スライムの失恋
夜のとばりが下りてきた。
今日も私はこの森で生きている。
そろそろ寝るか、と思い立った私は、木の上に移動しようと、にょーんと垂直に伸びた。そこには立派な枝がある。
その枝に巻き付いて、元のサイズに戻ろうとすると、私の体が地面から離れ、スルスルと巻き尺の様に枝の方に縮んだ。
これで枝に登った私は、手頃な穴を見つけて、そこに入り込む。
こんな、半径3cm程の穴にいるスライムをわざわざ見つけて襲撃する奴はいない。
ここが、私の今日の寝床だ。
早く寝るのには、理由がある。
他の魔物と活動時間をずらすことで、襲撃されるリスクを減らし、逆に、襲撃しやすいメリットを生む。早寝早起きで、明け方に襲撃すると、意外と戦闘が楽なのだ。
服部が羨む様な、忍者じみた生活をしている気がするが、服部の様に、影と同化して安全に眠れるわけでもない。あの影化のスキルが私にあれば、きっとずっとアリスの影として、そばに居続けたことだろうが、私は私の、スライムなりの役得があったので、おあいこだ。アリスの首筋にずっとぺったり張り付いて、くんかくんかしたり、体をよじらせて、はずみを装って胸を触ったりと、ちょっと変態じみた行為を繰り返していたことは、墓場まで持っていくべき、私の秘密だ。
こんなことをしていたせいか、私はアリスに対して、好意と後ろめたい気持ちはあっても、対抗意識はなくなったに等しい。前世の私は、何かとアリスに突っかかったと記憶しているが、今世では、ずっと触れ合い、意識してきた唯一の存在だ。
生物としてあまりに別ものになったことは、私を落ち込ませたが、この未知の環境と悲惨な境遇で、ほのかに好意を寄せる相手がそばにいて支えになっていたというのは、日々、私に小さな幸せをもたらしてくれていた様に思うが、やはり、別の生物では、好きにはなってもらえないだろう、という気持ちもあって、私はどうにもアプローチ出来ずにいた。
そうこうしているうちに、アリスと服部が付き合ってしまったのを見た。最初は幻だと思い込もうとしたが、次第に、あれは現実だったのだろう、と思うに至った。森の生き物たちと念話してみると、どうやら二人は一緒に森を出て行ったらしい。それがわかると私は、アプローチしなかったことを後悔してしまいもするし、服部にほの暗い嫉妬の念を抱いてしまいもするし、私を森に置いて行ったことに対する寂しさや憎しみも少なからず湧く。しかし、最終的には、別の生物でも気にせず愛せてしまうアリスの器の大きさと、友人たちの幸せを思って、胸に温かいものがじんわりと広がり、目頭が熱くなる。
…私の胸と目頭がどこにあるのかは、全くもってわからないが。
 




