フィリップの劣等感
少年は、木陰にとっさに隠れた。
墓地に整然と並んだ墓石の向こうには、見知った者たちがいる。
その彼らが一斉に倒れる惨劇を見たのだ。
「何だよありゃ。よくわかんないけど、めちゃくちゃヤバいやつだ」
少年は、墓場で酒盛りをしているチンピラたちの使いっぱしり。名前はフィリップ。
「あ、兄貴に知らせなきゃ」
フィリップの兄は、騎士団に所属している。最近、フィリップがよくない人間と付き合っていることを、多分知っているだろう。騎士団は、治安悪化を防がねばならない。当然、街のゴロツキの情報はある程度把握しているはずだ。そう悪いことをしているわけではないが、優秀な兄に会うのは少々気が重い。劣等感が首をもたげるからだ。
平民の次男に生まれたフィリップは、兄に比べて愚鈍だ、と周りに軽んじられて生きてきた。兄は騎士として身を立てたが、能力差のあるフィリップが定職につかずにいても、邪険にすることがなく、気さくで優しい。だが、そのお陰でフィリップは余計に惨めな気持ちを抱えてしまい、卑屈に育った。兄の存在から逃げる様に、成人を迎えた十五歳の時に家を出た。
だが、家を出たとはいっても地元を離れたわけではなく、何となく近場で日銭を稼ぎながらブラブラし、チンピラたちと次第につるむ様になって、下っぱの使いっぱしりに収まっていたのだった。
こうして身を持ち崩している手前、兄に会いにくいのだ。しかし、事件ならば騎士団に通報すべきだし、通報しようとフィリップは思った。
倒れた者たちは、別にどうなろうと構わない。使いっぱしりのフィリップを、ぞんざいに扱ってきた者たちだ。酒の代金もフィリップ持ちだ。だから、チンピラたちが何らかの事件に巻き込まれたことには、むしろ、ざまあみろ、ぐらいの気持ちなのだ。
しかし、だからこそ兄の顔が浮かぶ。兄ならば、事件に巻き込まれたのが奴らろくでなしたちであっても、正義の名の下に救助し、騎士として立派に働くだろう。ぼんくらな自分とは性根が違い過ぎる、と思うフィリップ。
兄がいるからフィリップは惨めだ。だがフィリップは、劣等感は劣等感のまま、兄が好きなのだ。
「兄貴の手柄になれば」
嬉しいのだ。フィリップは踵を返し、駆け出そうとした。




