4話 出張追放料理人と出張追放看板娘 (前編)
現在。
「お前とこうやってゆっくり王都を歩くのは、わりと初めてかもしれねえなあ」
歩きながら、デニスがそう言った。
「初めて」
歩きながら、アトリエがそう答えた。
人で賑わう王都の街中を歩きながら、二人はそんな風に話していた。
デニスとアトリエは、今回は二人っきりで王都を訪れている。
これまでも王都へ来たことは度々あったが、そのどれもが緊急事態や町民総出の決戦模様だったので、こうやってゆっくりと、それもアトリエと二人きりで王都を歩くのは初めてだ。
正確に言えば、馬車を出してもらった馬車屋の親父も含めて三人所帯。ただ彼はこの機会に商談や挨拶があるらしく、別行動を取っていた。
「食べたい」
デニスの横を歩いていたアトリエが、突然そう言った。
「何がだよ。省略しすぎてわからん」
「あれ食べたい」
アトリエが指差したのは、一件の屋台。
どうやら氷菓子の出店で、牛乳を冷やして糊状にした氷菓……俗にいうソフトクリームを売っているらしい。氷結系の魔法使いが退職後によくやる店だ。屋台の周りには、真っ白いソフトクリームをペロペロと舐めている人がちらほら居た。
「しゃあねえなあ」
デニスはアトリエを連れて屋台に近づくと、財布を取り出しながら店主に声をかける。
「ソフトクリーム一つ……いや二つくれよ。いくらだ?」
「二つで……おや? あんた、デニス・ブラックスじゃないかい?」
氷菓屋の店主が、デニスの顔を覗き込みながらそう聞いた。
「そうだが?」
「『オランピア』で優勝したデニスだよな! 俺も見てたんだよ!」
「そりゃどうもな。それで、いくらだ?」
「いやいや、タダでいいさ。近くで見るとやっぱりデカいねえ! 迫力あるねえ! そっちの嬢ちゃんは娘かい? それとも妹さん?」
店主にそう覗き込まれて、アトリエは親指を立てるサムズアップで返す。
「看板娘」
「看板娘?」
「まあそんなとこだよ。悪いね、タダにしてもらっちゃって」
「いいのさ。王都じゃ、あんたみたいな身体になりたいって筋トレが流行ってるんだぜ」
気の良い店主にアイスをタダにしてもらったデニスとアトリエは、二人でソフトクリームをペロペロと舐めながら歩き始める。
「美味し」
「そいつは良かった」
そんな風に言ってから、こうやってアトリエと、二人で特に用事もなく出歩くのは本当に珍しいことだとデニスは思った。いや用事はあるのだが、かなり重要な要件はあるのだが。
いつもは毎日店の支度をして、二人で店を切り盛りして、たまの休みはアトリエはどこかをほっつき歩き、デニスは日がな一日中寝たり寝なかったり、ビビアと遊びに行ったり行かなかったり……。
べったりすることもなく、二人とも自由によろしくやってるわけではあるが。
たまにはこういうのも良いもんだなあ、とデニスは思った。
◆◆◆◆◆◆
バチェルの勤める魔法学校を訪れたデニスとアトリエは、研究室に並んで座っていた。
デニスの話を聞いたバチェルは、腕を組んでウーンと唸る。
彼女も、教員らしい貫禄じみた物が付き始めてきたようだ。
「店長の新しいレベル100ユニークスキル、『反転予知』……未来予知のスキルなんや」
「そうだな。発動すると大体、数秒先のことがわかるんだ。未来を予知するってより……正確には……」
「知覚するっていう感じ?」
「そう。たとえば数秒後に俺がぶん殴られるとして、その未来に殴られた痛みが先に来る。そっちの方を見てみれば、青い拳の形をした……未来の影が、俺を襲うのが見えるって感じ」
「ふーむ」
バチェルは色々な資料を机上に広げながら、何かを考えている様子だった。
「未来予知のスキルってね。めちゃくちゃ珍しいんよ」
「そうなのか」
「珍しいというより……伝説上のって感じやな。歴史上でね、発現させたと言われてるのが二人しかいないの」
「そんなにか……」
バチェルは一枚の羊皮紙を見つけると、それをペラッと取ってみた。
「一人目が、初代王ユングフレイが打ち倒したとされる『邪の者イニス』。神話には、“イニスはその目で未来を見通し”ってある」
「その話はビビアから聞いたな」
「二人目が、オリヴィアちゃんを作った奇械王ユヅト達が討伐した『地獄王ゼキス』。記述によれば、彼も未来予知のスキルを持っていたとされているし、オリヴィアちゃんの証言でも確認されてる」
「そっちはよく知らん。アトリエ、お前知ってるか」
「知らん」
「俺の口調を真似るな」
デニスがそう言うと、バチェルが机上の端っこに置いていたチョーク入れから一本白墨を取り出して、立ち上がる。
「店長の一つ目のレベル100ユニークスキル、『強制退店の一撃』。これは大別するなら、空間座標の操作スキルと言えるんやな」
バチェルがそう言いながら、研究室の黒板に『強制退店の一撃』と書き込んで、それを丸で囲んだ。
「空間操作系のスキルは、貴重とはいえわりと確認されとる。というより、高レベルにおける最高級スキルや魔法の多くは、大なり小なり空間操作の性質を有すると言われとる」
「ふむ」
「でも、店長の新しいスキル、『反転予知』のような未来予知スキルは……歴史上の記述にあるだけで、実際に確認された事例は無いんや」
「何か理由があるのか?」
「仮説ならあるで。『神の調整仮説』って呼ばれるんやけど」
バチェルは黒板に『未来予知』と書くと、それにバッテンを上書きした。
「たとえば、店長の『未来予知』やエステル王の『過去改変』が普通のスキルだったとして……みんなが普通に使えるとしたら、世界は大変なことになってしまうやろ?」
「まあ、そりゃそうだな」
「だから、神様がそもそもそういうスキルを作らなかった、もしくは人間が扱えるようにしなかった、っていうのが『神の調整仮説』」
「だが、実際にある。俺の『反転予知』や、エステルの『全ての美しい記憶』とか」
「大昔の研究者が提唱した仮説やから。それに、これには続きがあるんや」
バチェルは黒板に『邪の者イニス』と書くと、その横に『初代王ユングフレイ』と書いた。
その下に『地獄王ゼキス』と書くと、またその横に『奇械王ユヅト』、『冒険王ナチュラ』と書く。
「過去に誰かがそういう過剰に強力なスキルを発動させた時、その対抗となる大きな力を持った者が必ず存在したんや。『邪の者イニス』に対しては『初代王ユングフレイ』が。『地獄王ゼキス』に対しては『奇械王』や『冒険王』という伝説の列王たちがね」
バチェルは横線をいくつか引いて、それぞれに対応させる図を描く。
「こういう風に。もしもそういうスキルが生まれても、神は必ずその対抗存在が現れるように世界を調整するというのが『神の調整仮説』の後段。かなり恣意的で、必然性に乏しい仮説なんやけど」
「……俺のスキルの発現は、エステルとほぼ同時だった」
「エステル真王が、店長の『未来予知スキル』の発現に引っ張られて『過去改変スキル』を発現させたのか。それとも……」
バチェルは微笑を浮かべると、デニスのことを見つめた。
「店長自身が、その『対抗存在』なのか」
デニスはそこまで聞くと、腕を組んで肩をすくめてみせる。
「抽象的すぎてわからん」
「まあまあ。そういう話もあるってことで。それにこの『神の調整仮説』の最後は、ある有名な一文で締めくくられているんや」
「なんて書かれてる?」
「“この世界を終わらせようとする者は、神の調整により……”」
バチェルは覚えていた一文を、黒板にコツコツと書いてみせた。
「“この世界を永久に追放されるだろう。”」
◆◆◆◆◆◆
「アトリエちゃんの血筋……ワークスタット家は、魔法の中でも最強の系統とされる『催眠』と『精神干渉』を扱うことができる、特殊血統の血筋なんや」
魔法学校の実験室。主に爆発などの周囲に危険が伴う魔法を実験するために使用されるガラス室の中に、アトリエがちょこんと座らせられていた。その隣には、学校の研究員が立っている。
分厚いガラスを隔てた向こう側には、アトリエに見えるように座らせられたデニス。その隣に、バチェルが立っている。
「ワークスタット家は元々、高名な芸術家の家系。過去には絵画や音楽といった様々な芸術分野で偉人を輩出しているし、王国の魔法使い達の頭領たる当主以外は、その方面で活躍することを期待されていたんやな」
「アトリエ……意味は『atelier/工房』か」
「その究極の芸術表現が、『他者への共感』……つまりは作品を通した『精神干渉』に発展したと言われている」
バチェルが続ける。
「高度な芸術の創作を通して、観る者や聴く者の精神に作用する。素晴らしい絵画や音楽を鑑賞した時に感じる、一種の恍惚感。それがワークスタット家の特殊血統、『催眠魔法』に発達したというのが通説やな」
バチェルがそこまで言ったとき、ガラスの向こうに座るアトリエの隣に立つ研究員が、準備完了を示す挙手の合図をした。
「さあ、店長。何か頭の中で考えてみて。アトリエちゃんが、店長の頭の中を読み取れるかどうかの実験や」
「うーん。じゃあ……これでいいか」
デニスが頭の中に何かを思い浮かべていると、アトリエは渡された白紙に何かを書き始める。
分厚いガラスの向こう側で、アトリエは『チャーハン』と書かれた紙を見せた。
「おお! 当たった! 当たったぞ、バチェル!」
「いやいや! それはどうなんやあ!? 店長、いっつも炒飯のこと考えてると思われてるんとちゃう!?」
「駄目か?」
「もっと当てづらいやつにしてな!」
再度実験を繰り返すと、アトリエが今度は、「えびチャーハン」と書かれた紙を見せた。
「おお! 当たった! また当たったぞ!」
「炒飯から離れてえな!」
その後も実験を繰り返すと、多少の誤差はあれ、アトリエはデニスの考えていることをほとんど正確に読み取っていることがわかった。
ただし、他にもバチェルで試してみると「ネコ」が「トラ」になったりと誤差の幅が広くなり、アトリエの全く知らない人物で実験すると、かなりかけ離れた物を読み取ってしまったり、全然別のことを読み取ったり、もしくはわからないという仕草をすることもあった。
「ごっついなあ、これは」
実験の結果を見て、バチェルがそう呟く。
「つまり、近しい人ほど正確に読み取れるってことか」
実験で得られた回答の正誤や近似を書き連ねた表を見て、デニスがそう聞いた。
「それだけやないで。その場で考えていること以外にも、朝食べた物とか全然別のことを読んだことがあったやろ? つまり人が無意識に覚えていることや、心のもっと深い部分で考えていることにもアクセスできるってことやな」
バチェルはそう言いながら、ガラスの向こうで隣に立つ研究員に対して謎のサムズアップをしているアトリエを眺めた。
まだ具体的な形にすらなっていない、アトリエの無意識下で発動しているスキル。これが成長したら、一体どんな能力を持つスキルとなるのだろう。
「アトリエちゃんが無口なのも、それが関係してるんやと思う。彼女は言葉を使わなくても、人の考えてることがわかる。だから話す必要が無い。彼女が言葉を発するのは、相手にその場で、最低限のアクションを起こして欲しいとき。もしくは、自分の意見を表明するとき」
「なるほどね」
「もっとヤバイのは」
バチェルは下から、背の高いデニスのことを覗き込んだ。
「多分これは常駐型の……アトリエちゃんの無意識下で、常時発動しているスキルっていうこと。彼女は磁石みたいに、存在しているだけで人の無意識に作用し続けている。もしかしたら彼女の知らない間に、人の心に影響を与えていることもあるかもしれない」
“お前は彼女に呼ばれた、最初の追放者にすぎない。”
デニスは、自分の兄と名乗る男が言ったセリフを思い出した。
“お前が中心じゃない。彼女が中心なんだ。”
世界を終わらせる鍵は二つあるとも彼は言った。
おそらく、その一つを奴は手に入れたということだろう。
もう一つを、奴は必ず奪いに来る。
エステル「6月25日発売の、『追放者食堂へようこそ!』第1巻! 予約受付中であるぞ!」
オリヴィア「詳しくは、作者のTwitterニテ! ……って言えばイインデスネ! お役に立てマシタカ!?」
アトリエ「ばっちり」




