表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放者食堂へようこそ! 【書籍第三巻、6/25発売!】  作者: 君川優樹
第1部 追放者食堂へようこそ!
10/139

10話 ブラックパーティーを追放されよう! (中編)



 翌朝。

 まだ日が昇らない時刻に、バチェルは目が覚めた。


 昨日は結局、ベッドに入れたのが23時くらい。

 上手く寝付けなかったので、実際の睡眠時間は3時間ほどか。


 一日で一番辛いのはこの時間だ。

 起きたくない。仕事に出たくない。怒られたくない。


 でも結局は、布団から這い出なくてはいけない。

 バチェルは緊張で動悸の止まらない胸を押さえながら、蝋燭に火を灯して、時計を見た。


 4時00分。


 えっ。

 遅刻する。




「すんま、すいません! 遅れました! すみません!」


 バチェルは大急ぎで準備をして、本部までやって来た。

 すでに先輩メンバーたちが揃っていて、呆れた目でバチェルのことを見ている。


「はあ……お前はさあ……先輩方を一時間も待たせて、恥ずかしくないわけ?」

「すいません! すいません!」

「情けねえ奴だな、ほんとに。早く行くぞ」

「は、はい……」


 バチェルは後ろを着いていきながら、緊張と睡眠不足で吐きそうになっていた。




「バチェル! 光魔草出せ!」


 モンスターとの戦闘の最中、バチェルはそう言われて飛び上がる。


「は、はい!」


 基本的に、汎用アイテムの管理は下っ端の仕事だ。

 バチェルは腰の大きなポーチの中を探して、魔力を回復させる効能のある光魔草を……


 えっ?

 あれ?


 待って、そんな、えっ。


 バチェルがポーチの中をひっくり返していると、怒鳴り声が飛び交った。


「何やってんだ馬鹿野郎!  早く出せ!」

「あ、あ、あの……えっと……」


 バチェルは半泣きになりながら、何とか声を出した。


「す、すいません、その、無くて……」

「はあ?」

「無いってお前、どういう……」

「その、忘れてしまって! すいません! すいません! すいません!」




「…………」


 バチェルは気付くと、時計塔の屋上に立っていた。

 とても高い。身がすくむほどに。


 ここまでどうやって来たのか、覚えていない。


 なんであんなミスをしてしまったのだろう。


 普通は間違えない。忘れない。自分が悪いのだ。


 普通はあんなミスしない。普通だったらちゃんとできる。

 どうして自分はできないんだろう。


 役立たずだ。


 もう生きてても、どうしようもないのかもしれない。

 なんだか疲れた。


 ベッドに入るたびに苦しい思いをするのは嫌だ。

 朝起きるたびに死にたくなるのはもう嫌だ。


 頭から落ちれば、きちんと死ねるはず。


 一歩踏み出すだけでいいのだ。

 簡単なことだ。


 これくらいなら、自分にもできる。


 バチェルはそこから一歩踏み出した。

 そこには何も無かった。

 ただ、落下していく感覚だけがあった。


「待ちなさあえええーっ!?」

「ぱ、柔らかい手のひら(パーム)!」


 後ろから、そんな声が聞こえる。

 でも、もうどうだっていいことだ。


 もう……





「ぜえ……ぜえ……あ、あのー……」


 ヘンリエッタとビビアが、夕方の開店時間よりも早くに来店してきた。

 ちょうど仕込みをしていたデニスは、勝手に開けられた扉に振り返る。


「なんだなんだ、今ちょっと手が離せねえんだ。出汁を取っててよ……」


 デニスが見てみれば、つい昨日カウンターで突然泣き出した女の子を、ヘンリエッタが背負っていた。


「……どうした、それ」


 その後ろにはビビアが居て、肩をすくめていた。




「ヘンリエッタさんとギルドにパーティーの求人を見に行ってたらですね、ちょうど彼女が世界の終わりみたいな顔して歩いてるのを見つけて」

「あーなんかやばい雰囲気だなーって思って、ビビア君と二人で後をつけてみたんですよ。もう、顔なんて真っ青だったんですよ! ゾンビが歩いているのかと思いましたわ!」


 食堂の二階のベッドにバチェルを寝かせた後、デニスはカウンターで二人から事情を聞いていた。


「そうしたら、突然時計塔なんて登りだすもんですからね。これはいよいよ怪しいぞって」

「もう躊躇なく屋上から飛び降りるもんですから! びっくりしましたよ! わたしとしては、『待ちなさい!』みたいな感じで説得パートがあると思ったんですけど」

「全然そんな暇なくて。とにかく咄嗟に『柔らかい手のひら(パーム)』を打って、ヘンリエッタさんが追って飛んで捕まえたんですよ」

「それで、甲冑が潰れてたのか」

「パームをぶち破って、結局二人で地面に落ちちゃって。それでもかなーり衝撃を吸収してくれたんですけどね」

「それで彼女、どうなんですか?」

「名前はバチェルって言うらしい。今は、アトリエを付けてるよ。また変な気を起こされちゃ困るからな」


 デニスは小鍋に火をかけて、バチェルのために食べやすい粥などを用意しながら言う。


「心の病気だな。たまに、ああなっちまう奴はいるんだよ。真面目な奴ほど、色んな物を抱えて圧し潰されちまって、心がぶっ壊れちまうんだ」

「ヘンリエッタさんには無縁そうな病気ですね」

「ビビア君、君もわたしをイジりだすかい?」


 ビビアとヘンリエッタがにへへ、と笑う。

 こいつら一瞬で仲良くなったよな……デニスはそう思った。


「どうすれば治るんですか?」


 ビビアが聞いた。


「とにかくゆっくり休ませるしかねえ。それも長いことな。とりあえずはうちで匿ってやって、色々と落ち着いたらまた考えよう」


 デニスはそう言った。


「たぶん、バチェルさんは……あの『夜の霧団』の……」

「ああ、それも聞いた。俺が話をつけるよ。パーティーなんて入ってる場合じゃねえからな。いったん抜けさせて、ゆっくり療養しかねえ」




 その夜に、食堂に『夜の霧団』のリーダーと数名のメンバーが来店した。


 デニスはいったん店を閉めると、彼らを中央のテーブルに座らせて、お茶を出してから自分もその向かいに座る。


 カウンターには、ビビアとヘンリエッタが二人で大人しく座って、事の顛末を見守っていた。


「色々とすみませんでしたね、うちの者が迷惑をかけたらしくて」


 リーダーと思しき男は、デニスにそう言った。


「私は『夜の霧団』の団長を務めている、ホッパーです。よろしく」

「俺は、デニス。この食堂の店長だ」

「この食堂は美味いと話を聞いてますよ」

「この前、たしかそっちのもんを二人ほどのしちまったな」

「どうやら非礼があったようで、謝罪いたします。それと、お茶をどうも」


 ホッパー団長は、丁寧な調子でそう言った。


「それで、うちのバチェルの件なんですが」

「心配しないでくれ。今はうちで面倒を診てるからよ」

「何から何まで。すみません」

「彼女については、もうそっちで働ける状態じゃない」


 デニスはそう言った。


「このままパーティーを抜けさせてもらって、療養させたいと思うんだが。それで構わないかな」

「いえ、それは困りますね。バチェルの身柄はこちらで引き受けますよ。これ以上ご迷惑をかけるわけにもいきませんし」

「いや、それについてなんだが……彼女はそっちには戻らない方がいいと思うんだ。彼女もそれを希望している。事後はうちで面倒を診ようと思うから、そちらは……」

「そういう話ではありません。契約がありますからね」


 ホッパー団長は部下に洋羊紙を何枚か出させると、デニスに見せた。


「彼女が抱えていた業務が、これだけ滞っています。彼女が急におかしくなられて、こちらもかなりの損害を被ったんですよ」


 デニスはその書類を見て、ホッパー団長の顔を覗いた。


「こんなに? 一人に任せていい仕事量じゃあないだろ。物理的に無理だ」

「ついては、彼女にはきちんと賠償してもらわないといけません。そういう契約ですからね」

「おいおい、一体どんな契約だそりゃ」


 デニスはもう一枚の契約書を読んだ。


 その内容に、デニスは自分の目を疑う。


「……本当にこんな契約を交わしたのか? いや待て。そもそもおかしいだろ。こんな狂った契約を結ばせる方がおかしい」

「それが、うちのやり方ですから」

「こんなもんいくらでも偽造できるぞ。効力が無い。そもそも、こんな契約は結ばせちゃいけないはずだ。冒険者パーティーの加入脱退は自由のはず……」

「あなたが決めることではありません」

「この悪党め。あの娘をいいだけこき使って、壊れたら最後の最後まで搾り取る気だな」


 デニスは立ち上がった。


「冒険者パーティーだと? 笑えるぜ。お前らは性質の悪い詐欺師集団だ」

「心外ですね」


 ホッパー団長はお茶を一口すすった。


「我々の影響力を知らないようですね。無理はありません……店長はここに来て、まだ日が浅いようですし」

「影響力がなんだこの野郎、わけのわからねえ御託を並べやがって。こんなもんは王都の騎士団が調べれば……」

「ここは王都ではありませんよ」


 ホッパー団長はそう言って、笑った。


「ここら一帯は、うちのシマです。みんな我々の言いなりです。いわば、我々が法なんです。痛い目を見たくなかったら、彼女をさっさと引き渡しなさい。丁重に接するのは、これが最後ですよ」




「なんで、死なせてくれなかったんや……」


 バチェルはベッドの上で毛布にくるまりながら、震えていた。


「もう嫌なんや……あたしなんて、死んだ方が……」


 その傍には、アトリエが座っている。


「死ぬのは自由だと思う」


 アトリエは突然、そう呟いた。


「…………」


 バチェルは、突然口を開いたアトリエを見つめる。


「アトリエも、死のうと思ったことはある。全部奪われて、追放された。死のうと思ってた。奴隷として買われて、そこで死のうと思ってた。もうこれから、良いことは何も無いと思ってた」


 アトリエはバチェルを見た。

 静かな瞳だった。


「死ぬのは自由だと思う。だけれど、アトリエは死なない方が良いと思う。アトリエは死ななかった。良いことがあったから、死ななかった。まずは美味しいご飯を食べて、それから決めればいいと思う。美味しい炒飯を食べて、それでも死にたかったら、それは仕方ないと思う。アトリエは貴方の意思を尊重する」


 デニス達が今のアトリエを見ていたなら、きっと驚いたに違いない。


 アトリエは、その生粋の無口が三か月はかけて喋るのではないかという分量を、一気に話していた。


「けれど、アトリエは、貴方は死なないほうがいいと思う。アトリエはそう思う」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
ドブカス団長のホッパー…相手の実力も図れないチンピラか… デニスが某ヤクザRPGゲームのヤクザなら「お前さぁ、ひどいよ。もうお前を56すしか無くなっちゃったよ」となる展開だねぇ。 (むしろ異世界なら…
名前とイメージが結びつきづらいのはある。 だれだっけ?みたいな。 初見で読んで、キャラの名前と不幸話とジョブと背格好を結びつけなさいと言われたら、自信ない。申し訳ない。
[気になる点] 登場人物の個性が薄くて名前を忘れる、その状態で同じようなことを話すものだから、誰がどの台詞を喋ってるのか分からなくて非常に読みづらい。 話自体は面白いのだけれど、この部分がストレスフル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ