ハローワークおじさん(全裸)
噂で聞いたことがある。
地球上あらゆるところに散らばっていて、すべて集めれば願いが叶うとされている玉。
正式名称は分からないが、その数三十六個。
ふざけんなと投げ出したくなるような数であるが、なんと今、僕の目の前にその全てが揃っている。
まさか立ちションのために立ち入った林の中でこんなものを見つけるとは。
三十六個もの玉を見つめて放尿するのは、何とも言い難いシュールな気分であった。
早速この玉の精とやらを呼び出してみようじゃないか。噂で聞いたとおりに…。
「テクマクマヤコン! エロイムエッサイム! プリピットパロ! そして願いを叶えたまえ! リリース!」
何ともキメラのような呪文を唱えると、三十六個もの玉がにわかに輝きだした。
三十六個もあるせいか、あまりに眩しすぎて目も開けられない。
もうちょっと考えて光量決めろよ!
やがて光が収まって目を開いた時、そこには大きな龍、ではなく、全裸のおじさんがいた。せいぜい身長二メートルくらいの。
「願いを言え。さすれば叶えて見せようぞ」
凄く低くていい声だった。そこが余計に腹立たしかった。
「ふっざけんなよ! こんなんに何を期待すればいいんだよ!」
「こんなん、とは?」
「全裸のおっさんだよ!」
もう帰ろうかと思ったその時、おじさんは言った。
「信じられぬなら当てて見せよう。お主は私に、自分の将来を決めてもらおうとしていたのではないか?」
その凄くいい声から発せられた言葉は、僕をドキリと動かした。まさにその通り、図星であった。
「普通は金をせびったり、容姿を整えたりする輩が多いのだが、お主もなかなか特殊な奴だの」
僕は認めた。間違いない、こいつは件の玉の精で、僕の願いを叶えてくれる!
「なら話は早い。僕はあるがままを受け入れてるし、金への執着も無い。だからホントは願い事なんてしたくもないのさ。でもね……」
少し言葉に詰まる僕に、おじさんは頷いて話を促してくれた。
「……仕事というものに、戸惑っている。職種に特に執着はない。でもせっかくなら成功したいし、もしかしたら僕自身も気付かない何らかの才能が、僕にあるかもしれない。力を与えられたくはない。でも、自分の成功を約束されたい。さあ、そんな僕のわがままを叶えてくれ、おじさん! 僕の天職は、何だ!」
おじさんはしばらく黙っていた。
かつて大柄な全裸の男性とこれほど長く向き合ったことはあっただろうか。いやない。
やがておじさんはぽつりと口を開いた。
「消防士……」
「! そ、それが僕の天職……!」
「あるいは医者、またはシェフ、いやレーサー、教師なんかも……」
僕はずるっとずっこけた。
「あのさ、おじさん。さすがに嘘だって分かっちまうよ。頼むから真面目に……」
「真面目だ」
相変わらずのいい声に、僕は口をつぐんだ。
「例えば、私がここでお主に嘘の天職を告げたとする。つまり現時点で才能もなにも無いようなやつだ。ところがお主はその言葉を信じ、邁進し、練磨し、苦しい時も迷いなく立ち上がって、ひたすら前に進むであろう。いつかは必ず芽吹くと信じているからだ。するとお主はいずれ本当に高みへと辿り着いてしまう。私の言葉通りにな」
僕は頭がガツンと揺り動かされるのを感じた。
「はは……なんだ、それじゃ僕が迷ってたのが、馬鹿みたいじゃないか……」
「うむ、その通りかもしれんな。お主ら人間は時に考えすぎだ。もう少し能天気かつ愚直に生きてみるがいい」
この時ばかりは、全裸でやたらいい声のこのおじさんが、本当に神聖なものに思えて仕方なかった。
後光が差して見えたが、その光は残念ながら股間部には届いていなかった。
「それはそうと、実はさっき言った職種は全て嘘だ。前にも同じことを聞いた輩がいよってな、こんな下らないことで願いを使われてはつまらない」
「ハハ、下らないときたか。じゃ、願いはまだ言えるんだね? おじさんっていい人、精? だよね。全裸だけど」
「いい人は余計だ。さあ、願いを言え。さすれば叶えて見せようぞ」
さて困った。こうなっては願い事なんて…あ。
「だったらさ、おじさん。僕と同じような事で迷ってる奴のとこに、玉をまとめて飛ばしてくれないか」
おじさんはにやりと笑った。
「ほう、いいのか? なんなら、今現在で一番向いている職を探してやってもいいんだぞ?」
僕もにやりと笑った。
「大丈夫。おじさんを信じてるからね。全裸だけど」
すると、おじさんと玉(決しておじさんの玉ではない)がまたにわかに輝きだした。
ただでさえ玉だけでも眩しいのに、おじさんの光量がこれまた半端じゃなかった。
「言おうとは思ってたけどおじさん! その光り方は改善すべきだ!」
「悪いが、願いは既に聞き届けている。その願いは聞けん。さらばだ!」
一瞬の突風の後に目を開くと、もうそこに玉とおじさんの姿はなかった。
きっと僕に似たような誰かに会いに行ったんだろう。
そいつがおじさんに何を願うかは知らないけど、その青臭い悩みを、とんでもないインパクトでぶち壊してくれるはずだ。
なにせ全裸だから。