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第二話 蛇足な電磁投射砲

 蛇足、という言葉がある。


 どこぞの絵描きが蛇の絵を描いた際に、勢い余って足もつけてしまい。「それは蛇じゃない。トカゲじゃないか!」と、叱責しっせきされたのが由来ゆらいとされる。つまり、無用の長物をわざわざつけてしまったのである。


 谷山かなえ(たにやま・かなえ)が行った部活動紹介のスピーチはまさにこれであった。


 体育館に集まった新入生に壇上から、各部が熱のこもった勧誘合戦を行っている。体操部のバク転や宙返り、というのは派手で目を引いたし、合唱部や吹奏楽部という文化部の花形は、目にも耳にも響いてくるものがあった。それに対して、地味な部活というものが存在する。それが、天文学部を含めた地味派三部活と言われる化学部、将棋部、そして天文学部である。この三つは、奇抜なことをすれば「あー、マニアックだなぁ」と引かれるし、正攻法で行くととんでもなく地味になってしまうのである。昨年、将棋部が五分間詰将棋と題して壇上でお手製の巨大将棋を用意して勧誘を行ったが、特に花があるわけでもなく失敗に終わった。


 俺はこれを過去の教訓に谷山には「普通にやろう。何事も普通が一番だ」、と念を押した。

「普通にやるわよ。康介は私が奇をてらったことを言うと思ってたの」


 谷山は、反論していたが目が完全に泳いでいた。俺は事前に釘を刺しておいて良かった、と胸をさする。勧誘を行うのは谷山だ。しかし、俺も副部長として壇上に立つのである。変なことを言われれば一緒にいる俺まで恥をかくのだ。それだけは阻止しなければならない。


 そうこうしているうちに、生徒会の女生徒が俺たちを呼びに来た。肩を落としながら壇上から降りてくる新聞部と交代で俺たちは壇上に上がる。お前たちの無念はきっと大手部活動が拾ってくれるさ。弱小は弱小のまま過大な夢は持たない。それに限るのだ。最低限の人数が確保できればいいじゃないか。


 壇上から見る体育館は広く、新入生四百名の視線がこちらに注がれていると思うとなんとも居心地が悪い。谷山は緊張しているのか顔を見ようとしたが、俺の方が一歩後ろだったため、彼女の顔を見ることは叶わなかった。


 谷山は小さく咳払いをすると、スピーチを始めた。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私たちは天文学部です。活動は年四回の天体観測と文化祭での展示です。天文学に興味がある人はもちろん大歓迎です。他にも天文学はいまいちわからないけど、星座には興味あるという人も大歓迎です」


 俺は少し感動した。これこそ俺が望んでいた普通の勧誘である。なんの奇抜さも奇天烈さもない普通。しかし、それは一瞬の儚い夢であった。ここで終わればいいのに谷山はさらに言葉を重ねたのである。


「皆さんは我が校の屋上に大きな反射望遠鏡があるのを知っていますか? 屋上にあるドーム型の建物、あれがそうです。そのなかに我が部が誇る四十五センチ反射望遠鏡があります。本来なら天体観測は、この四十五センチ反射望遠鏡でやるのですが、私が入学する前から故障していて使えません。いまは口径十三センチの持ち運び式反射望遠鏡で活動しています。あと、天体観測以外は部室で電子工作ができます。自分で真空管アンプとかラジオ、ロボット何かを作りたい人も来てください。一緒に真空管やマイコンについて語り合いましょう!」


 壇上で谷山の口を押さえる訳にもいかず。波が引いていく音が聞こえるように、興味を失っていく新入生を前に俺は何もできず立ち尽くすしかなかった。


 四乃山高校の屋上に設置されたドーム型の天文台。このなかに収められている四十五センチ反射望遠鏡は県下でも有数の大きさを誇る。天文学部にとって唯一無二のアピールポイントなのである。それゆえに、これが壊れていることは彼ら新入生が入部するまで秘密にしなければならない。それを谷山はバラしたのである。


 数年前からピントを絞る機構が壊れて、像を結ぶことができなくなった反射望遠鏡は修理には何十万という費用がかかる。また、設置したメーカーがすでに廃業しているため、直る見込みは皆無である。


 顧問に言わせれば、「あと十年もすれば耐用年数が終わる校舎だからね。そんな大金を積んで修理してくれないさ」と、言うことである。


 そして、何よりの失敗は電子工作のくだりである。それは谷山の趣味であって天文学部本来の活動ではない。そもそもただでさえマニアックと見られがちが天文学部に電子工作を足そうというのはまさに蛇足であった。マニアックにマニアックを掛けてもマニアックなのである。決して一般受けなどしないのだ。


 結果として、勧誘活動から一週間経った今日までで部室に訪れた新入生の数は一人もない。静かなものであり、読書が進むかといえばそうではない。谷山の機嫌がすこぶる悪いのである。彼女自身は完璧なスピーチをしたつもりなのだろう。だが、誰もやってこない。これ如何に? という気持ちがどす黒く滞留しているに違いない。


「康介、どういうこと? なぜ、新入生がこないの?」


 お前の勧誘が悪かったからだよ。とは言えず、俺は怒りの炎を燃やす谷山の大きな瞳を避けるように壊れた反射望遠鏡を見る。仕方がない。壊れてなお悪役にされるのは、不本意だと思うがこの際はこいつに全てを背負ってもらおう。


「そうだな。全てはこの反射望遠鏡が壊れているのが悪い。谷山、考えてみろよ。新入生とからすれば、この四乃山高校の屋上にある天文台は遠目からもよく見えるランドマークのようなものだ。それが、壊れている、と言われて興味を失わない奴がいるだろうか。いやいないだろう」

「確かに。これがあればこそ、天文学部に入ろうって人はいるかもしれないわね。でも、それ以外にもうちには売りがあったはずよ!」


 谷山が拳を震わせる。俺は定期テストくらいでしか動かさない頭を働かせてみるが、他に売りなど思いつかない。屋上に自由にではいりできる権利というのがあるが、それは天文学部のおまけのようなものでそれで部活動に入ろうという奴はいささか注意が必要なはずである。


「なんで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるのよ、康介」


 思いつかないからだ、とは言えず。俺は、

「部長が美人だな」

 と、少し明るい声で言った。


 谷山が本当に美人かといえば、クラスの男子数人から「いいなぁ、栗柄はあんな美人とふたりっきりで部活なんて」、と言われるくらいには整った顔をしている。こいつの趣味を知らず、遠目から見るには、艶やかな黒髪も働いて清楚な乙女に見えるのかもしれない。

 しかし、生まれて十六年間、何かと付き合いのある幼馴染である。異性というよりも家族という認識に近い。それが美人か不細工か、と考えるのはなかなか難しい。ましてや、あの電子工作趣味のことを思えばクラスメイトに同意することはほぼ無理になる。


「な、なに言ってるのよ。私を目当てに入ってくる奴がいるっていうの?」


 いや、いないからここまでの来場者はゼロなんだ。谷山が慌てているのを見るのは面白いが、この事実を露見させるのは、ちと都合が悪い。どこかに話を移さねばならない。


「そうだ、谷山。自動消灯機から何も作ってないが、最近は何か作らないのか?」


 部室の天井に取り付けられた丸い物体を指差して言うと、谷山は少し考えるような顔をした。数ヶ月前、「暇だわ」と言って谷山が作り始めたのが自動消灯機である。構造は簡単で、天井に取り付けられた丸い感知センサーが室内で動く物を感知すると点灯し、動くものがなくなれば十分後に消灯する。それだけのものである。だが、これは厄介なシロモノで、部室内に人がいても動きがなければ消灯してしまうのである。

 読書や宿題をやっていると急に照明が落とされる。そんなことが結構な頻度ある。とはいえ、谷山はこうの手の工作をしているあいだは大人しい。小さな子供と同じで、玩具さえ与えておけば一人で熱心に遊んでくれる。そうなれば、俺も心静かに読書に集中できようというものだ。たまに照明が消えるかもしれないがそれはご愛嬌だ。


「何かねぇ……。そういえば、その本。なんだっけ?」

 

 谷山は机の上に置かれたままになっていた本を指差す。


「収斂戦火の英雄か?」


 俺が本のタイトルを言うと、谷山は頭を降った。


「タイトルじゃなくって、なんかが浪漫とか言ってなかった?」

「ああ、電磁投射砲な」

「それよ、ソレ。作ってみようか?」


 カレーを作るわけじゃないのだから、そんな簡単なノリで言われても困る。第一にSF小説に出てくる兵器が作れるのだろうか? 物語では、宇宙人との戦争に使われていた強力な兵器だったはずである。宇宙に行くのにもまだ四苦八苦している現在の地球レベルましてや高校生の遊びで作れるのか疑問は尽きないが、やらせてみるのが吉だろう。案ずるより産むが易しである。


「やってみたらどうだ。思い立つが吉日だ」


 谷山は妙に乗り気な俺に疑問を感じたのか、やや疑いの眼差しを向けていたが最終的には「そう」と言って電磁投射砲作りを開始することになった。しかし、これが悪かった。


「康介、買出しよ!」

「買出しくらい一人で言ってくれ。それに、もしかしたら新入生が来るかもしれないだろ」


 来る可能性は、おそらく皆無だろう。だが、俺が読書をするためには、ここに残る必要がある。そのためには希望的観測にすがるしかないのだ。


「何言っているの? 来るわけないじゃない。もう五時なのよ。放課後から一時間半、どんなのんびりさんでも帰宅しているわ。ほら、早く立って! 行くわよ」

 さっきと言っていることが違う気がするが、谷山には気にならないのだろう。俺は、牧羊犬に追い立てられる哀れな羊のように部室から追い出される。四月と言っても夕方はまだ肌寒い。渋々出て行く身としてはこの寒さが辛い。反対に谷山は嬉々としており寒さなど気にならないらしい。


 幸い、買出しは高校から五分ほど離れたホームセンターだった。自転車ならすぐの距離である。スカートを翻しながら、疾走する谷山を尻目に俺は感心していた。尻目と言っても尻を見ていたわけではない。スカートの構造にである。スカートで自転車に乗っても見えるのは太ももまでであり、その上は全く見えない。よくできたものである。


「なにぼんやりしてるのよ」


 ふともも、いや。谷山が手招きをする。ホームセンターは、老人を中心になかなかの賑わいだった。四乃山市は天下の台所と古都を結ぶ街道にできた都市である。かつては街のランドマークである四乃山城を中心にそれなりの賑わいを見せたらしいが、いまは衰退の一途をたどっている。おかげで豊かな自然が残っていると言えなくないが、中心部から少しでも離れれば田園と山々に囲まれ、時代の流れから取り残された気分さえ感じることができる。


「ごめんごめん。つい、考え込んでしまった」

「考え込むってなにによ。康介が考えることなんてくだらないことばっかりなのに」


 ひどい言われようだ。俺だって真面目なことを考えたりもする。少なくとも電子工作で頭が埋まっている谷山よりも真面目だと自負している。


「フレミング左手の法則って康介は覚えてる?」


 藪から棒の質問であった。フレミング……ああ、あった。右手と左手のあるやつだ。手の形は思い出せるが、どっちが右手だったか、左手だったかは思い出せない。そんなことを考えていると谷山が俺に向かって左手をすっと伸ばして親指と人差し指でピストルの形を作った。撃たれないとわかっていても少し圧迫感がある。


「この状態から中指を手のひらに垂直に立てる。これがフレミング左手の法則の形よ。そして、中指が電流の向き、人差し指が磁場、そして親指が力の向きになるわ。電磁投射砲の基本構造は大まかには、これと同じなの。電流を流すことで磁場を作ってその上にある物体を動かす。中学の理科の授業でやったの覚えてない?」

「そうだったか?」


 谷山が盛大にため息をついて、哀れなものでも見るように俺を見つめる。まったく幼馴染にこんな目を向けるとは親御さんはどんな顔をしているのか見てみたい。すぐに隣の家のおじさんとおばさんの人の良さそうな顔が浮かんでくる。どうやら、親は関係ないらしい。


「で、何を買うんだ?」

「そうね。まずは電磁投射砲の銃身と言うべきレールよ。これは電流を流す部分だから電気抵抗の少ない銅がいいわ。あと、レールの固定は絶縁も兼ねるからポリカーボネイトみたいな絶縁体じゃないといけないの……」


 口早に語る谷山が、口を止める。どうやら俺が驚いているのに気づいたらしい。いくら谷山が電子工作に耽溺しているとは言え、こんなに電磁投射砲に詳しいのはおかしいのである。正直、俺は途中からさっぱり意味がわかっていない。


「お前、調べたな?」

「なっ、なんのことかしら……。別に電磁投射砲が浪漫とか聞いて気になって調べたとか、そんなんじゃないわよ。ちょっと知識があれば作れるのよ!」


 わかりやすい奴である。昔から嘘をつくのが苦手なやつだったが、高校生にもなってここまで下手だと将来が心配になる。親御さんもさぞ心配しているに違いない。


「ほら康介、見なさい。安全ホルダよ! やっぱりこれくらい大きいのじゃないと電磁投射砲の電流には耐えられないわ」


 照れ隠しか。目先の目標に完全にスイッチが切り替っているのか谷山がさまざまな材料を俺に手渡してくる。最終的に俺たちが高校に帰るときには大量の荷物のため自転車には乗れず、手で押して帰ることになった。


「谷山、いいのか? これで部費のほとんどが消えたぞ。部費がないと困るんじゃないか」


 天文学部に高校から支給されている部費は年間四万円である。今日の材料代はそれだけで二万円を越えた。これからの部活動に問題はないのだろうか?


「康介。ぶひぶひ、豚みたいに鳴かないで。人にはやらなければならない時があるの。かの豊臣秀吉もユリウス・カエサルも若い頃には、金に困って借金をしたこともあったそうよ。それでもその苦難を超えて彼らは大成したの。私たちもいまがそのときじゃないかしら?」


 絶対に違う。それだけは言えるが、妙に高揚しているコイツに何を言っても反論されるだけで楽しい気持ちにはなれないに違いない。それなら、黙って見守るのがいいに違いない。沈黙は金、雄弁は銀なのである。


「分かった。今がその時だ。俺たちは青春の分水嶺ぶんすいれいにいるのかもしれない」


 かなり適当な言葉だったが、谷山は満足そうに頷くと「それでこそ、私のセリヌンティウス!」と言って微笑んだ。メロス、お前は俺をなにかの身代わりにするつもりか? と、言う言葉が喉まででかかったがやめておいた。ここまで上機嫌になってくれたのである。変に気分を害されて、また読書の邪魔をされるのはたまったものではない。


 部室に帰り着いた俺たちは、購入したものを部室に置くと盛大に「ついた」と安堵の声をあげた。これで、しばらくのあいだ谷山は趣味の工作に没頭してくれるので、俺は読書に集中できるという訳である。購入物をある程度、整理すると谷山が俺を呼んだ。


「これで、今日の部活動を終了します!」

「お疲れ様でした」


 二人しかいない部活で終礼というのもなんだが、まぁ儀礼というやつなのだろう。

「つきましては、明日からそこの邪魔でデカくて無駄な反射望遠鏡を撤去。電磁投射砲を設置する作業に入ります。力仕事になるのでちゃんと体操服を用意するように!」


 満面の笑みを浮かべて宣言する谷山に俺は脱力を持って応えた。

 ああ、俺の読書への道は遠い。もしかすると谷山へ俺が提案したことも蛇足というのかもしれない。

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