心の問題
前話と今回はシリアスな感じですが、次回から異世界ファンタジーみたいになるので堪えてもらえると幸いです。
目が覚めた。ここは現実世界のはずだ。意識が完全に覚醒する前にそんな考えが浮かんだ。
しかし、晴れた視界から見える景色は変わらず。光一は意識が覚醒してすぐ恐怖に駆られた。
先程感じていた不安はまだこの世界が夢であると願っていたため恐怖にはなり得なかったが、二度と戻れないと悟ると途端に恐怖に変わる。
「なんで戻らないんだよ!」
恐怖を紛らわすために大声で叫ぶ。外は既に日が傾きかけている。光一はまた辺りを見回す。この行為にも意味はない。ただ何かをしていたいと身体が勝手に動く。と、そこで真っ白になっていた頭の中に一つの考えが浮かんだ。
「これって、異世界召喚なのか……?」
こういう状況に喜ぶ人はいるかもしれないが、光一はそうではない。家に帰りたい。その思いで一杯だ。光一は訳もなく部屋を出た。
一階に下りるが何も思いつかない。外へ出ることも考えたが、外へ出ても変わらないだろうと辛うじで考え直す。その後も訳もなく辺りを歩いた。
するとそこで光一の目にある物が映る。
「包丁……」
台所に置かれた一般の包丁。光一は無意識の内にそれを手に取った。
もしかしたら、という考えが光一の頭に浮かぶ。
「死ねば元の世界に戻れる……」
そんな保証はないのに光一はそう決めつけた。そしてその包丁を左胸に突きつける。包丁を振り上げーー
「アルヴァ⁉︎」
少女の声が光一を現実に引き戻す。いきなり大声で驚いたということもあったが、何故かその声に安心を覚えた。どこか懐かしいような気もする。
「あ、ごめん……その、冗談で」
光一からは恐怖が消え代わりに申し訳なさが身体を覆う。
「冗談でも二度とそんなことしないで!」
「うん、ごめん……」
涙目になって怒鳴りつけるその少女を見て更に萎縮してしまった。
しかしその代わり何故かこの世界に対する違和感という恐怖が消えた。更にこの世界を楽しもうという感情さえ生まれた。まるで何かが心の中に入って、その何かの感情が心に広がる感じだった。
光一は包丁を置く。そして今までの深刻そうな表情が嘘のように無くなり、恥ずかしそうに口を開いた。
「えっと、名前……教えてくれない?」
今日一日のアルヴァの意味不明な言動と行動に呆れてしまう。しかし双子の姉と言っていたその美しい少女は何故か笑顔で応えた。
「レイラでしょ? アルヴァの双子の姉のレイラ。 記憶喪失しても私のことは忘れちゃだめだよ」
冗談っぽく、しかし優しい声色のレイラにアルヴァこと光一は「そうだよね」と微笑んで返した。
「はあ。 アルヴァ、今日は私の部屋で寝てね」
「は?」
レイラの突然の爆弾発言に光一は笑みを崩し口が塞がらなくなっている。
「今日のアルヴァはおかしいから。 私の見てないところで何をしでかすかわからないし」
そう告げてレイラは艶やかな金髪を揺らし階段を上がっていった。
光一はやっとレイラの放った言葉の意味を飲み込み顔は真っ赤に、心臓は破裂しそうな錯覚に陥っていた。
「女子の部屋で一緒に寝る……?」
光一の頭では如何わしい考えが浮かんでしまう。しかしすぐに頭を思い切り振る。
「あれは双子の姉。 あれは双子の姉……」
そう自分に暗示かけた。実際、現在の身体ではそれが正しいのだが。
身体はアルヴァという人物。心は兼島光一という人物。そんな考えは光一の中にはなかった。
彼は先ほどと違う恐怖(?)に耐えながら、姉の部屋へと向かった。
レイラはベッドで寝ていた。さらにベッドの横には敷布団的なものが敷かれている。
光一は多少、がっかりしたが横の布団に入りそのまま眠りについた。光一が眠りにつくまでレイラが様子を窺っていたとは全く気づかず。