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追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第4部 追放騎士と世界のオワリ
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9話 料理長と追放料理人 (前編)


 ジーン料理長とケイティを連れて、デニスとアトリエが街に戻って来てから。


「料理長を継げって、いきなりそんなこと言われてもよ」


 追放者食堂のカウンターに立つデニスがそう言った。


「色々とあるでしょうけど、とりあえずは炒飯でも作ってみなさい」


 カウンターに座るジーン料理長がそう言った。


「なんで?」

「どれくらい成長したのか見るためよ」

「そんな変わってねえぞ」

「ほんとに。まだ一人前でもないのに、成長が止まっちゃったのかしら」

「あったまきたな」


 デニスはそう言うと、すぐに炒飯を作りにかかる。


 ジーン料理長はそれを見て笑いながら、横に座るビビアに話しかけた。


「こうやって焚き付ければすぐよ。わかりやすいんだから」

「なーるほどー。さすがはデニスさんの親御さんですねー」


 ビビアが感心したように呟くも、デニスは額に青筋を立てただけで、何も言わずに食材を準備しにかかる。


 カウンター越しにデニスの調理を覗きながら、ジーン料理長が口を挟んでくる。


「あらあら。そんな風に包丁を持っちゃって。武器じゃないんだから」

「……なんか文句あんのかよ」

「ウチのレストランを継ぐつもりなら、もっとエレガントに持ちなさい」

「俺はそんなに見栄っ張りじゃねえんだ」

「実用も兼ねてよ。見てみなさい、ビビア君。この子ったら、ネギの切り方が全然なってないわ」

「ど、どの辺がですか?」

「あんなにザクザク包丁を通しちゃって。もっとスッスッて切れないものかしら」

「くそっ。うるせえな。継ぐとも言ってねえのに」


 文句を垂れながら、デニスはとにかく炒飯を作っていた。


 完成した物を差し出されると、料理長はスプーンでそれを掬って香りを確かめてから、一口食べてみる。


「どうです? 美味しいですか?」


 ビビアが、何となく緊張した様子でそう尋ねる。


「全然ダメね。何にも成長してないわ」

「なんだとこの野郎!」


 デニスが食って掛かる勢いに、隣に座っているビビアは思わず仰け反った。

 しかしジーン料理長は事もなげにハンカチで口を拭うと、一言呟く。


「雑」

「こんの野郎……! 俺はなあ、てめえみたいな高級志向じゃねえんだよ。悪かったねえ、繊細な味じゃなくてさあ!」

「ちょっと厨房を貸してみなさい」

「あ、あ?」

「私が作ってあげるわ」


 ジーン料理長は立ち上がると、カウンターの内側の厨房にスタスタと入っていく。


「お、おい。厨房は、料理人の城みたいなもんでな……」

「デニス。私が本物の炒飯ってのを作ってあげましょう」


 ジーン料理長は腕を捲ると、自身のレベル100ユニークスキルを発動させる。


「『料理長(シェフ・ド・)の絶技(キュイジーヌ)』」


 その瞬間、ジーン料理長の周囲に数々の調理器具が具現化し、彼女の周りを滞空するように浮き上がった。


 『最高の料理人』たる、ジーン料理長のレベル100ユニークスキル。

 無数の調理器具を具現化して操作し、この世の全ての食材を意のままに操る、料理人特化型の最高技術。


 そこからの光景は、ビビアが見たことも無いようなものだ。


 ネギが音もなく微塵切りにされ……いや、目に見える限りでは一瞬で粉砕され、彼女が握った瞬間に卵は割れて、ひとりでに飛び出してきた器に収まって溶き回される。


 各種の調味料が一粒単位で用意されて、高速で振動したかと思うと、またふるい分けられて量が調整された。目に見える分にはわからないが、振動の間に調味料の微細な品質が審査されて、適切な粒量に修正されたのだ。


「ふむ。卵質が微妙ね」


 振動による審査が流れるような速度で続いた。時間にしてはものの十数秒であったが、その間に使用できる食材の状態と品質、味の微妙な個体差が審査され、基本となるフォーマットから超微細な単位で修正が加えられる。


「油の質も良くないわ。それならこうやって補いましょう」


 基本が塩一つまみであれば、各種の食材の総合的な状態を加味したうえで粒単位、コンマ秒単位での極細の修正が加えられ、限られた状況の中でも完全な味を再現できるように全てが調節される。


 デニスを赤子扱いするのも、完全に納得の技量だった。

 ビビアはまるで、自分が世界最高のパフォーマンスを見ているかのような気分になった。


 そんな調理風景に見惚れていると、いつの間にか炒飯が二人前並べられている。


 それを見て、ビビアはどこか残念な気持ちに駆られるのがわかった。

 もう調理が終わってしまったのか。

 もっと見ていたかったのに。


 ほどよい照りが神々しくさえ見える炒飯を一口食べてみると、ビビアは何だか無性に涙が出てきて、スプーンを握りながら震える。


「う、美味い……っ! なんでこんなに美味いんだ……っ!」

「くそっ……うめえ……」


 デニスも悔しそうに、そう呟いた。


「デニスさん。僕怖いです。こんなの食べたら、もう一生他の料理で満足できないんじゃないかと不安です」

「ビビア、心配するな。苦労するが……意外と何とかなる」

「苦労はするんですね!? 嫌だなあ! こんなの食べなきゃ良かったなあ! もうこれから、僕の食生活には一生不完全さが付き纏うような気がするなあ!」


 その様子を見て、料理長は勝ち誇ったようにデニスを見下ろす。


「さあ、わかったかしら? ちょっとは腕力が立つみたいだけど、料理人としてのお前はまだまだ修行不足の半人前」


 ぐぬぬ…と顔を強張らせるデニスに、料理長が追い打ちをかける。


「料理人になりたいのか筋肉自慢の乱暴者になりたいのか、どっちかにしなさい? 一人前の料理人になりたいなら、おとなしく私のレストランに戻ってくることね」

「あったまきたな、てめえ! 絶対に、絶対にお前のレストランなんか継いでやるものか!」


 デニスがそう叫ぶと、料理長はちょっと顔をしかめて、腰に手をやりながらデニスを指差す。


「あんたねえ! お願いされてはるばる王都から来てやったのに、その口の利き方はどうなの! 反省なさい!」

「う、うううるっせえ! とにかく! 俺は継がねえからな! ここは俺の店だ! 店も畳まねえし、お前の言う通りにもしねえ!」

「はー。身体ばっかり大きくなって、いつまで経ってもガキんちょなんだから。呆れた。いいわよ、好きになさい。どうぞどうぞ」


 ジーン料理長はそう言って肩をすくめると、スタスタと厨房から出ていく。


「くそっ……オイ待て! 勝手に二階に上がるんじゃねえ!」

「なによ。見られたら不味いものでもあるの?」


 そう言ってから、料理長は訝し気な目を向ける。


「……あんた、アトリエちゃんが居るのに変な本置いてないでしょうね?」

「置くか! とにかく、勝手に俺の部屋に入るな! わかったな!」

「はー。一回は見ておかないと、心配で仕方ないわ」

「や、やめろって! 上がるなって! この野郎、母親面するな!」


 カチン、ときたジーン料理長が、ズカズカとデニスの目の前に歩み寄る。


「“母親面するな”ですって!? あんた、一体誰が拾って育ててやったと思ってるの!」

「う、うるせえ! おせっかいなんだよ、ババア!」

「はーっ!? ババアですってえ!? この荒くれガキんちょ炒飯ヤンキーが!」

「な、なんだと! この、年増美人ババア!」

「デニスさん! それは微妙に言い返せてないぞ!」


 ビビアが思わずツッコむと、眉間に皺を寄せたジーン料理長が唾を飛ばす。


「あっきれたわ! あんたがこれからどれだけ困ったって、助けてやるものですか!」

「おーおー! べっつにー! 上等だ! てめえに助けてもらうことなんぞあるか!」

「現に今! 助けに来てやってるんでしょうが!」

「う、うううるせえ! 痛い所を突くな! この母親面野郎!」

「言ったわね! はいはいはいはいわかりました。あんたみたいなガキんちょがどれだけ死にかかって行き倒れそうになってたって、一切合切知らんぷりして駆けつけてやらないから!」


 デニスとジーン料理長のそんな喧嘩……いや親子喧嘩を眺めながら。


 ビビアは、彼が元居たレストランを飛び出した時も大体こんな感じだったんだろうな、と思わずにはいられなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



「あんな子供っぽいデニス、初めて見たわ」


 夜の追放者食堂で、ケイティがそう呟く。


 怒ったデニスが二階に上がってしまってから、追放者食堂の一階にはケイティとジーン料理長、それにビビアとアトリエだけが居た。


「はあ……私と居ると、どうしてああなるのかしら」


 デニスの代わりに料理を作っているジーン料理長が、そんな風に溜息をつく。

 何となく、何か言わなければならないと思ったビビアが、口を開いた。


「ま、まあ……誰だってああいうもんですよ。母親に対しては」

「あの子、一回だって「母さん」って呼んでくれたことないのよ」

「えっ。マジですか」

「それは有り得ないわ。ちょっと説教してきてやる」


 ケイティが立ち上がるのを、ジーン料理長が手で制した。


「まあ……実際、本当の母親ではないわけだしね」

「でも、母親みたいなもんじゃないですか」

「そうなんだけど……まあ、あの子の考えてることはわかるようでわかんないわ」

「デニス様は、よく料理長の話をする」


 アトリエが突然そう言って、三人が彼女の方を見た。


「本当に?」


 料理長がそう聞くと、アトリエはこくこくと頷く。


「する」

「あの、僕もよく聞きます。なので、嫌っているわけではないかと……」

「不器用なのよねえ……母の日とか誕生日とかも、何も言わずにプレゼントを厨房とかに置いとくだけだったし」

「可愛いなあいつ」

「可愛いですね」


 ケイティとビビアが、そう言って互いに見合った。


 そんな話をしていると、食堂の扉がガラガラと開かれた。

 今日は定休日なのだが、どうやら来客のようだ。

 灯りを付けていたから、勘違いして入って来てしまったのだろう。


「もしもし。お邪魔してもいいかな?」

「残念だけど、今日は営業してないわよ……」


 そう言って来客に目を向けたジーン料理長は、


 その姿を見て、言葉を失った。


「そいつは残念。一度、あいつの料理を食べてみたいと思っていたんだけど」


 黒髪をオールバックに撫でつけて、分厚い丸眼鏡をかけた長身の男。


 首から顔の全体に走る、左右対称の刺青のような幾何学模様。

 潰れたように濁っている左目。何から何までデニスによく似ているが、その目つきはやや鋭くて邪悪に見える。


「それじゃあ、そこのお嬢さんを貰って行ってもいいかな? 心配しなくても、命までは奪わないさ。たぶんね。結果的に死んじまったら申し訳ないな」


 追放者食堂に初来店したヒースは、四人に向かってそう言った。



ビビア「オーバーラップ広報室様より、カラー口絵が公開中です!」

アトリエ「詳しくは作者の活動報告から」

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