やめようや
吸血鬼たちは皆、吸血鬼にあるまじき変化の只中にある。
他の吸血鬼と違う育ちのフォンテス、他の吸血鬼にはない思考を持つシャノンは、ある意味で変わって行く為の因子を持っている。
だがマシアスは違う。
フォンテスたちと違い、ごく一般的な吸血鬼の育ち方をしている。
身分は低いがプライドが高く、血の気が多い。
他者に従わず、戦いに身を置き、穏やかな暮らしを望まない。
戦うことこそが吸血鬼の生であり、それ以外を望まない。
吸血鬼といえば、幼子から老人までこうだ。
そのはずなのだ。
しかし今、マシアスは、制されるがまま。
そしてそこに憤りや不満がない。
(フォンテス様が真祖の吸血鬼ってことがどういうことか分かるぜ)
心穏やかにマシアスはアリスを見る。
目をつり上げたアリスが睨み付けて来るが、頭に来ない、腹が立たない。
アリスは生意気だが、冷静に見れば、可愛らしい少女にしか見えなくなってくるマシアス。
アリスは吸血鬼ではないが、赤い瞳の持ち主であり、どこか親近の雰囲気さえ感じなくもない。
そんな風に思っていると、アリスに対する感情も変わる。
「オメーと戦う気はねえよ。 やめようや」
「ん? おぉ……」
マシアスは戦いよりもフォンテスに従うことを選択した。
降ってわいた停戦要求に、アリスはキョトンとした表情。
だが、断る理由もない。
アリスの目的はこの空間からの脱出であって、マシアスと戦うことではないのだ。
故に、お預けを食らった様な、納得していない表情ながら、握手の手を出す。
その手を無言で握るマシアス。
(これでいいんですよね、フォンテス様)
見るとフォンテスと目が合った。
マシアスに向かって満足げに頷くフォンテス。
笑顔になったマシアスが、そのままアリスを見ると、つられたアリスもへらへらと笑った。




