15
「もうハレスタルには行かれない……」
俺は木の根もとで膝を抱え、悶々としていた。ハレスタルを出て、ヴァシュナ街道を半日ほど歩いたところだ。
「今さらなんだというのですか。早く進まないと日暮れまでにこの先の街には着けませんよ」
アルトが呆れたように肩をすくめる。
「足が震えて動かないんだ……」
「さっきまで歩いていたじゃない」
「歩いているうちにだいぶ冷静になって……すごいことをしてしまったなと……」
頭が冷えたことで、自分がしたことを改めて考えると足が震え、思わず木の根もとに座り込んでしまったのである。
「俺追われる身になるのかな……。兵士に見つかったら投獄されるのかな……」
「もう、鬱陶しいわね」
ツィアナが俺の体を抱えるようにして持ち、ずるずると引きずり始める。
女性ながらにすごい力だ。その様子をティエラは引きながら見ていた。
「わかった、わかったら引きずるのをやめてくれ」
石にぶつかって痛い。あとティエラの視線も。そう抗議すると彼女は手を離してくれた。
「日が傾き始めました。早く行きますよ」
アルトはさっさと歩いて行ってしまう。ツィアナもそれに続く。ティエラは、
「何があったのかは知りませんが、元気を出してください」
と俺の肩を叩いて行った。
俺はふう、と一息ついて立ち上がり、彼らの後を追う。
城からは誰も追いかけてこないようだし、楽園の鍵……の入った箱も手に入った。まあ、なんとかなるか。気楽に考えていこう。
日がすっかり暮れた頃、どうにか街にたどり着くことができた。小さな街だが、あちこちで火が焚かれ、何やら賑わっている。
「そういえば今日はヤガリの日ですね」
アルトの言葉に納得する。二つある月が一つに重なる日。それがヤガリの日だ。ヤガリがいつ起こるかは、天文学者たちによって研究され、各地に伝えられる。
そしてその神秘的な出来事を祝うように、人々は祭りを開催する。
街には陽気な音楽が流れ、踊っている者も沢山いる。
「ねえ、せっかくだから、踊りましょうよ」
ツィアナが俺の手をぐいと引っぱった。
「え?俺?」
困惑しつつもツィアナと踊りの輪に入る。
彼女が曲に合わせステップを踏む。俺もなんとかそれに合わせる。
と、彼女の胸元から光るものが飛び出した。淡く青白く光る石のペンダントだ。
「きれいだな」
「は!?」
思わずつぶやくと、ツィアナが目を丸くした。
「いや、そのペンダントが光っていてきれいだなって」
あわてて弁解する。彼女も確かにきれいだけれども。
「ああ、これね。……あ!」
ツィアナが突然動きを止めたため、危うく彼女の足を踏みそうになる。
「これ、この石。長老にもらったの。『開かない箱に使いなさい』って」
その石は歪な形をしていた。そう、まるで鍵のような。
「それは、もしかして……」
「ええ、あの箱に使うのかも」
俺たちは顔を見合わせて頷いた。
月は一つに重なり始めていた。
俺たちは宿の一室で、鍵の入った箱を囲っていた。
「じゃあ、開けるわよ」
ツィアナが石を鍵穴に入れると、カチリと音がした。
彼女は蓋に手をかける。ごくりと生唾を飲み込む。
果たしてそれは、開いた。
「開いた……!」
ツィアナは感嘆の声を上げる。
箱の中には、手のひらに収まるくらいの鍵があった。それは金色に輝いており、翠の宝石が埋まっている。
「これが、楽園の鍵……」
アルトは目を輝かせ、ティエラも「綺麗ですね」と言った。
「はい、おじさん。これはあなたの物よ」
ツィアナが俺に楽園の鍵を差し出す。
「しかし……」
「そうですね。あなたは鍵職人ですし、鍵を持つにはふさわしいですよ」
アルトもそう言っているし、「わかった」と鍵を受け取る。それは大きさに反して、ずっしりとしていた。
「さあ、鍵も手に入ったし、あとは楽園を目指すだけね。今日はもう休むとするわ」
「私はせっかくのヤガリの日なので、街で歌でも歌ってきます」
「僕は、ヤガリ見たいな」
そうしてそれぞれ思い思いの行動を取ることになり、今夜は解散となった。
宿の部屋からは、月を見ることができた。そのため俺はティエラと一緒に部屋に残り、月を見ていた。
二階に位置するこの部屋まで、通りで奏でられている音楽が聞こえてくる。
月はだいぶ重なっていた。もうすぐ一つになる。
隣にいるティエラを見る。輝く金の髪。青い瞳。言葉遣い。
やはり、ティエラは、
「君は、どこか高貴な……貴族の子ではないか?」
思わず、声に出していた。
ティエラは一瞬こちらを見て、また月に視線を戻す。
「……はい、そうです」
彼は否定しなかった。
「家出をしたのか?」
「はい。家には、もう戻りたくないです」
「どうして?」
「ずっと閉じ込められて、必要なことだからってやりたくもない勉強をしなくちゃいけないからですよ」
少年は忌々しそうに言う。
「君の家は、後継ぎは大丈夫なのか?」
「妹がいるので。きっと問題ないです」
「その妹も嫌々勉強をしているかもしれないよ」
「妹は勉強が好きなので、きっと、喜んでやっていますよ」
「家の跡を継ぐということは、それなりの責任を背負うんだろう。君が背負うはずだったそれも、妹に押し付けるのか?」
「僕は……。やっと今自由で……」
しばらく何かを考えるように少年は押し黙っていたが、やがて口を開いた。
「でもきっと、僕はこの世界で一人では生きていかれないでしょう。僕はずっと後継者として育てられたのですから。その役目を果たすために、妹に全部背負わせないように、僕は家に戻ります」
最初はつぶやくように、でも最後はしっかりと、意志のこもった声でそう言った。
「そうか。君が妹思いで安心したよ」
ガレアスは微笑み、少年の頭を軽くなでる。
少し照れくさそうなティルの顔は、どこか晴れやかだった。
月は一つになっていた。




