二、出来損ない。
「おーい、橘ぁ。いるかぁ?」
と入り込んできた男がひとり。長身でゴツい。鋭い瞳を気にしているらしく、仕事以外ではサングラスを常時着用しているらしいが、その、この間たまたま見かけたときは、恐いなんてもんじゃなかったぞ。
「せめてぐらいノックしたら?」
とはいえ、わたしとこいつではよく知ってる仲なので、これくらいの軽口はたたける。
「まあまあ。で、こないだ紹介した金髪さんはどうだった?」
「……あのさぁ」
誤解を招く言い方を。別に男を紹介されたわけじゃない。こいつのツテで、有名大学出の金髪男を自分の部下に据えたわけだが……
「あの、ハッキリ言って使えないんだけど……」
有名大学出と言われて雇ってみれば、まったく使えない。何が駄目とか言ってない、とにかく使えない。
「えーっとー……」
と、長身男の後ろからひょこっと出てきたのが、その金髪。
うわわ、タイミングが悪いなんてもんじゃないッ!
「あーあのー、昨日頼まれてたやつやっておいたので……」
いつもの通り、ハッキリしない態度。いつもこうなので、腹が立つ。こっちも忙しいのに。
「昨日の、何? ちゃんと言いなさい」
いつもの勢いで強気に出る。
「えーっと、あのー、共振のーあのー」
「はい、分かりました。分かりました」
「はいー」
金髪はへらへら笑いながら出て行った。長身と目を合わせる。長身は、つい吹き出してしまう。わたしとしては、たまったもんじゃないが。
「どうにかできないの? そっちが連れてきたんでしょ、責任取りなさいよ!」
「はっはっはっ。そう言うな。いつかは役に立つときが、絶対に来る」
「え、なにそれ。何んでそんなに自信満々なの」
「まあまあ。はは、随分荒れてるな。うまくいってないのか?」
「……別に」
前述の通り、戦争プログラムを育むことは、コンピュータのプログラムしかできない。じゃあ、それに携わる人間でしかないわたしは何をやっているのか?
プログラムは基本的に、親プログラム(コンピュータ)の、戦争体験から得たシミュレーションによって自由に学習する。そこに人間は手出ししない。子プログラムは、親から与えられた課題に対し、自由に答えを出す。時に、間違える。時に、非効率な答えを出す。試行錯誤をする。常に最適解を導き出すようにはしていないのだ。(もっとも戦闘時は別だけど)
間違いや非効率なやり方や失敗から、最適解は生じるのだ。蟻も同じで、ごく少数、勝手気ままな行動をする蟻によって、一番の近道が発見されたりするものらしい。そのやり方を、コンピュータに応用したというのだ。(話は逸れるが、蟻の特性を子供の教育などに適用するのは推奨しないねぇ)
つまり、本当に、プログラムの成長に関しては、わたしは何もしていないといって良い。
んで、結論を言うと、わたしはコンピュータ様のご機嫌取りをしている。それだけ!
抽象的な言い方しかできないけど、わたしはつまりコンピュータと会話をする。人間がどういうものか、ということを擦り込ませるのが主な目的だ。会話の内容は、まちまちだ。何がおいしかったとか、世界にはどんな風景があるだかとか、それを見て人間はどう思うかとか、人間の歴史とか、絵画の話とか、戦争の行方だとか……。まあ、教える内容にはいろいろと決まりがあるのだけどね。自由にやっていいわけじゃない。
それに対し、コンピュータは、プログラムは、ある反応を示す。これまた前述の通り人間に理解できるものじゃない。七次元的な発露だ。それでも、わたしたちはそれを解析して……たとえば三次元の物体を三面図にして図面とするように、コンピュータの感情の形を、三次元に(時に二次元に)落とし込んで、読み解き、(これまた定まった会社の標準通りに)会話をする。
ま、その標準を作るのもわたしの仕事でもあるのだけど。あと人間側の仕事として、プログラムに禁止事項を叩き込んだりもするが、それはわたしの管轄じゃない。
「最近、残業続きで疲れてんの。忙しいんだよぉ。八時から十時半まで仕事して、それが五日連続だよ? 人間はね、本当は八時間も労働しちゃいけないんだよ!」
トラブルシューティングでしっちゃかめっちゃか。現場から上からいろいろせっつかれて、滅茶苦茶忙しい。わたしはただの請負社員なのに!
「はっはっはっ。残業代が出るだけマシじゃないか。PMCに栄光あれ。来月の給料が楽しみだろ?」
「楽しみじゃない! わたしは今を楽しみたいの! 撮り溜めしたアニメまったく消化できてないよ!」
「今期何見てる? おれは〝よさ恋、響け鳴子〟推しなのだが」
「あれ、オープニングだけ見りゃいい感じじゃない?」
「おいコラ殺すぞ」
「あんたの目だと、洒落になってないねぇ……」
「目の話はやめろ……っと、こんな時間か。話しすぎた」
「あんた、何しに来たの?」
「忠告しにきた」
長身の瞳が、更に尖る。こいつをある程度知っているわたしでも、多少たじろぐ。
「親会社からすでに通達があったと思うが……、最近情報漏洩事件が頻繁に起きている」
「いつも通りじゃない?」
いや、本来ならあってはならないことだけど。
でもこの時代、情報を完璧に守り通すことは不可能だ。容易に抜き出されてしまう。せいぜいロックを厳重にして情報を保護することしかできない。
「ま、その通りだが、あまりに頻繁だ。お前も、気をつけてくれ」
「まったく、請負社員に何を期待していらっしゃるのか、親会社さんは。そこまで気にして欲しいなら、ちゃんと余裕をくれって、あんたの方から言っておいてよ」
長身は苦笑する。
「はいはい。ま、言うことは言ったから、おれはこれで去るぜ」
と言って、ちゃっとサングラスをかける。この漆黒に浮かぶ宇宙船の、目に優しい人工灯しかない船内で。
「あんた……仕事中もそれしてんの?」
「…………いやぁ。どーも、おれの目は相手を萎縮させてしまうんだ」
「いやいやいやいや、それ、誰がどう見ても逆効果だよ!?」
「……え?」
サングラス越しに想像できる、びっくりして丸くなった瞳。こいつ、まさかこんなに天然キャラだったとは……。