花火大会1
博多織の帯をキュッと締めて、姿見で自分の後姿を確認する。姿見には生成り地に紫紺の朝顔をちらした浴衣をまとう理子の姿が映る。
浴衣の帯の後ろに花火の模様の団扇を差し込む。久方ぶりに袖を通した浴衣姿に理子は何となく心が浮き立ち、そのかんばせには笑みが浮かぶ。
(なんだか、面映ゆいわね)
襟元に手を添えて、姿見の前で理子は一周してみる。
「おお、理子!浴衣なんぞ着て、どうしたんだ?」
次兄の和臣がふすまの隙間から顔を出して、理子の浴衣姿を眺めている。
「何覗いているの、和兄・・・クラスの友達と一緒に花火を見に行くの」
夏休みに入って早々、花火を見に行こうと梓に誘われた。出来れば浴衣で集合しようと言われて、久々に浴衣に袖を通したわけである。
「それって男か!?」
「残念でした。上月さんと布留川さんという綺麗どころの女子2人です。」
「綺麗どころ…って、その子等も可愛いのか?むぅ、心配だ」
腕を組んで思い悩んだ顔をする次兄に思わず理子は吹き出す。
「何の心配よ。変なのにからまれたら、私が成敗してやるわ」
手刀を作り、空中で一振りする。次兄はその理子の姿に何とも言えない、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「そんな浴衣姿で、成敗とか言わない!お前は女なんだし、危ないときは俺を頼りなさい」
「・・・そんなこと言って、ただ付いて行きたいだけでしょ?大体、花火を見に行くだけで危ないとか、過保護もいいところ」
「過保護じゃないぞ。普通の保護者の気持ちだ」
次兄がそのあともああだこうだと意見を口にしているところで、理子の携帯がメールを受信した着信音を発する。
「ごめん、和兄!上月さんからメールが来た。この話はここで終了!行ってくるね」
理子が待ち合わせの駅の改札につくと、そこには色とりどりの浴衣を着た女の子たち。
(さすが、花火大会。浴衣多いなぁ---)
きょろきょろとあたりを見回してみるも、約束している梓と玲子はまだ到着していないようだ。駅前にある時計を見上げる。
「んー、早く着きすぎたかな」
待ち合わせ時間の10分前に到着してしまい、思わず独り言が理子の口からこぼれる。目の前には理子と同じように浴衣を身に付けた女の子がそわそわとあたりを見回している。
(デートかな?)
そわそわしている女の子を観察してみると、天文部員の斉藤美野里であった。声をかけようか、理子が迷っていると、美野里と目が合う。
「理子ちゃん?」
美野里が理子に向かって小さく手を振り、駆け寄ってくる。
「理子ちゃんも待ち合わせ?」
「うん。クラスの子と。美野里ちゃんは?」
「私は・・・その、沢村君と・・・」
そういうと頬を染め、その頬に両手を添える美野里。あまりの可愛さに頭をなでたくなる衝動を理子はぐっと抑える。美野里の頭には牡丹を模した髪飾りが鎮座していたから。
「よかったね!」
美野里が中学のころから沢村に密かに想いを懸けていたことは知っていた。
「うん、実は結城先輩が手伝ってくれて」
「結城先輩が?」
美野里が語るには3人で待ち合わせの約束をして、結城先輩が急用で来られなくなったというベタな設定で、二人きりのいわゆるデートをセッティングしてくれたと言う。
その結城先輩が美野里に片想いしていることも、理子は何となく気が付いていた。しかし、そんな結城先輩の淡い気持ちを美野里は知る由もない。
(結城先輩---人が良すぎる!)
けなげな結城先輩の気持ちに同情してしまう理子に、何も知らない美野里は沢村を想い、恋する乙女の表情を見せる。
「これ、沢村君には内緒にしていてね」
美野里が焦ったように、朱かった頬をさらに朱く染め、上目づかいに理子にすがってくる。
「言わないから大丈夫!それより、今日はドキドキだね」
「うん、もうドキドキしてる。あ、浴衣変じゃない?」
美野里は自分の浴衣姿の心配をする。目の前にいる美野里の浴衣姿は贔屓目に見ても可愛い。恋する乙女には浴衣姿にも完璧はないのだろう。
「すごく似合ってるし、可愛いよ。変じゃないから自信を持って。沢村君はまだ来ないのかな」
「少し、遅れるみたい。でも、待ってる時間もドキドキで・・・嫌じゃないから」
恋する乙女は待たされる時間すら幸せなのかもしれない、などと理子が美野里を観察していると肩を叩かれる。
「ごめん、待った?」
肩をたたいた梓が顔の前で両手を合わせて謝ってくる。梓はTシャツにデニム地のミニスカートと言う装いでやって来た。
「ううん。まだ、待ち合わせ時間の5分前だし」
なんで、浴衣ではないのかと理子の質問を封じるように、梓が美野里に視線を送る
「そっか、ところでこちらは?」
「ああ、斉藤美野里ちゃん。天文部で一緒なの」
梓に美野里を紹介すると、梓は極上の笑顔を作って美野里に自己紹介をしている。
「わたし、上月梓。よろしくね~」
「斉藤美野里です。こちらこそよろしく」
おどおどと自己紹介している美野里の姿が小動物に見える。
「美野里ちゃんっていうんだ。浴衣が素敵だね。もしや、デートか何か?」
と、ずばずばと突っ込みを入れる梓にひやひやしていると、目の端に沢村が改札を出てくる姿を捉えた。沢村は一度足を止めて、改札外を見回している。美野里を探しているのだろう。理子は美野里の浴衣の袖を小さく引いて、沢村の方に視線を送る。
美野里は緊張した面持ちでぎこちなく沢村に向かって手を振る。それに気が付いた沢村は手を挙げて、爽やかな笑顔をその顔に浮かべた。
「なんで高宮さんがここに?それに上月さんも」
沢村が美野里と一緒にいた理子と梓を交互に見比べて、美野里に質問をする。
「あ、たまたま理子ちゃんが目の前にいたんだよね、それで私が声をかけたの」
「そうなんだ。あ、結城先輩が来られないって言うし、4人で見て回る?」
気を利かせたのか、沢村が美野里の他に理子と梓とで花火を見ようという余計な提案をしてくる。
「あ、いや、もう一人友達を待ってるから、2人で見てきて!ね」
「そうそう!うちらはうちらで楽しむので。ね、理子」
「そっか、じゃあ、俺らは先に行ってるわ。行こうか、斉藤」
沢村が美野里を促し、見学場所に向かう人の流れに吸い込まれていく。理子と梓の気持ちが伝わったのか、美野里は振り返り小さくお辞儀をした。
「あの、斉藤さんって子、うまくいくといいね」
梓が意味深長な笑みを浮かべて、理子に向かって片目を瞑る。
「うん。そうだね」
梓と目を合わせて笑顔を交わす。
「何やら、楽しそうなお話ね」
背後から声をかけられて理子と梓が同時に振り返ると、そこには嫣然と微笑む玲子の姿。
「あ、玲子ちゃん」
「玲子・・・気配を感じなかったよ」
「ごきげんよう?2人で楽しそうな話に首を突っ込んで・・・私も混ぜてほしかったな」
黒地に桔梗の古典柄の浴衣姿、髪を結い上げ、襟足からのぞく白いうなじが楚々とした色気を醸し出している玲子に理子は嘆息する。
「すごく素敵…玲子ちゃんって、和装が似合うね。簪も素敵」
「ありがとう、理子ちゃんもとっても素敵。で、なんで梓ちゃんは浴衣を着ていないの?」
「あ、やっぱりそう思うよね。実はさ、いとこに貸したまま戻ってこなくて。浴衣で集合って言いだしたの私なのに、ごめんっ」
「ま、いいんじゃない。私、梓と玲子ちゃんと3人で花火見られるの楽しみにしていたし!河川敷の方に行こうよ。屋台もたくさん出てるし」
理子は梓と玲子の手を取って、花火大会会場の方へ足を向ける。
河川敷に続く通りには色とりどりの屋台が軒を連ねている。花火大会にむかう人ごみにもまれながらも、久々の雰囲気に理子も心が躍る。
「玲子ちゃん大丈夫?」
「人に酔いそう。梓ちゃんはイキイキしているよね」
「本当にね」
ふふと笑いあって、先に進む梓を二人で追いかける。
「2人とも大丈夫?あとちょっとで穴場の見学ポイントに着くからもう少し頑張って」
見学ポイントまで調べているとは、花火大会のために梓が色々と考えてくれたのだと思うと頭が下がる思いがする。
もともと、気の利く梓はみんなが楽しく過ごせるようにと、何をするにも手を尽くしてくれる人だ。だからこそ、梓の周りにはいつも人が集い、笑いが絶えないのだろう。
人を気遣い続けることが疲れないのだろうか、梓自身は楽しんでいるのだろうかと心配にもなるが、梓に何かあったときは全力で支えようと理子は思っている。きっと隣で後れ毛を気にして歩く玲子も同じように考えているだろう。
「着いたよ、ここ、ここ!」
考え事をして心ここにあらずであった理子が梓の声で現実に戻る。
「おお、上月!こっち」
梓に声をかけているのは、親睦会で同じチームになった同級の宮原君。まるで梓が来ることを知っていたような感じで声をかけているではないか。
「ああ、宮原たちの方が早かったんだね」
梓が宮原に片手をあげて、挨拶している。隣にたたずむ玲子にちらりと目をやると、玲子も状況がよく分からないと言った表情を浮かべていた。
そして宮原の近くには同じクラスの男子の姿が3人ほど見受けられる。その3人の中には昨日もメールでやり取りをした人物が混ざっているではないか。
(なんで、瀬能君まで!?昨日のメールでは何も言ってなかったのに・・・)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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・・・大雪に見舞われながら、夏の情景をお届けいたします。




