花火大会2
梓に誘われた花火大会。てっきり、梓と玲子と3人で花火を楽しむものだと思っていた理子。蓋を開けてみたら、同じクラスの男子4人も一緒とのこと。理子は状況がよく分からずに、梓にどういうことか尋ねた。
なんでも、一緒に花火を見たいと宮原と川名に拝み倒された梓が断りきれなかったのだという。
それなら早く教えてくれればよかったのだと、玲子は小さく抗議していた。理子も玲子に賛同した。
梓は人見知りの2人がこれを知ったら、花火大会に来ないかもと危惧し、今日まで言えなかったのだと頭を何度も下げた。
結局、梓の顔を立てることと、せっかく集まったのだからと、一緒に花火を見ようということで話はまとまった。
そして話がまとまると、次は花火の打ち上げ前に腹ごしらえをしようということになった。腹ごしらえするのは分かるが、なぜか理子と玲子が買い出し指名を受け、瀬能と五十野がそれに付き添うということになった。
人波にもまれながら、瀬能と肩を並べて歩く理子。理子たちの前には玲子と同じクラスの五十野が同じく肩を並べて歩いている。
足元が履き慣れない下駄と言うこともあり、なかなか思う通りに前へ進めない。
「大丈夫か?」
理子が人にぶつからないよう、歩きやすいようにとさりげなく気を使ってくれているのが分かる。それでも、容赦なく人の群れは理子たちに襲いかかってくる。
何度となく理子は瀬能にぶつかり、そのたびに瀬能は大丈夫だと笑う。部活終わりで疲れているだろうに、瀬能は優しい。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「下駄って、歩くの大変だよな」
理子の足元を見て、瀬能は気の毒そうに呟いている。
(そもそも・・・浴衣の人間を買い出しに向かわせるのがおかしいのよ)
なんで有無を言わさず買い出し班だったんだろう、と理子は考えながら歩いていた。
「高宮!」
瀬能に声をかけられて、我に返るといつの間にか3人との距離がだいぶ開いている。瀬能が人波をかき分けながら、理子のもとに辿り着く。
「いつの間にか、高宮が隣にいないから焦った」
そういう瀬能に理子はぺこりと頭を下げる。考え事して歩いていてはいかんと反省し、瀬能に謝罪する。
「ごめんなさい、考え事して歩いてた・・・」
瀬能は苦笑すると、理子の目の前に手を差し出す。
「はい、手を貸して」
理子は何も考えずに瀬能の手に自分の手を置く。まるで犬の「お手」のようだな、と理子がおかしく思っていると、瀬能がいい子いい子と頭を優しくなでる。頭を撫でられた瞬間、理子の胸の奥がキュッとなる。そのまま、瀬能に手を繋がれるような格好で、二人はまた歩き出す。
「はぐれないように」
そういって歩くのが遅い理子に合わせるように、瀬能はゆっくりと歩を進める。成り行きとはいえ、手を繋いで歩いている状況に理子はふと気が付く。竹刀を振っている手はかたく、大きい---意識した途端に急に恥ずかしくなり理子はうつむき加減で歩く。
ざわついた喧噪も耳に入らないくらい理子が緊張していると、瀬能がギュッと繋いだ手に力を込める。俯いていた理子が思わず顔を上げると、そこには優しく笑む瀬能がいる。
(なんで、私ドキドキしているんだろう・・・)
「おー、熊子じゃね?」
熊子---理子の忌まわしい記憶を刺激する呼び名。理子の足がピタリと止まると、手を繋いでいた瀬能も自然と歩む足を止める。
「やっぱり、熊子だ」
理子の中学時代のクラスメイトだった男子3名が理子を見て、ほくそ笑んでいる。顔は覚えているが、なんという名前だったか---思い出したくもない。
「なんだよ、熊子が男連れて歩いてるよ」
下品な笑い声が理子の耳に障る。
「ごめん、瀬能君。先に買い物して戻って」
瀬能は理子と理子に絡んでいる男子たちを交互に見比べて、不思議そうな表情を浮かべている。
「なんだかよく分からないけど、こんなところに高宮を置いていけないだろう?とりあえず、往来の邪魔になるからこっち---」
そういって瀬能は繋いだ手を引っ張り、人の流れのない道の端まで理子を導く。理子に絡んできた男子たちも、下卑た笑いを浮かべながら付いてくる。
瀬能が繋いだ手はそのままに、理子を背にかばうようにして男子たちと対峙する。
「で、高宮に何か用?」
落ち着いた声で瀬能は男子たちに尋ねている。瀬能が「安心しろ」と言うように、手を握ってくれている。瀬能を理子の中学時代の暗い過去を巻き込みたくなくて、ハラハラして見守っているが、瀬能はどこ吹く風---実に落ち着いている。
「用?用なんかねーよ。っていうか、あんた熊子がどんな女か知ってるのか?」
3人の内の一人が理子を指差す。
「知ってるよ。それで・・・俺が彼女のことを知っているか確認したかったのなら、目的は達したんだろう?これで話は終わり?」
瀬能は実に淡々と受け答えしている。もうこれ以上問答してほしくないと理子は目を瞑る。
「この女のこと知ってて、付き合ってるのか?あんたも物好きだな。こんな暴力女とスゲーよな」
「マジ、スゲーよ。あんたも図体デカいわりに気弱なのかね」
(この人は図体も大きいけど、あんたたちよりずっと心も大きいのよ!)
心の声をすべてぶちまけたいが、瀬能が治めてくれようとしているこの場面で理子が水を差すわけにもいかない。理子が黙って我慢していると、男子たちは言いたい放題喚き散らす。瀬能もまた男たちのかしましい囀りを黙って聞いている。理子は瀬能の背中に守られていて、彼の表情をうかがえないがどんな顔をしているのだろう、そう想像すると胸が痛んだ。
暴力女から始まり、男好きで---それがたとえ生徒だろうが教師だろうが片っ端から力にものを言わせて誘ったりという下世話な話から、これまた力で教師を牛耳っているとか、中学生らしい噂話まで悪口のオンパレード。
(初恋もまだだっていうのに・・・男子なんか誘えるか!)
この理子の元クラスメイトの男子たちは、瀬能の前で理子に泣いてほしいのかと思うほど、瀬能に悪口を聞かせている。
中学時代に出回った誹謗中傷を言い終えてすっきりしたのか男子3人は瀬能と理子を見比べては、何が楽しいのか笑っている。
「あんた、この話のどこまで知ってたんだよ?」
噛んでいたガムをペッと吐き出して、男子の1人が瀬能に詰め寄っている。
「全部---全部知ってる。付け加えるなら、友達のためにセクハラ体育教師に投げ技決めちゃったことも」
瀬能から飛び出したその言葉に、理子は思わず彼を見上げる。斜め後ろからでは瀬能の表情はうかがえない。
「あんたって、物好き?ま、熊子に投げ飛ばされんなよ」
絡んだところで、思うような反応が戻ってこなかったためか、元クラスメイト達は「つまんねーの」と口々にこぼして、花火大会の見物客の波にのまれた。
瀬能は大きく深呼吸をすると理子の方に向き直る。理子が見上げたその先にある瀬能の表情は曇りのない笑顔。
「大丈夫だったか?」
瀬能の言葉に理子はただ頷く。
「そっか、良かった。はぁ、生まれて初めて人に絡まれた」
繋いでいた手を自分の額の押し付け、ほうっと大きく息を吐いている。理子の手の甲が瀬能の額に押し付けられて、またも理子の心臓が暴れ出す。
「いや、絡まれたの私だし…」
我ながら可愛くない回答だと、自分に突っ込みを入れる理子。
「そう言えばそうだな。…って、買い物…マズイ!ちょっと待ってて」
瀬能はジャージのポケットから携帯を取り出すと、ちょっとごめんと繋いでいた手を離す。離された瞬間、理子は一抹の不安と寂しさを覚えた。繋いでいた手を眺めながら、理子はふっと笑みをこぼす。
(優しくて大きな手だったな---ずっと離さずにいてくれたんだ)
瀬能の方をちらりと見ると、どうやら先行していた五十野・玲子のペアに電話をしているようだ。
「色々あって・・・いや、違うよ。トラブル・・・で、買い物任せていいか?・・・ああ・・・ありがとう、後で話す。んじゃ」
携帯を元のポケットに戻すと、ぼーっと立ち尽くす理子の手を取る。自然に手を引かれて、理子は瀬能の後を付いて行く形になる。
「少し休もう。買い出しは五十野たちに頼んだから」
「うん。ありがとう。なんか、色々とごめん」
人波を外れてちょっと歩くと松の木の植え込みを囲う石垣があり、瀬能は自分の持っていたタオルを敷いて理子に座るように促した。
「少しだけ待ってて。すぐ戻るから!知らない人に声をかけられてもついて行くなよ」
小学生じゃあるまいし、と笑いながら肩を竦める理子の頭を瀬能はポンと叩く。そうして瀬能は理子を一人残して、人波の方に駆けてゆく。瀬能の背中を見送りながら、理子は空を見上げる。茜色だった空はいつの間にか夜の帳を下ろそうとしている。
空の情景を眺めていたら、ふと思いつく。女だけで買い出しもしくはお留守番となったら、男子が黙っていなかっただろう。梓が有無を言わさず買い出し係にしたのは、人見知りの玲子と理子をお留守番にしたら、男子相手にあたふたするだろうと見込んでのこと。
(やっぱり梓は考えてくれてる…それにしても、今日は色々とあったなぁ)
天気予報ではにわか雨の予報も出ていたが、雨の気配もなく花火大会も無事に行われそうだ---瀬能は何しに行ったのだろうと彼が消えていった方向を見遣る。みんなを待たせている手前、早く瀬能に戻ってきてほしいと願っていると、大きな荷物を持った瀬能の姿が少しずつ大きくなってきた。
「ごめん、待たせた。これ、お詫びにかき氷。ブルーハワイですが…」
片手に持っていたかき氷を理子にズイッと差し出す。何となく断りがたくて受け取ったものの、こんなにのんびりしていられないのではないか。
「あ、そうだ。今日はここで花火を見よう。みんなには言ってきたから」
瀬能は何でもないように言うと、理子の隣に腰かける。
「はい?」
「あんなことの後だし、巧たち---あ、五十野たちにあの場で買い出しを出来なかった理由を突っ込まれるのも…ね」
「あ!そうだよね、いろいろ突っ込まれるよね。本当にごめん」
理子に気を使って、この場所で見ようと瀬能は言ってくれている。それも、理子が嫌な思いをしないように最大限注意を払ってくれた。そんな瀬能の優しさに理子は心があったかくなり、涙腺が緩む。
涙がこぼれないようにと空を仰げば、一番星が燦然と輝いている。
泣きそうなのをこらえて、瀬能から受け取ったかき氷を食べる。熱くなった理子の心をすっと冷やしてくれたような気がした・・・
ヒューンという高い音が天まで駆け上がり、ドーンという音と共に夜空に花火が大輪を咲かせる。花火が上がるたびに理子を明るく照らしてくれる。それだけで心から嫌なものが消えていくように思えた。
夜空と言う黒いキャンパスを彩る花火を、瀬能とふたり---ただ無心に眺めていた。
「ありがとう…言葉にできないくらい感謝してる」
瀬能に聞こえるか聞こえないか、伝わらなくてもいいそんな思いで口にした言葉。その言葉に応じるように石垣の上に載っていた理子の手の上に、瀬能は自分のそれを重ねる。隣に座る瀬能と目が合うと、彼はゆっくりと頷いた。
2人は言葉を交わすことなく、静かに空に舞い散る花火をただ見ていた---最後の花火が打ちあがるまで。
今日の天気予報は晴 ところによってはにわか雨になるでしょう---にわか雨は外れ。
そして・・・来週の天気予報は雨、ところによっては激しい雨にご注意が必要です。
思った以上に長くなってしまいましたが、最後までご覧いただきありがとうございます。
※誤字・脱字を見つけられた方はご連絡ください。
故あって、しばらく眼鏡がないため誤字・脱字が散見(乱発)するかもしれません。パソコンの画面の倍率も上げているのですが・・・見えづらい状況です。
大変申し訳ございませんが、ご承知くださいますよう。




