宗太郎の独白6
---気持ちが通じたのは高校1年生の蝉しぐれ鳴り止まぬ夏の夕暮れ
「キスくらいしてるかと思ったけど、意外とヘタレ?」
そんな爆弾発言をしたのは上月嬢。簡単に接吻できるなら苦労はしないよと、心の片隅に思いながらもヘタレな自分に宗太郎は反吐が出そうである。
こんな爆弾発言をありがたく頂戴したのは、花火大会の翌々日のこと。宗太郎は五十野に引きずられるように連れてこられたファミレスで、宮原や川名がいる前でこんなこと言われてしまった。
まさか「ヘタレ」呼ばわりされるとは思わなかったが、確かにいい雰囲気ではあった花火の夜。
告白するのには絶好の機会だったと言われれば、そうとも言える。しかしジャージ男たちの出現によって、機を逸してしまったのも事実。しかし、彼女の名誉のためにジャージ男たちのことは胸にしまう。
花火大会の夜は色々とあったようで、五十野は布留川に告白し、無残にも華と散ったそうだ。五十野は頬杖をついて「年上の魅力がほしい」とつぶやいていた。なんでも、布留川は5つ年上の華道の師範に恋をしているからと、五十野の一世一代の告白をお断りしたらしい。
しかし、五十野も諦めることなく、もう少し頑張ると宣言し、大いに盛り上がった。
高校生の夏は意外と忙しい。
友人との集まりに部活---宗太郎は掛け持ち---と毎日が息を吐く暇もなく過ぎていく。
天文部に顔を出せば、理子が小さく手を振ってくれるようになった。宗太郎にとっては大きな進歩である。
---キスくらいしているかと思った---
上月のあのセリフが突如脳裏をよぎる。天文部の最大のイベントと言っても過言ではない夏合宿の説明をする天野部長をよそに、桜貝のような優しい色に染まる理子の唇につい目が行ってしまい、宗太郎は雑念を払うのに苦労した。
そんな宗太郎の雑念をよそに、理子はすごく目を輝かせて部長の話に聞き入っている。よほど合宿が楽しみなのだろう。真剣で楽しそうな彼女もまた好ましい、そんな理子の表情を見て、宗太郎は一人破顔する。
合宿前日の説明と最終確認も終わり、天文部活動も本日は終了。理子と斉藤と3人で少しだけ合宿の準備をしてから、第二実験室を出る。同じ1年生部員の沢村はバスケ部に顔を出すと言って先に帰ってしまっており、何となく3人で帰ることになった。
斉藤には悪いけど、できれば理子と2人で帰りたかったなぁと不埒なことを考えていたら、目に飛び込んできたのは沢村とあの田中美沙との激しいキス場面。
(・・・かなり深いんですけど)
隣を歩いていた理子と斉藤の方を見ると、斉藤は口元を手で押さえ、その双眸にみるみる涙が溜まっていくではないか。斉藤は沢村に片想いしていたのだと、気が付けば---
「斉藤・・・どうした?大丈夫か?」
そう声をかけずにはいられなかった。平気じゃないのは百も承知ではあるが、零れそうな涙を必死にこらえる斉藤の姿は宗太郎の胸を打つものがあった。
宗太郎なら耐えられないだろう、仮に理子が宗太郎とは別の男と---考えるだけで頭を掻きむしりたくなる。
家に帰り、合宿の準備をしていると姉の美智子が濡れた髪を拭いながら、どこへ行くのか尋ねてくる。合宿に長野までと答えると「びしっと決められるといいね」と意味深長な笑みを浮かべて去る。
なんだろう、姉は一体何をどこまで知っているのだろうか。宗太郎は首を捻りながら、姉の姿をしばし眺めていた。
翌日からの天文部合宿は天候に恵まれた。
合宿地の野辺山は夏特有の濃く青い空が広がり、遠くには峰々の稜線が幾重にも連なる。目にも嬉しい景色に宗太郎は深く深呼吸をする。
うだるような暑さはなく、さらっと爽やかな風が宗太郎の肌を撫でる。その風は隣で何か元気のない理子の髪を揺らしている。
今夜は天体観測、そして明日は流星群の観測とメインイベントが続く。空を仰ぎながら、宗太郎は天候が持つことと、隣で歩く理子が少しでも元気になればいいなと願った。
2日目の夜---待ちに待った流星群の観測がやってきた。観測場所である公園で各々が自由に観測するというこの夜。結城先輩は部長や顧問を半ば強引に連れて行ってしまった。
そして、斉藤と沢村もまた何となく二人で観測を始めた模様である。残された理子は何度か宗太郎と目を合わせては目を逸らしてしまう。
(何か言いたいことがあるのか!?)
妙にそわそわしている理子を宗太郎は二人で流星群を見ないかと誘った。理子は何度も首を縦に振っている。期待しないようにしていたが、二人で一緒に流星群を見たかったのかと勘繰ってしまう。
2人でレジャーシートの上に寝転がり、毛布にくるまる。理子の冷えた手を取って、自分の毛布に引き入れても、理子から拒まれることはなかった。
夏の夜空は---空を滑る星々も---とても綺麗で、隣で横になる理子と一緒に眺められたことは宗太郎にとって幸せな時間であり、ある勇気をもたらしてくれた。
告白しようと決めた宗太郎の目には、澄んだ夜空を流れる天の川。心が晴れやかになった今、その景色は一層美しく見えた。
いざ、気持ちを伝えようと機会を窺うもなかなか合宿中に機会が訪れることはない。むしろ、あの流星が降る夜こそ好機であったのだ。宗太郎は己のタイミングの悪さにため息をこぼしてしまう。
宗太郎が告白する好機を見いだせず焦るうちに合宿は最終日を迎えた。
時間は残酷で刻一刻と合宿が終わり時間に近づいていく。牧場を巡る時間も帰りの時間も理子と2人きりで話す時間を設けることが出来ずに学校に到着してしまう。
(ああ、合宿も終わりだ)
しかし、恋の神様は宗太郎を見捨てなかった。
学校に到着し、合宿が終わると各自解散となったが、校門に取り残されたのはなぜか理子と宗太郎のただ二人。天野部長と結城先輩は谷川顧問と共に校舎に消え、沢村はバスケ部に顔を出すと体育館に向かった。斉藤は家族の肩が車で迎え手に来ており、早々に帰路についた。
「私たちは電車で帰りますか・・・」理子が宗太郎に声をかけてきた。千載一遇のチャンスである。宗太郎はまだ運が味方してくれていることに感謝した。
同じ電車に乗り込み、たった二駅の距離ではあったが二人で合宿の話で盛り上がる。本当はこんな話をしたいんじゃないと宗太郎は話を聞きながらも自分に叱咤する。
理子が降車する駅に到着し、理子は小さく手を振って降車する。その背中を眺めながら、宗太郎を意を決して彼女を追い降車する。
宗太郎の心臓は激しく拍動し、握る手には力が入っていた。もう一つ先の駅に住む宗太郎が自分と同じ駅で降車していたことに理子は驚いていた。それもそうだろう。
宗太郎はごくりと息をのむ。夏の虫がうるさいほど周囲で鳴いている。
宗太郎は驚いて動かない理子の手首をそっととり、彼女をとらえて逃さない。そして、思いの丈をぶつける。
「ずっと前から高宮のことが好きだった」
宗太郎の口から紡がれたのは中学2年の夏から、積み上げた恋心そのもの。飾り気のない素直な言葉を理子に告げた。きっと彼女は「宗太君」が宗太郎であることに気が付いていない。きっと彼女は宗太郎が2年近く片想いしてきたことも知らない。どうか、この想いが届きますようにと理子を見つめる。
目の前に立つ理子の頬は朱に染まり、綺麗な双眸から小さな星屑のような涙がこぼれているが、まっすぐに宗太郎の瞳を見つめる。彼女は嬉しいと言った、彼女は宗太郎の想いを受け入れた---まるで夢のようだ。
気が付けば、理子を思いっきり抱きしめていた。引き締まっているが、それでも柔らかく甘い香りがする彼女。今、宗太郎はどんな顔をしているだろうか。幸せと歓喜の渦に包まれながら、しばしの間、理子を自分の胸の中に閉じ込めていた。
この暑い夏の夜、宗太郎と理子は彼氏、彼女となった。
宗太郎の長い片想いは成就され、これから二人で新たな想いを紡いでいくことになる。
番外編、とりあえず終了です。
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