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通り雨  作者: 竹本 周子
本編
3/21

親睦会1

 ---ガタン、ゴトンと電車の音が遠くで聞こえてくる。

 休日で少しざわついている車内。おしゃべりしている人たちの声もまた遠くに聞こえる。

 夢とうつつの間を行ったり来たりしながら、理子は少し疲れた体を電車の椅子に沈めていた。右隣に座る誰かの肩に頭を預けているようだ。

 隣に座っているのは梓だったか、玲子だったか---きちんと覚醒したらお礼を言わないといけないな、などと理子はぼんやりした頭で考える。

 

 クーラーの冷気に当てられて、理子は体をぶるりと震わせる。

(上着がほしいな・・・)

 二の腕をさすりながら、うとうとしていると肩から何かが被せられる。

「ありがとう・・・あったかい・・・」

 きちんと声が出ているのか、夢の中で礼を述べているのか、いささかわからないところもあるが、これもまたお礼を言わなければと理子は自分に言い聞かせる。

「うん」

(あ、お礼が届いていたみたい・・・!?)

 うんと答えたその声は梓のものでも玲子のものでも、そもそも女子の声じゃない。

(---私の右隣に座っているのは誰?)

 理子は焦って、目をこする。電車の椅子の端っこに座っているので、左隣は誰もいない。恐る恐る右隣も振り返るとそこには爽やかにそして優しく蕩けるように微笑む瀬能の姿が。理子の心臓が跳ねる。

(な、なぜ、こうなった!?)

 まだ、完全に動かない頭を最大限に回転させ、なぜ瀬能の肩を借りて眠る事になったのかその経緯を思い返す。



 クラスの親睦と称して、土曜日に理子のクラス全員が市内のスポーツ公園に集合した。

 当初テーマパークへ行く予定だったが、グループ分けで女子のグループがもめて---男子と女子のグループを合体させる段になって、瀬能のグループと一緒になりたいという女子グループがもめたのだ。

 人気のある男子は大変だと、理子が口にしたら、梓は「理子は枯れているね」と笑ったものだ。結局女子同士のもめごとは収まらず、グループ分けは暗礁に乗り上げた。このままではクラスの親睦どころか、クラスの崩壊にもなりかねないということから企画自体を練り直し、みんなでスポーツをしようと言う事で話がまとまったのが3日前の放課後。

 衝突してから、いったんバラバラになったものをまとめるために、みんなで話し合ってゴール地点に辿り着く---このプロセスでクラスの結束もだいぶ固まったんじゃないかと理子は他人事のように観察していた。

 

 親睦会の当日、スポーツ公園の入り口に続々とクラスメイトが集まってくる。理子がバス停を下りてスポーツ公園の入口に向かうと、梓が理子の方に向かって手を振っている。

 理子も小さく手を振りかえすと小走りで梓の元に向かう。

「おはよう、理子」

「おはよう、玲子ちゃんはまだ?」

 周囲を確認するが玲子の姿はまだ見えない。

「まだだよ。集合の10分前だし、そろそろ来るんじゃないかな」

 梓は手元の携帯電話を確認している。理子も玲子からメールが入っていないか携帯電話を確認するが、特に連絡はない。

「あ、あれじゃないかな?」

 目の前に綺麗に磨かれた黒塗りの車が停車する。運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けて一礼をしている。そのドアから玲子が楚々と降り立つ。

「おお、さすが令嬢。車で来たね」

 梓がニッと笑うと、玲子に向かって大きく手を振る。理子も玲子に声をかけて手を振ると、それに気が付いたように玲子が理子たちの方に駆け寄ってくる。


「おはよう。天気が良くてよかったね」

 空を見上げて、微笑む玲子。空を見上げれば、雲一つない深い青の夏の空。

「久々に晴れたよね。運動日和だね」

 梓も嬉しそうに空を見上げている。 

「今日はみんなで野球するんでしょう?理子も玲子も野球できるの?」

「どうだろう、キャッチボールはできるけど。玲子ちゃんは?」

「私はやったことないから、わからないけど・・・何とかなるでしょう」

「流石だね、玲子は。ソフトボール部に入部しない?」

 ソフトボール部の梓がここぞとばかりに玲子を勧誘している。

「私は帰宅部でいいのよ。習い事もあるから」

「理子も運動できるのに天文部だしなぁ!ああ、もったいない!」

 残念そうに言う梓の背中を押して、理子は玲子と共に移動を始めた。


 親睦会はクラスを4チームに分けて、チーム対抗で野球をするというもの。野球経験者やソフトボール経験者を公平に4チームに振り分けた後、くじでチームを決定することになっていた。

(梓か玲子ちゃんと一緒になりますように!)

 怨念を---希望を込めたくじ引きはそう簡単に希望通りになるはずもなく、理子は二人とチームが分かれてしまった。

 入学以来、梓か玲子としか話したことがなかった理子にとって、まさにクラスの親睦を図るにふさわしい状況になってしまった。


「高宮と同じチームだな、よろしく」

 理子に話しかけてきたのは、グローブをはめてボールの感触を確かめていた瀬能。心細さを感じていた理子には救いの神に見えた。

「うん、よろしくお願いします」

「高宮って、野球とか未経験者だよな?」

 試合の前に野球やソフトボール経験者が未経験者と組んで、道具の使い方の説明や練習を付き添うことになっていた。

「うん。キャッチボールはできるけど・・・」

「それなら、俺と組もう。これでも小学生まで野球やってたから」

「そうなんだ。へたくそだと思うけど、よろしくお願いします。」

 理子が深々と頭を下げると、瀬能は笑って理子の背中をポンとたたく。

「そんなにかしこまらないで」

 何がおかしかったのか、瀬能は笑いながら理子にグローブを渡してきた。ありがとうと、受け取って理子は数年ぶりにグローブをはめる。少し大きい気もするが、使い込まれたそのグローブは大事に手入れされていて、皮も柔らかかった。

「それ俺が小6の時に使ってたやつだけど、小さくない?」

 瀬能が理子の手にあるグローブを指差して言う。

「大丈夫みたい。ありがとう」

 久々にはめたグローブ。兄2人に遊んでもらいたくて、父と2人でキャッチボールしたのは幼い頃の思い出。


「ええー、私も瀬能に教えてもらいたい!野球のボールも触ったことないの」

 ちょっとした感傷に浸りながらストレッチを開始すると、親睦会の発起人の1人であり、理子たちと同じチームである田中美沙が瀬能に声をかけていた。

「悪いけど、高宮と組むことになったから・・・川名か宮原に声かけたらいいよ。あいつら現役野球部だし、川名に至っては本当に野球がうまいから」

 けんもほろろといった感じで、瀬能は田中美沙のお願いも軽く流している。明らかに瀬能とペアを組みたがっている田中美沙の雰囲気に瀬能が気付いているのか、いないのか。

(---空気読んでくれ、瀬能君!)


「えー、・・・」

 と言いかけた田中美沙の言葉にかぶせるように、瀬能が川名と宮原を呼ぶ。


「おーい、川名か宮原!どっちかペアを組んでない奴いない?」

 瀬能の呼びかけに一人の男子が手を挙げた。それを見た瀬能は「川名ー、田中と組めるか?」と、田中美沙の意志など関係なくペアを決めてしまっている。

「おう。大丈夫ー」

 川名と呼ばれた男子は足元に置いてあったグローブを持って、理子たちの方に駆け寄ってきた。

「田中さん、高宮さん。今日はよろしく」

 そういうと、川名は二人に小さく頭を下げた。

「こちらこそ。試合で足を引っ張らないように、練習頑張るね」

 理子は一つ大きく頷いて、川名とあいさつを交わす。川名とは初めて言葉を交わしたが、大きな図体からは想像できない、本当に野球部なのかと思えるほどおっとりとした口調の持ち主であった。人見知りの理子にとってはありがたい人物である。

 一方、声をかけられた田中美沙は面白くなさそうに唇を突き出して、あからさまに拗ねている。これでは川名に失礼だろうと理子は思う。田中美沙に失礼だと言おうと口を開きかけた---その時、瀬能が先に口を開いた。

「おい、田中。川名に失礼」

「でも!」

「せっかく、田中がいい企画を練って、今日があるんだろ。自分で台無しにするな」

「けど!」

 とにかく、田中美沙は瀬能と一緒に野球練習をしたいのである。

(瀬能---恋する乙女心を察して!)

「でも、も、けど、もない。親睦深めるのが目的なら俺よりほとんど話したことがない川名との方がいいだろう」

 瀬能の言葉を受けて、納得はしていない様子だったが、田中美沙は川名に謝罪をして、一緒に練習を始めた。

「さ、俺たちも柔軟終わったら、練習しよう」

 瀬能の言葉に肯く理子。練習前から何やら疲れてしまった。


 今日の親睦会、うまくいくのかな。理子はそんなことを思った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

お気に入り登録してくださった方、ありがとうございます。


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