『開眼』
『シオン!!! シオンは何処だぁ! 』
道場に響き渡る怒鳴り声。
70才を過ぎたであろう、その男は白髪に白髭、
ガッチリした体を道着に包み道場で怒り心頭。
豪柔一進流宗家、兵藤武光
その人である。
ちなみに僕のお爺ちゃん。
僕の名前は兵藤志恩
17才の高校生。…一応♀である。
僕の両親は5年前に『離婚』という
我々子供には関係のない書類上の契約を交わし
僕は母さんと一緒に実家へ行く事になった。
が…母さんの実家は江戸時代から続く武術の名門。
一人娘の母には持病があり、その一人娘の
一人娘であるワタクシに白羽の矢が立ったのだ。
ちなみに名字も変えられてしまった。
武術ってのは当然僕の世界にはあり得ない
って言うより女子がするもの?
ってか、正座とかからしてあり得ない訳で…
生活環境の変化に馴染めないウチに
あの鬼軍曹の様なお爺ちゃんに強制的に
5年間も武術とやらを叩き込まれてきた。
けど、今日は無理! 絶対ぃ~に無理ッス!
だって今日は綾希子と先月から計画してた
仏殺想 のライヴに行くのだぁ!
いゃっほぉ~い!!!
待ち合わせの公園に近づくと
遠くからでもすぐに分かってしまう
ピンクと白のチェックのシャツに
青のスカートをまとった140cmの天使がそこに!
『綾希子ちゃ~ん!おまたせぇ~!』
綾希子がシオンに気が付き手をパタパタ振って
シオンに向かって走ってくると…
『危ない!』
綾希子の頭上から工事をしていた
男性の声が聞こえたと同時に
綾希子にめがけて鉄パイプが降ってきた。
『キャア~ッ!』
『綾希子ちゃん! …えっ、何?』
シオンが綾希子に向かって走りだすと
突然シオンの周りが止まってしまった。
周りと言うよりシオン以外の世界が
止まってしまったのだ。
『えっ、何、何、何!?何なの?』
ふと左の建物のガラスを見ると、
そこに映っている自分の瞳が青く光っていた。
『な、なんで? …』
再び周りを見渡すがシオンの周辺には
音も動く物もなかった。
目の前の世界には自分以外が
止まってしまっていたのだ。
シオンはうつ向いて混乱したまま動けない。
そこには水面に水滴が落ちる様な
シオンの瞬きの音だけが聞こえるだけであった。