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老人たちの酒

作者: 矢口 陽次

 いろんなフルーツや野菜が切り刻まれていく。包丁がまな板の上に置かれて、切り刻まれたものは何者かの手で右の方に運ばれていく。ああ擂鉢だ。擂鉢ですり潰そうというわけだ。擂鉢ですり潰されたものは瓶に入れられた。瓶がいっぱいになると次の瓶に擂鉢の中身が注ぎ込まれていく。擂鉢の中が空になると、それぞれの瓶には蓋がされた。二度と開かれることのない、蓋。二度と外と交わらない、瓶の中身。中身を作って瓶詰をした、少年。老人の怒りはこのすべてに向けられていた。

 この老人の考えは大分偏向的で急進的だ。老人は観賞用の瓶詰がなくなればいいとさえ思っている。今それは必要ないから。観賞用の瓶詰がなくなれば人々は老人の考えに同調し、老人の作業に手を貸すだろうと思っている。

 ある日、老人は実験的に少年の瓶をすべて破壊してみた。そうすれば少年が老人の仕事に加わってくれるのではないかと思ったのだ。少年はまたどこからともなく瓶を集めてきて、観賞用の瓶詰を作る一連の作業を再開した。老人は怒りを覚えつつあることに気づいた。少年の頭から瓶詰の記憶を消し去らねば意味がないということに。

 老人は少年の頭から瓶詰の記憶を消し去る方法を考えた。瓶という瓶を破壊しつくそうかと考えたが、それはどう考えても無理であるし、老人も仕事を失ってしまうことになる。

 少年のように観賞用の瓶詰を人々が作り出すようになったのはいつからだろうか。いや、一昔前まではこれにも立派な役割があったのだ。人々はこれを飲んでいた。しかし今となっては飲む人は極めて少ない。少年は、人々はそれに気づいていない。必要ないにもかかわらず、観賞用の瓶詰を買い集めて観賞したい人々はかなり居て、少年は正当な対価を受け取っている。

 老人のような理解のある人は少ない。そもそも今、老人たちの作る酒を飲める人も、その真の価値をわかる人もあまり多くない。見てくれの複雑さから瓶の中身を外から観賞すらできない人も少なくない。ましてや老人たちのように酒を造る人々は、作れる人々は少ない。

 やがて老人たちのグループは村で隔離された。老人は自分たちこそが村を代表して正当な農家だと言い張った。昔から人々が続けてきた営みであると。老人たちの主張は真実なのかもしれない。しかし村人たちは真実では動かなかった。昔からの慣わしを守るために動いたのである。慣わしを脅かす老人たちは村で隔離された。

 問題は隔離されたグループの中に自然信仰者が混じっていたということである。彼らも多くの愚民にしてみれば老人たちと同じだった。しかし老人たちには大問題である。彼らは作っているものこそ老人たちと同じようなものだが、宇宙の星々に、その星々に宿るか神々に酒をささげているのであって老人たちのように酒を口にすることはない奴らがほとんどだ。

 ただ、中には自然信仰でかつ酒を飲む人――別に自然信仰は教義で酒を飲むことを禁じていない――もいて、老人がいうように自然信仰の人々すべてが悪いわけではない。それを老人は一括りに論じているきらいがある。

 老人たちも気付いているはずだ。そもそも老人たち酒の作り手が隔離されたのは観賞用の瓶詰の売れ行きが少しずつ落ちてきているからで、放っておけばそのうち消えていくということに。だが老人たちは待てなかった。観賞用の瓶詰が消えるのを待っていたら、数えきれないぐらいの日が昇っては落ち、取り返しのつかないことになるかもしれない、酒が効能を発揮しなくなるかもしれない、という危機感があったから。

 危機感は重要だが、ために老人たちは自分たち酒の作り手以外の農家をひとくくりにして排除しようとしてしまった。

 

 少年は家から、村から老人が消えて満足気に観賞用の瓶詰を作っている。少年にとって自分の作っているものがもう役に立たないものかどうかはわからないし、どうでもいい。見てくれがきれいにできれば、それが売れれば何の問題もないのである。


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