森のゴブリンたち
遅筆ですみません…。そして謎のボリューム激増予定です…。
気楽にさらっと読めなくてすみません…。
女ゴブリン、ゲブ・ア・ミサは、ゲブ族の勇敢な戦士である。ミサは今、化物と対峙していた。
この化物、つい先日までは、凄まじい異容で夜な夜なこのゲバザの森を徘徊していた。発光し、空に2本の光の帯を伸ばして、自らの存在を強烈にアピールしながら、足下の影は全て別々に禍々しく蠢かせる。こんなことが出来るのは、神話級の化物以外、あり得ない。
だが、この化物、ゲブ族の村の近くまでは来るが、村には入って来ない。示威行動を繰り返すだけで、接触はして来ないのだ。
しびれを切らしたこの森のゴブリンの長老、ゴグ族のゴグ・メは、ゲブ族の族長であり勇者であるゲブ・ズ・ガインに討伐を命じた。
LV10ともなれば相当な兵と言われるのが、この世界の常識である。しかしガインのLVは何と18。体躯も170cm台中程と大きく、人間種に稀に生まれる超人に匹敵する力を持つ、ゴブリンとしては前人未到の領域にいる存在だ。怪力で剛剣を振るい、高い防御力を誇り、神聖魔法、生産魔法を使う。しかもガインはMP回復(小)を備えている。そして、ゴブリンにはない人間的な思考で頭が回る。ゴブリン・キングに進化するのはきっとガインだ、とミサは思った。
ガインがゴブリン・キングに最も近い、というのは、ゴグ・メも思っていた。だが、ガインさえいなければ、自分が一番近い、とも。ゴブリン・メイジLV12という強さは、野心を抱くには十分だ。少なくとも、この森の覇権を握る、という野心を抱く程には。だが、ガインはそれを遥かに上回る強さを持つ。メが立ち回り、ゲブ族とゴグ族の間に戦争を勃発させた時、メは弟子のゴブリン・メイジたちを引き連れ、ゲブ族の村を襲撃した。だが、ガインひとりの前に完敗を喫した。戦争は終わった。
戦力がほぼ壊滅し、ゴグ族はゲブ族に降伏せねばならなくなった。ガインはその武勇による功績を認められ、ゲブ族の族長、ズとなった。反対に、メは処刑されることになった。だが、ガインがメを生かした。両族の繁栄の為に年長者の知恵を借りたい、という理由で。そしてメは長老として相談役に就任した。だが、襲撃の首謀者で、しかも敗北したゴグ族のメに従うゲブ族はいなかった。勝ったのはゲブ族の勇者だ。誰もがガインをもてはやした。
メは、お飾り長老と揶揄された。
だが、時は来た。ひとりで敵対戦力を壊滅させる程の圧倒的な武勇の持ち主だからこそ、勇者ガイン派遣に反対出来る者はいない。あれだけの強さを持ちながら断れば、ガインは臆病者として村から追い出されるし、メの発言力は強まるはずだ。当然、ガインは討伐に赴くと答えた。十中八九、化物に殺されるだろうに。
「後のことは任せロ、勇者ガインよ。ゴブリン族を束ね、ゴブリン・キングに進化するのハ、このメだ。ゲゲゲ、ゲギャギャギャ!」
ゴグ・メは、腹の底から沸き上がる笑いを噛み殺すことが出来ず、本音を隠すこともなかった。通常のゴブリンの中では、相当の知恵者であるはずのメですらこうだ。ゴブリンの知能は低い。ゲギャギャ、とゴグ族出身のゴブリン共からも同じ様な笑い声が上がった。それが愛想笑いでないだろうことは、ミサにもわかった。虫酸が走る。勇者ガインに吹く向かい風は、強い。
ゲブ族の者は皆、ガインと共に討伐に向かうと進言した。だが、長老メにも、勇者ガインにも聞き入れられなかった。ガインの発案で、ゲブ族のゴブリンは老若男女問わず教育と戦闘訓練を受けていたから、皆、今こそガインの為になりたいと願ったが、かなわなかった。
ガインが言うには、「ソロ」の方が気が楽らしい。ミサがソロとは何かと訪ねると、ガインは気恥ずかしそうに言った。「村の誰かが傷付くのは、見たくないんだ。」と。ひとりで戦う、という意味だと、ミサは何となく考えた。ガインは強さに反比例して、ゴブリンとは思えない腑抜けた考え方をする異端児だ。これが徳を積んだゴブリン・テンプラーか、とも思わせられたが、牙を剥く存在には苛烈な怒りを叩きつける。その激しさを魅力的な雄だと思うゲブ族の女は、ミサだけではないはずだ。
だが普段のガインは、誰かの子供が病気にかかれば、昼夜を問わず神聖魔法で癒しに行くし、生産魔法で作った糧食を毎日配って、飢えと無縁の生活をくれる。
ただ、ガインの作る糧食は、そう美味いものではない。それでも、以前よりはよくなった。ボソボソとしているが、腹もちがよく、栄養がある。だから、村のゴブリンには意外に好まれた。狩りや略奪の為に人間を襲いに行く生活から解放され、ガインによる教育と訓練三昧の生活を送るゲブ族のゴブリンの顔には、充実した笑顔が絶えなくなった。読み書きが出来ないゴブリン、ゴブリン・ソルジャーかゴブリン・シーフ、もしくはゴブリン・アーチャーへとクラスチェンジしていないゴブリンは、ゲブ族にはもはやいない。子供の中には、ゴブリン・クレリックの才能を持つ者も現れた。ミサはゴブリン・アーチャーへとクラスチェンジ出来た。まさか女の自分が、戦士になれるとは思わなかった。戦の時は、メの弟子を矢で4人仕留め、勇敢なる戦士と称えられた。
だから討伐に向かうガインの後をつけて村を出た。役に立てると思った。だが、程なくして、ガインには撒かれてしまった。
そしてミサは、化物と遭遇した。




