相談があります」
フィオレンツァはタイミングを見計らったように、重い口を開いた。
「なんだ?」
「ちょっとしたご相談なのですが……よろしいですか?」
「もったいぶらずに言えよ。らしくないぞ」
ヒースが答えると、フィオレンツァはお茶の入ったカップを小さなテーブルに二つ置いて、自分も対面の席に座った。この狭い空間には、ヒースとフィオレンツァの二人しかいなかった。
狭い穴倉に、幅の狭いテーブル。そして光量の心もとない柔らかなランプの光が、二人の手元を照らしていた。
彼女は座ってから、やはり、なんだか言いにくいような表情を浮かべた。
ヒースは急かそうかとも思ったが、彼女が口を開くのを待つことにする。
フィオレンツァは逡巡したように、数秒……いや十数秒迷ってから、口を開いた。
「もう、やめにしませんか?」
「何をだ?」
「全部です」
ヒースの対面に座るフィオレンツァがそう言った。
「あー……全部って? 答えになってないぞ」
「ですから、その……やめにしませんか?」
「あのな。はっきり物を言えよ」
ヒースはそう言って、頬杖を突き直した。
フィオレンツァは何となく、手持無沙汰であるようにカップの持ち手に指を伸ばし、そこをそっと指でつまんだが、持ち上げはしない。
「全部やめにして、アトリエさんも解放して、子供たちもみんな、孤児院かどこかに預けて……私と一緒に、外国に逃げませんか?」
「……大丈夫か?」
眉間に皺を寄せたヒースが、そう聞いた。
「私は大丈夫です」
「待て。微妙に噛み合ってないな。言い方が悪かったか」
彼はポリポリと頭を掻くと、フィオレンツァの目をじっと見つめ返す。
「僕はだな。お前のその……頭とか、精神状態が大丈夫かと聞きたいんだ」
「正常です」
「なら、なぜそんなことを言う?」
フィオレンツァはカップに伸ばしていた手を引っ込めて、代わりに膝の上に手を置いた。
そして、困ったような顔をした彼のことを、真っすぐ見据える。
「どこか違う国の、ひっそりとした街で、小さなお店でも開けばいいと思います。私はそういうのに疎いので、何を商いとするかはヒース様が考えて下さればと」
彼女はそう言った。
「ヒース様は、料理が趣味だと聞いたことがあります。料理のお店なんていかがでしょうか? もちろん、私は無給で構いません。二人で頑張れば、何とかなると思います」
「…………」
ヒースは呆気に取られた様子で、ティーカップを掴むと、彼女が淹れた茶を啜った。
デニスの『強制退店の一撃』の強制付与効果を強奪で無理やり剥がしてから、味覚も一緒に剥がれてしまったので、茶の味はわからない。
「追手が来たとしても、私とヒース様なら……」
「外れてもいいぞ、フィオレンツァ」
ヒースがそう言った。
「今までご苦労だったな。お前には本当に感謝してるし、僕の最高の部下だと思ってる。だが、降りたいなら僕は構わん。大丈夫だ。僕のことは気にせずに、お前だけで逃げると良い」
「そういうつもりはありません」
「ならどういうつもりなんだ?」
そう聞くと、フィオレンツァは泣きそうな顔になる。
「不安なんです。どうしても、上手くいくと思えません」
「憶測に推測と希望的観測を重ねてるだけだからな。実際にどうなるかは、やってみないとわからん。こうなればいいな、ってところだ」
ヒースは茶をもう一口含み、喉を潤す。
「世界をお仕舞にしようとしてるんだから、仕方ないだろ。もし上手くいかなかったら、また考え直してイチから計画し直せばいいんだ」
「『世界を終わらせようとした者は、この世界を永遠に追放される』……この言葉をご存じですか?」
「『神の調整仮説』の締めだな。くだらん」
「私は不安です。何か、良くないことが起きるのではないかと。上手くいくとしても、最後には必ず失敗するのではないかと」
フィオレンツァは目尻から溢れ出した涙を、服の袖で拭った。
「それに、こんなことをして……彼らが、ネヴィアが、ヒマシキさんが、キャノンが、本当に喜ぶのかもわかりません。わからなくなってきました」
「そんなことは考える必要すらない」
ヒースはフィオレンツァのことを見つめる。
「誰がどう思うなんてことは考えなくていい。僕たちはずっとそうやってきたじゃないか。好き勝手にやって、好き勝手に好き合ったんだ。曲げる必要はない。喜ぶなら喜べばいい。悲しむなら悲しめばいい」
彼はそう言いながら、頬杖をついていた手から顔を降ろし、小さいテーブルに突っ伏すように頭を垂れた。
やれやれ、とヒースは思った。
やれやれ。
「僕たちはそのままだ。顔色を窺わないで、そのままで認め合う必要がある。それが本当の仲間だ。僕はそう思うんだが、お前はどう思う?」
キャラクターデザイン公開、3人目の「デニス」を活動報告にアップしました。




