平穏
早朝に始まるガインの散歩は、いつも午前中いっぱいくらいまでかかる。ユウがガインと顔を合わせるのは、いつも昼だ。二階の窓から外を眺めていると、丘にある監視台の辺りに土煙があがっているのが見えた。ガインがとてつもないスピードで駆けているのだ。ガインの散歩は、街中では歩くが、郊外は凄まじい速度で駆け抜ける。もはや散歩と呼べるのかどうかすら疑問だ。ユウは、丘の監視台の辺りに土煙が上がっているのが見えたら、急いで部屋を出て階段を降りながら使用人に声をかける。玄関を開けると、ガインは屋敷の近くの小さな川にかかる橋の向こうで丁度止まる。10時のティータイムのお茶請けの残りを出して来た使用人が外に出て来る時には、ガインは橋の上で手すりにもたれかかっている。お茶請けを使用人から受け取り、ガインに駆け寄ってだっこをせがみ、抱え上げられた状態で、お茶請けを一緒に食べるのがユウの日課になっていた。ガインがとてつもないスピードで駆けてくるのは、昼食が待ちきれないからだとユウは考えていた。自分と同じだと。
ふたりはクッキーをかじる。
「ガインはお腹すいた?」
「ああ、少しね。」
「クッキーまだいる?」
「ああ、もらおうかな。」
「お昼ごはん食べれなくなっちゃダメよ?」
「ああ、ユウもね。」
「ユウは大丈夫よ?」
「己も大丈夫だ。」
「ごはん早く食べたいね?」
「ああ、今日は何かな。」
他愛のない会話だ。だが、だからこそガインは微笑んでしまう。己に妹がいたらこんな感じなのだろうか、とガインは思う。散歩から帰ると、ユウと一緒に日がな一日のんびりするばかり。ユウはガインにとって、この町の優しさの象徴の様なものだ。ここなら、きっと母も上手くやっていける。母を養い、ユウの成長を見ながら、のんびり暮らしたい。ガインは、ジダール家で雇われ、バンハールで生きて行くと決めた。
 




