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通り雨  作者: 竹本 周子
本編
6/21

帰り道

---空を見上げれば、夏の空が眼前に広がる。

 期末試験も終わり夏休みが目前に迫っていた。


「えー、全部員集まっていますね。夏休みの合宿について、打ち合わせします」

 天野部長がパンッと手を叩いて、メンバーの注目を自分に向かわせる。

 第二実験室では天文部全部員が顔を突き合わせて、夏季休業中に行われる3泊4日の合宿について打ち合わせが行われていた。

「場所はいつも通り、野辺山にある『民宿やまだ』さんです。と、言っても1年は初めての合宿だと思うのでこれから詳細を説明します」

 天野部長は手に持っていた資料を部員に配付する。


「詳細は資料にありますが、合宿は3泊4日になります。これが天文部のメイン行事なのですが、ご家族の同意を得てから参加してください。同意書も手元資料にあると思いますので終業式までに提出してください。提出先は私…部長天野まで」

 手元資料を読みながら、理子は部長の言葉に耳を傾ける。

 ペルセウス座流星群の見ごろに日程を合わせていくという、この合宿は天文部の大事な行事の一つになっている。天体望遠鏡は顧問の谷川先生が自家用車で運ぶ算段になっており、各部員は電車で野辺山まで向かうと資料にある。

(家族が許してくれるか…それが問題だなぁ)

 こっそりとため息をついた理子は天野部長の話を聞きながら、家族をどう説得しようか頭を捻っていた。

「あと、合宿費の方も同意書と合わせて提出を忘れずに。この合宿は強制ではありません。しつこいようですがご家族に理解をいただいてから参加してください。他に質問ある人は?」

 天野部長が部員を見回す。

「んー、質問はいつでも受け付けますので、手元の資料を読んでわからないことがあったら、私か結城君に質問してください。以上」

 

 理子の隣に座る瀬能は真剣な表情で資料に目を通している。理子はただ漫然とその様子を観察していた。

(鼻筋が通ってるなぁ---眉もキリッとしているし、女子にモテるのも分かる)

 観察していた瀬能が突然理子の方に顔を向けた。

 その瞬間、ばっちりと目が合い、不躾に観察していた気恥ずかしさから、理子はスッと目を逸らす---そして、瀬能の方にもう一度視線をやると、優しいの笑みを浮かべた瀬能が頬杖をついて、理子をじっと見ている。ますます、気恥ずかしくなって、理子の頬に熱が上る。

「な、なに?」

「楽しみだな、合宿。高宮は行くのか?」

 資料を片手に瀬能は声を弾ませている。よっぽど楽しみなのだろう、理子は少年のように目を輝かせる瀬能の姿に自然と笑みがこぼれる。

「瀬能君は合宿がよほど楽しみなんだね。私は---兄2人がOKを出してくれるかどうか」

「お兄さんって・・・そんなに厳しいの?」

「厳しいというか、男子生徒も交じっていくっていうのがね。二人とも頭が固いから」

 頭を抱えたくなるほど、兄馬鹿の2人である。

 

 理子は知らず知らずため息をついていた。

 天文部の泊りでの合宿に行きたいと言って、そう簡単に頚を縦に振る人種とは思えない兄2人。しかも6人の部員の半分が男子生徒である。

 長兄の無言で反対する姿と、次兄が保護者として付いてくると騒ぎ出す姿がまざまざと目に浮かぶ。

「きっと、頭が固いんじゃなくて、高宮が可愛いんだろうな」

 ははっと白い歯を見せて笑う瀬能の姿と「可愛い」なんて言われて、胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われる。

(今のキュッてなんだろう・・・)

 理子は自分の心臓のあたりを確認するように、何度もさすった。


 天文部活動も解散となり、美野里と瀬能と沢村、4人で帰途につく。

 全員が自転車通学ということもあり、1年部員全員で仲良く下校となった。美野里と沢村が並んで先に走っている。

 その二人の後ろにくっついて瀬能と並んで自転車を走らせる。

 会話はやはり合宿の話になった。

「でも、天文部全員参加で行きたいな、合宿。高宮のところ---お兄さんたちが了承してくれるといいな」

「そうだね。でも・・・両親と祖父が同意してくれたら、絶対に参加するけど」

 綺麗な夜空を滑る流星群を見たい。天文部に入って、重要な活動の一つである「合宿」にいけないなんて、意味がない。

「そか、俺も合宿楽しむために、もう一個の方の部活頑張らないとな」

「瀬能君って、インハイ出るんでしょう?」

「まぁね・・・」

 照れたように笑う瀬能は、まっすぐ前を見据えて自転車を走らせている。

「全中の悔しさを取り戻せるといいね」

 理子の言葉に瀬能が驚いた表情を見せる。


 瀬能は昨年の全国中学校剣道大会で準優勝しているほどの腕前を持つ剣士である。練習のし過ぎが原因で準決勝中に疲労骨折したと聞いたとき、決勝を前にした瀬能の悔しさはいかばかりかと想像しようもない。結局、決勝戦に出ることなく中学三年の夏は終わったのだ。

「高宮はなんで知ってるの?」

「全中のこと?」

「・・・」

 瀬能が口をつぐむ、それを肯定と取った理子は言葉をつづけた。

「風のうわさでね、怪我したことも聞いたよ。だから、インハイは甘くないだろうけど---勝ちを積み重ねて、全中の悔しさを払拭出来るといいね」

 にっこりと笑いながらも理子は心の中で反省する。風のうわさ・・・なんて、小さな嘘をついてごめんと理子は心の中で瀬能に謝罪していた。

 

 理子の実家は知る人ぞ知る道場を営んでいる。古い流派---古流武術をひっそりと受け継ぎながら、居合や柔術を近所の子供たちに教えているのは、老齢ながら矍鑠かくしゃくとしている理子の祖父。

 根っからの格闘技好きな次兄は祖父の後を継ぐと日々の鍛練を怠らない。長兄も理子もまた祖父の手ほどきを受け、日々鍛錬に励んでいる。高校に入学してから、理子がそのことを伏せているのは、中学三年生の時に起こした「熊殺し」事件による。

 端的に言えば「ひぐま」とあだ名のあった体育教師の、クラスメイトへのセクハラ行為を見て見ぬ振りが出来ず---理子はその「ひぐま」を投げ飛ばしてしまった。

 その事件をきっかけに、一部の生徒からいわれのない誹謗中傷を受け、教師からは倦厭されるようになった。その一方で一部の生徒や担任は理子の支えにもなってくれていたが、理子は軽い人間不信に陥り、人見知りとなった。そして、高校入学を機に、実家のこと、道場で鍛錬をしていることなど一切合財を封印した。


 そんな実家の事情もあり、道場主である祖父の傍にいれば、剣道や柔道の大会の結果など、いくらでも情報は入ってくる。しかし、理子の事情により---瀬能には申し訳ないが小さな嘘をついた。

 瀬能はそんな理子の言いぐさを気にした様子もなく、「風のうわさってなんだよ」と笑いながら受け入れている。


「ああ・・・また剣道漬けの毎日だ。試合も頑張らないと、合宿に行けないな」

 信号待ちで天を仰ぐ瀬能は大きく手を伸ばして、背筋を伸ばしている。

「うん、頑張って。応援行くよ」

「応援って?会場遠いけど・・・」

 夕日に照らされて顔が赤いのか、照れていて赤いのか---瀬能の頬は赤く染まっている。

「遠くたっていいじゃない。部長も結城先輩も応援に行くって」

「先輩たちも?」

「うん、先輩たちも。実は沢村君のバスケの試合とかも先輩たち行ってるよ」

「みんなが来てくれるなら、格好悪いところ見せられないな」

 前をまっすぐ見据えて、自転車をこぐ瀬能の目の奥は力強く輝いているように感じる。

「一所懸命な姿は格好いいよ。格好悪いなんてありえないから」

「高宮…ありがとう」

 頑張るぞーっと大きな声を出して気合を入れる瀬能に、前を走っていた美野里と沢村が驚いたように振り返った。

「頑張れー!」

 と大きな声援を送る。その理子の声援は夏の夕暮れに溶けて行った。


 今日の天気予報は晴れ。カラッとした爽やかな一日になるでしょう---と。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字・脱字に気が付かれた方、ご連絡ください

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