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通り雨  作者: 竹本 周子
本編
9/21

電話

---なぜ、瀬能君は「ヒグマ殺し」のことを知っていたのだろう。


 ベッドに寝ころびながら、理子は今日の花火大会で中学時代のクラスメイトに絡まれた時のことを振り返る。瀬能は「熊子」と呼ばれていることも含めて、『全部知っている』とはっきり口にした。

 中学時代のとある体育教師が嫌がる女子に対して、執拗にセクハラまがいの指導をしていたのが事の発端。一人の女子生徒が泣きだしたことにより、理子の堪忍袋の緒が切れた。その瞬間、体育教師は宙を舞う。その一部始終を見ていたのは、同じクラスの生徒たち、プラスアルファ・・・


 瀬能の近くにいる同じ中学で同じクラスだったのは美野里と沢村と五十野くらいである。「ヒグマ殺し」のことを瀬能に話した人物はこの三人に絞ってもよさそうだ。


 美野里は体育教師の被害を受けていたし、理子が事件の後にいろいろ思い悩んでいたのを知っており、そのことを軽々しく人に話すようには思えない。よって、美野里は除外。

 次に沢村だが、天文部に籍を置いているが、沢村と瀬能が仲良く話しているのを見たことがない。当たり障りのないことは話しているのだろうが、理子のことを話すような仲には見えないので、沢村も除外する。


(どう考えても犯人は五十野君かな)


 理子は枕に顔を押し当てて、意味もなく頭突きする。

 なぜ、五十野が理子のことを瀬能に話していたのかは分からないが、中学時代の五十野は口が軽いタイプには見えなかった。その五十野がなぜ瀬能に理子のことを話していたのだろう。


 そして、瀬能の態度の不思議。いつ五十野に理子の「ヒグマ殺し」の顛末を聞いたのかは知らないが、理子に対する態度は一定であった。瀬能は理子のその話を聞いてどう思ったのだろうか。

「気になる…」

 大きなため息をついて、理子は呟く。


 そして瀬能の大いなる謎は、全部知っていたうえで絡まれた理子をかばい、気遣ってくれたこと。そんな男子は家族を除いて、瀬能が初めてであった。ヒグマ事件以降、人見知りとなって、何となくいろんな人と距離を保っていた中、瀬能はぐいぐい理子のテリトリーに侵食してくる稀有な人である。

 なぜ、理子のことをかまうのだろう、そしてそれが嫌じゃないのだ。


(・・・眠れない・・・)


 ため息をついて寝返りを打つと、突然携帯に着信が入る。画面を見れば、『瀬能宗太郎』の文字。


「もしもし?」

 理子は電話を取る。

「ああ、今日はお疲れ。夜分遅くにごめん」

 その言葉にちらりと時計に視線をやると23時半すぎであった。こんな遅くに電話をかけてくるとは何かあったのかと首をかしげたくなる。

「どうしたの?何かあった?」

「ああ、いや・・・今日、あんなことがあったから落ち込んでいないかと思って」

 電話越しの瀬能の声は優しく低く響いて、心地よい。そして、理子を気遣って電話してきてくれたことも理子の心を温かくする。

「ふふ、ありがとう。私は大丈夫。瀬能君が助けてくれたから」

「大丈夫ならよかった」

「それより・・・何で瀬能君は『熊子』を含めて、全部知ってたの?」

「あー。」

 急に歯切れの悪くなった瀬能。なんて答えようか悩んでいるのだろう。


「五十野君から聞いたとか?」

「あー。だよな・・・わかるよなー。そう、五十野から聞いた、ごめん」

「謝らないで。別に瀬能君が悪いわけじゃないし」

 瀬能に見えるわけでもないのに、理子は慌てて起き上がり手を振る。

「でも高宮は知られたくなかったんだろう?」

「それはそうだけど。瀬能君はその話を聞いてどう思った?」

 さっきまで気になっていたことを直接聞いてみる。

「優しいし、強いし、格好いいなって思った。教師にセクハラされてる女の子たちを黙ってみていられなかったんだろ?俺だったら、教師になんかしたら、成績がやばいとか余計なこと考えて、傍観していただろうなって思う。俺って事なかれ主義者だから、高宮みたいに正義感もないしな。」

「でも、瀬能君は絡まれた私を助けてくれたし、気遣ってくれたじゃない。私、嬉しかった」

 理子は素直な気持ちをそのまま口にしていた。

(そう、嬉しかったんだ・・・私)

 みんなが思うほど理子は強くない。誹謗中傷されたら哀しいし、どうせ強いんだから助けもいらないんでしょとレッテルを貼られるのも辛いのだ。

 しかし、理子は強いというイメージが先行し、誰かにかばってもらったり助けられることがほとんどなかった。そんな中で、瀬能は普通に理子と接してくれた。


「そりゃ、隣で困っている高宮を放っておけないでしょ」

「ふふ、本当にありがとう。電話も嬉しかった」

「あー、うん。俺も電話で話せてよかった。心配だったからさ」

「うん、じゃあ、そろそろ寝るね。あ、明日も部活?練習頑張ってね」

「おう、ありがと。じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」

 通話を終えると、しばらく携帯を眺めてから枕元に置く。瀬能の心遣いに理子の心は軽くなった。おもむろに天井に向かって手をかざす。ずっと手を繋いでいたような気がすると、花火大会の状況を思い出して、理子の頬は急に熱を持ち出す。


 男女が手を繋ぐって---その人が嫌いじゃないからだ。理子は熱を持った両頬に手を当てる。

(私は瀬能君のことをどう思っているんだろう)

 理子は目を閉じても、襲ってこない睡魔にため息をついた。今夜は眠れそうにない・・・

ここまで読んでいただきありがとうございます。

誤字・脱字に気が付かれた方はご連絡ください。

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