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第三話 不本意な砲撃

 地球圏統合軍第四艦隊がイーバ(EEB)艦隊との戦闘を開始してから一時間、巡航艦じゅんこうかん『オノゴロ』はなお戦闘を継続していた。艦の間近を中性粒子の本流が駆け抜けていく。抗粒子アンチ・ビームフレアの雲は、長引く戦闘によって霧散し、その効果はすでに期待できない。


「艦体温度さらに上昇。第二区画の装甲温度が制御可能レベルを超えます」


 抑揚のない声で副艦長のクチナシ・リサ少佐が淡々と報告を読み上げる。艦橋の設置されたディスプレイにはこの宙域に敵艦の数が増え、僚艦の姿が徐々に消えていく姿が映し出されている。現在、オノゴロは他の僚艦と比較すれば、まだ損害は軽微である。だが、このまま継戦すれば、消えていった仲間達と同じ運命になることは明らかだった。


「司令部から撤退の命令はないのか!」


 劣勢な状態であるのが分かっていながら開戦に踏み切った司令部に怒りはあるが、艦長であるマエダ・タカフミも軍人である以上、命令は順守しなければならない。だが、このままでは艦もろとも宇宙の塵芥ごみになる。それが分かっていて、なお何もできないという無力感は大きい。轟沈となればこの艦に乗艦する約二百五十名のなかで生き残れるものはいないに違いない。


「ありません。旗艦『カグツチ』の信号がロストしています。楽しくない想像ですが、旗艦はすでに……」

「それは面白くないな。他の司令部付きの艦はどうだ?」


 リサが頭を左右に振って否定を示す。オノゴロの近くではまだ十数隻の僚艦が悲壮な戦いを続けている。ここにいる艦だけでも死者は数百を数えるだろう。そこにさらに何千名ほどが加わっても歴史に残る戦死者の数はさほど変わらないに違いない。


「司令部は瓦解したものとして、本艦は独自に撤退を開始する。副長以下乗員は私の指示に従ったものであり、責任はすべて艦長である私、マエダのものとする」


 珍しく言葉を詰まらせるリサに、マエダは片手を小さく降って復唱を促した。


「……了解しました。艦長より命令。オノゴロは戦闘中域を離脱を開始。撤退します」


 艦が転舵を開始し、ディスプレイ越しに映る光学映像が切り替わる。この周辺の味方はどのように戦況を認識しているのか。できることなら、僚艦が無為に沈められるところは見たくない。


「まだ残っているフレアやデコイは全て発射しろ。残したところで、ここを離脱できなければ意味がない」


 マエダの命令はすぐさま実行された。オノゴロから発射された最後のフレアは再び雲を作り、一時的に敵艦隊から姿を隠すことが可能になった。こちらが再度、フレアを展開させたことで、敵艦がこれを撤退の前段階と見るか、再攻勢の前段階と受け取るか。それが問題である。

 撤退と見れば、当然追撃を受ける。だが、攻勢と見られれば、無理な攻勢は控えるに違いない。


「周囲の僚艦にも打電しろ。オノゴロは撤退を開始する。ついては電磁投射砲の一斉射によって敵の追撃を挫く。斉射のタイミングはこちらで指示する」


 マエダの打電を受信した周囲の僚艦の多くはこれに応じた。特に近距離で勇戦していた『ワタツミ』と「ヤマツミ」の二隻は撤退が完了するまで、緊急措置的にマエダの旗下に入ることを了承した。


「艦長。敵艦隊は果たして追撃してくるでしょうか?」

「来るさ。現状は敵に優勢。俺たちがこれみよがしにフレアをばら撒けば撤退する、と踏んで突っ込んでくる。レーザーによる探知ができないからといってわざわざフレアを回避してというまどろっこしいことはしない。我々も攻勢の時はそうだったろ」

「敵が我々と同じ思考をすると、艦長はおっしゃるのですね」

「敵さんがどういうナリをしているかは知らないが、同じ知的生命体というなら戦術なんていうものはどうしても似てくると考えるだけだ。艦のデザインはこっちのほうがかっこいいと思うがね」

「デザインよりも性能が良いといいのですが」

「美的に優れたものは機能も優れていると聞くがな」

「それが本当なら人も美しいほど能力があるとなりますが、私の知る限り人の美醜が力量に比例したことはありません。艦長は間違った認識をしていると愚考します」

 

 マエダは俺の目の前には器量もよくて力量もある副官がいる。これは彼女からすれば例外となるに違いない。これが彼女なりのジョークだとすれば今までの会話の中で最高点だった。 


 各所で戦闘を続けていた僚艦が、電磁投射砲の砲門をフレアの雲に狙いを定める。レーザーによる索敵が効かない以上、盲の鉄砲であるがマエダには自信があった。絶対に敵は来る。


「各艦より斉射準備完了の報告あり。データリンク良好。いつでもいけます」


 リサが束ねた各艦の発射コードがマエダの下に集まる。収斂された火砲はマエダの号令を待つ。引き付けるような数十秒の沈黙のあと、短く。そして重たい号令が下る。


「撃て」

「……電磁投射砲一斉射開始!」


(『収斂戦火の英雄』 第三章 斉射と撤退)





「電磁投射砲、発射実験一回目! コンデンサへの充填開始」


 先程まで読んでいた本と異なる谷山かなえ(たにやま・かなえ)の重厚さに欠ける声に従って、俺は大型変圧器から伸びるケーブルをコンデンサに接続する。直列に配置された十台のコンデンサがごく小さな唸りを上げる。電流と電圧は順調にその数値を上げている。


 五月五日二十三時。端午の節句と呼ばれるこどもの日に俺と谷山の姿は、四乃山高校の屋上にあった。対外的には定例の天体観測だが、実態は電磁投射砲の試射である。四月に電磁投射砲を作り始めて、一ヶ月。屋上の天文台には本来ならそこに鎮座しているはずの大型反射望遠鏡は取り外され、今は大量のケーブルが接続された金属とセラミックで出来た砲身が設置されている。砲身の長さは俺の背丈の倍はある。


「谷山! 充填完了だ。いつでも行ける!」


 谷山は大きく頷くと、その大きな目を輝かせながら俺に向かって親指を立ててみせる。どうやら、問題なし、ということなのだろう。


「康介。ちゃんと観測しなさいよ。いくら裏山の上空に撃つって言っても何かあればすぐに報告するのよ」

「わかっているよ。少なくとも裏山に人がいるようには見えない」


 四乃山高校は四乃山市街を南方に見下ろす小高い丘の上にあり、北方には広大な四乃山を控えている。ここなら夜間は、登山者もいない。弾着地点には多少の被害は出るだろうが、広大な山の一角である。だれにもバレないだろう、と言うのが谷山と俺の公算である。


「康介はちゃんと見ていてよね。私はドームを操作して方向と仰角を調整するから」

「わかっているよ。大船に乗ったつもりでいてくれ」


 ドームを砲台として改装するのは容易だった。もともと砲台と同じように三百六十度回転することができ、また反射望遠鏡の角度を調整するためアームまでついているのである。つまり、上に乗っているのが望遠鏡か電磁投射砲かの違いである。ドームは緩やかに回転を始め、四乃山に狙いを定める。


 ただ、ドームは星を観測するために作られているため、砲術士が弾着を確認するための窓がない。そのため、誰かが屋上から確認しなければならないのである。今回、電磁投射砲を撃つのは製作者である谷山。俺は砲身から発射された砲弾が真っ直ぐに発射されたか、着弾点で火災などが起きていないかを観測する。


「方位、仰角。よし。康介、カウントダウン、よろしく!」


 谷山の声だけが聞こえる。きっと中では高電圧のかかった発射スイッチを片手に微笑んでいる谷山がいるのだろう。まったくマッドな幼馴染もいたものである。


「いくぞ、五、四、三、二、一、ゼロ!」

「発射!!」


 カウントダウンが終わると同時に天文台の上部に伸びた砲身から爆発にも似た音ともに一筋の光が飛び出す。光は一直線に四乃山上空に飛び出し、激しい音を立てて四散した。そのとき、俺は見た。発射された砲弾が四散する一瞬、見たこともない機械の塊がそこにいたのである。それはまさにUFO、と呼ばれるものだった。台形の角を丸くしたような形。複数の青紫の光点を船体に貼り付けた謎の飛行物体。それがまさにそこにいたのである。


「……」


 俺は言葉を失った。テレビや映画のように「あれはなんだ」とも「飛行機か」なんて、とても言えなかった。そこにいた飛行物体は電磁投射砲が直撃した部分を中心に何度か青白い光を点灯させたあと急にその姿を消した。それはまるで映画に出てくる光学迷彩が一瞬にして展開されたような感じだった。

 時間にすれば五秒にも満たない一瞬のできごとだった。

 俺は何度も瞬きをしながら、先程までUFOがいたと思われる場所を見つめたが、そこにはもうなにもいなかった。


「どうった? ちゃんと飛んでいった?」


 谷山が天文台から出てきたとき、俺はすごい顔をしていたらしい。茫然自失、というものがあるとすればまさにあの時のことだと、あとで谷山が教えてくれたがどんな顔をしていたかなんて俺には分からなかった。


「康介! どうだったの?」


 ドームから出てきた谷山が俺の肩を揺らして尋ねる。俺は谷山にどう言えばいいか分からず、四乃山の方向を眺めたままであった。説明しようと思うのだが、すでにUFOはいない。ひょっとすると、いるのかもしれないが姿はまったく見えない。


「……ああ、なんというか砲弾は四散した」

「発射時の熱に砲弾が耐えられなかったのかな?」

「谷山! いまあったことを正直に話すぞ!」


 ようやく我に返った俺は谷山の肩を掴むと、先ほど見たことをありのまま伝えた。谷山は俺の話を「へぇー。そう、すごいね」、と一通り聞き終えて言った。


「康介。あなたは疲れているのよ。一度、専門の病院に行ったほうがいいわ」

 谷山はやけに神妙な、それでいてとても優しい表情を浮かべると俺の肩をたたいた。その手はとても慈愛に満ちていていつもの彼女と別人のようだった。だが、俺の求めている反応はそんな可哀想な人に接するようなものではない。

「いや、待ってくれ! 谷山、俺はいたって問題ない。本当にあった事なんだ!」

「頭の回路が焼き切れた人はみんなそういうの。康介、何に疲れているかしらないけど、病院へ行きましょう」

「いや、俺は健全だ! 特殊事件を担当するFBI捜査官みたいな台詞はやめてくれ」


 必死の訴えを行う俺を少しは信じる気になったのか、谷山が俺の目を覗き込む。しばしの沈黙のあと額に鋭い痛みが走る。谷山が俺の額を平手で叩いたのだ。


「康介……。馬鹿なの? UFOなんてあるわけないでしょ? 考えてみなさい。およそ一番近いと思われる恒星まででも四.二二光年かかるのよ。距離に直すとだいたい四兆キロメートル。世界最速の探査機ヘリオス二号でも四千二百七十二年かかるのよ。ほかの惑星から地球に来るなんて無理よ」

「いや、でも光速なら約四年なんだろ? なら可能性はあるんじゃないか?」


 大きなため息をついて谷山は俺に優しく声をかける。わがままを言う子供を諭すような口調である。


「例え、光速に到達できたとして、宇宙空間は無塵の荒野じゃないの。小惑星もあれば、小石みたいなゴミも漂っているのよ。そんな中を光速で飛んでみなさい。船体がどんなに頑丈であってもすぐになにかにぶつかってバラバラに四散するだけよ」


 そういえば、この話はずっと昔にもしたことがあった。俺が小学生低学年のことだ。なぜか、俺は宇宙人やUFOというものが恐ろしかった。テレビの心霊特集やホラー映画なんかは苦手ではなかったのに宇宙人はダメだった。

 心霊やホラーというのは、死んだ人が化けるという話が多かった。だから、その正体も理解しやすかった。元は同じ人間だ。うまくいけば話も通じるかもしれない、とさえ思った。だが、宇宙人やUFOは違う自分たちとは全く違う価値観や姿、行動理念で人を攫ったり、襲ったりする。そこには理解できない、という漠然とした恐怖があった。それゆえに俺は谷山に聞いたのだ。宇宙人はいるのか、と。

 答えは先程と一緒である。いない。いたとしても地球に来ることはできない。距離がありすぎる。それが彼女の答えだった。


「いや、だけど……。分かった。俺の見間違いだろう」


 納得したわけではなかった。だが、先ほど見たものがUFOだと断言する情報も物証もなにもない。このままあーだこーだいっても机上の空論である。谷山を納得させるためには、それ相応の証拠を掴まなければならない。だが、それはどうやれば見つかるのだろうか。もう一度、四乃山に電磁投射砲を打ち込めば姿を現すだろうか。


「分かればいいのよ。でも、本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。多分、電磁投射砲を打ち出したときの音と光でありもしないモノを見たんだと思う。どうだ、もう一回撃ってみるか?」


 見えないだけで、そこにいるのだとすればもう一度発射すれば先ほどと同じように見ることができるかもしれない。ここはもう一度、撃ちたい。谷山が乗ってくれればもう一度発射することができる。そうすれば……。


「いえ、やめておきましょう。砲弾が四散したってことは発射時の熱で砲弾に傷が入ったということよ。いまは、上空で割れたからいいけど砲身付近で割れたら、至近距離で榴弾が炸裂するようなものよ。私たちが危ないわ。もう少し、砲弾に関しては改良が必要よ」


「ああ、そうだな」


 俺が肩を落としていると、谷山が俺の腰を叩いた。元気を出せということらしい。だけど、谷山。俺が凹んでいるのは電磁投射砲の発射実験が失敗したからじゃないんだ。今見たものが何だったのか、わからないことが辛いんだ。


 だが、もしあれが本当に見間違いでなければ俺はどうすればいいのか。

 谷山の言葉を借りれば、四千年を超える時間を超えてきた来訪者は今回のことをどう考えているのだろう。あっちからすれば不意打ちであった。ただ、こちらとしても意図しない攻撃であり、『不本意な砲撃』とでも言うようなものであった。

 だが、そんなこと向こうはわかってくれるだろうか。俺にはさっぱり分からなかった。

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