囲まれるイルマ
「私がいた結晶世界は検証材料がないから分からないけど、さっきまでの場所やこの天使の空間は、特殊な結界だって分かるわ。 天使の心の中を異空間にしたのね」
スラスラと見解を述べるイルマに呆気に取られるアリスたち。
こうなると、イルマとしても、アリスたちを畏怖や恐怖の対象ではなく、興味をそそる研究対象にしか見えなくなって来る。
「協力してほしいわね、ここから出たいなら」
人間のみの研究ならば、可能性の広がりはすぐ頭打ちになるかもしれない。
だが、この場には魔物ばかり。
そして魔物たちは奇妙な連帯を見せる。
まるで仲間の様な連帯を。
そしてその中に、自分の夫デシネもいる。
デシネは宙に浮き、得体の知れない力を行使していた。
イルマの知るデシネとは大分違う。
大分違うのだが、イルマはそこを問題視していない。
デシネは、異形の魔物の中で何ら物怖じせず、並び立っている様にさえ見える。
イルマにとって、今のデシネは、頼りに出来る、精神的支柱に出来る夫で、誇らしい気持ちはあるが、あのおっとりした夫を、こんな影のある男に変えた過程を見ていないことがイルマは寂しくて、少し胸が苦しくなった。
その寂寥感から目を逸らす様に、イルマの目は、吸血鬼たちにも向けられる。
結晶化が解けてからというもの、吸血鬼たちは目立った戦闘はしていないので、イルマにとっては未知数の存在だが、未知数だからこそ、気にもなろうというもの。
「吸血鬼の方々、いいですか」
イルマの声からは、全く畏怖の類いがない。
吸血鬼たちは反射的に攻撃的な目付きになり構えるが、フォンテスが一歩前に出て、低いトーンで「何だ」と一言した。
吸血鬼たちは、フォンテスの動きと言葉のニュアンスから、自分たちを制止する雰囲気を読み取り、構えを解いた。
同時に、デシネがフォンテスの目の前に出るが、その表情に過度の緊迫感はない。
あくまで妻イルマを守らんとしているだけで、戦おうとしているわけではないのだ。
フォンテスも一触即発を望んでいるわけではないので、無言で同調する。
しかし、少し離れた位置にいるクマガイは、毛を逆立たせ、聞く耳を立てている。
穴倉も、虚ろだった目に光をともしている。
獣と戦闘生物の本能が呼び覚まされた形で、いつでも動ける態勢。
距離がある分、デシネたちの雰囲気までは読み取れていない。
そのまま微動だにしないまま、ゆっくりとデシネたちの方へ向かってゆく。
そしてイルマが気付いた時には、全員がイルマを囲む様に集まっていた。




