宗太郎の独白5
---君と手を繋いだのは高校1年生の花火のあがった夏の夜
梅雨空で雨が続く日々、県総体のこの日も朝から雨が降り続いていた。
女子剣道部が県総体の団体戦で優勝を飾ったその日、宗太郎は来年は男子剣道部も団体戦に出られるように頑張ろうと心に誓っていた。
宗太郎と共に五十野は個人戦にエントリーしていたが、やはり団体戦は部の仲間の絆を結ぶ大切な試合だと思う。五十野と共に来年こそは団体戦に出ようと決心したが、部員が集まるか---不安ではある。
女子部の部長である桜井京子が宗太郎と五十野に、「来年があるよ」と励ましの言葉をくれたのは女子部のマネージャーの様に彼女らを支えた2人への感謝の表れだったのかもしれない。
剣道個人戦では全国中学校剣道大会の個人戦を制した宗太郎が出場とするとあってか、大会では宗太郎に注目が集まっていた。高校に入ってからも高宮兄弟に稽古をつけてもらっていた宗太郎は技量も磨かれ、心技体ともに充実していた。そして、大方の予想通り宗太郎は順調に勝ち進み個人戦優勝の栄冠をいただいた。
高校1年生にして全国大会出場の切符を手に入れた宗太郎は女子部の練習だけでは不足であろうと、剣道部顧問の出身大学へ出稽古に出かけたり、高宮道場にお邪魔したり---なぜか理子と会えない---と剣道一色の日々を過ごしていた。
剣道漬けの毎日であった宗太郎に理子が「忙しいところ申し訳ないけれど」と話しかけてきたのは県大会が終わって2週間ほどたったある日のこと。天文部入部をするのなら、剣道部の練習が終わってからでいいから第二実験室に顔を出してほしいと声をかけてきた。
夏休み前に入部しないと天文部の活動のメインである、夏休みの合宿に行けないかもしれないと理子は気にしていたらしい。
彼女の心遣いに胸を温かくした宗太郎のその日の稽古は、短期集中とばかりに五十野を相手に一汗流すと、天文部の活動するという第二実験室に急いだ。
天文部入部はあっさりと承諾され、歓迎ムードが漂っていた。天文部員の中にはバスケ部と掛け持ちをしているという沢村拓斗もおり、何かとアドバイスを受けようと思った。が、この沢村はたぶん理子に好意を抱いていると、宗太郎の勘が働いた。
沢村をけん制するべく、なるべく剣道の稽古の傍ら天文部にも顔を出すようになった。
剣道の稽古を終えたある日、五十野に誘われて高校の近くになるファミレスに行くと、なぜか川名と宮原、そして上月と言う珍しい面子が宗太郎を出迎えた。
意味深な笑顔を浮かべる面々に嫌な予感が胸をよぎる。満面の笑みを浮かべた上月が「まぁ、座りなさいな」と自分の向かいの席に座るようにと宗太郎に指示する。
(バレバレだった・・・)
この面子、何を隠そう宗太郎の想いに気が付き、宗太郎の片想いを成就させようと集まったらしい。実に余計なお世話である。
天文部に行けない日などは理子に電話やメールをして、2人の距離を少しずつではあるが縮める努力をしているのである。外野が口出しして、この穏やかな関係を壊されたくないのが本音だ。
川名は「実は僕も少し高宮さんが気になってたんだ」と爆弾発言をしたときは頭が痛くなった。
(気が付いていたけど、無視していたんだよ川名君よ・・・)
理子に想いを寄せながらもなかなか行動に移さない宗太郎を、歯がゆく思った上月は夏休み入ってすぐにある花火大会にみんなで行こうと計画を立てていた。
この大会で頑張れと上月は宗太郎の肩を叩く。ただし・・・あくまで上月は理子の友人の立場であり、理子が宗太郎以外の人を好きになったら、宗太郎の応援はできない。と条件付きの助太刀らしい。
そんな面倒な手助けではあるが、それでも仲間が協力してくれるのもありがたい。川名に至っては、宗太郎と理子が駄目だったら、自分が高宮を支えるから安心してくれと、人のよさそうな笑顔を浮かべている。頭が痛い・・・宗太郎は頭を抱えた。
そして日は巡り、夏休みに入ってすぐの土曜日が花火大会のその日であった。
剣道部の稽古が終わり五十野と共に待ち合わせ場所に着いたが、一番乗りのようであった。五十野と何となく世間話をしているが、その五十野がどうもそわそわしているように見受けられる。
どうしたのかと宗太郎が五十野に声をかけようとしたら、川名と宮原がやって来た。そして、男どもが集まって数分もすると、上月が理子と玲子を引き連れてやって来た。
普段は制服姿の理子が浴衣を着ている・・・出会った時の藍染の胴着を身に付けていた理子を思い出し、宗太郎は思わず赤面してしまう。「可愛い・・・」まるで宗太郎の心の中を言葉にしたのではないかと言う一言を五十野がつぶやく。
彼の視線の先には布留川玲子が浴衣姿でたたずんでいる。まさに歩く姿は百合の花という形容にピッタリの姿の布留川。どうやら、五十野は布留川狙いらしい。何となく、川名の方を見ると理子の浴衣姿に目を細めている。
(あとで、川名には釘を刺さねば)
色々な屋台が出ている中、理子と布留川と五十野と宗太郎で買い出し担当の命をを受け、食べ物を物色中である。
前に歩く五十野と布留川の背を追いかけながら、宗太郎は理子と隣り合わせで歩く。浴衣で歩きにくそうな理子をエスコートするように、宗太郎はゆっくりと彼女の歩調に合わせている。
が、気が付けば隣にいたはずの理子が人波にのまれて、前に進めていないではないか。五十野には布留川と先に行っていてくれと告げると、宗太郎はすぐに理子救出に向かう。
浴衣に下駄でこの混雑では理子も歩きにくかろう、このままでは彼女とはぐれてしまうと宗太郎はとある一大決心をする。
(手を繋いじゃえばいいんだ・・・って、小学生かよ、俺)
彼女に拒否されたらひどく傷つくだろうが、男なんて臆病なんだと思いながら、そっと自分の手を差し出し、彼女に手を貸してと言う。彼女は素直に宗太郎の掌に手を乗せると、何を思ったのかクスリと微笑む。
微笑むその表情も可愛いな、なんて思いながら、理子の手を逃さないように手を繋いでしまう。そしてどさくさに紛れて、理子の頭まで撫でてしまった宗太郎は、今日一番の勇気を振り絞ったと思う。
理子もようやく己の状況が把握できたのか、いきなり頬を染めて俯いてしまった。
なんとなくお互いに目を合わせては照れてしまい、会話もないまま歩いていると、突然彼女の足が止まり、とある一点を見つめて固まっている。彼女の視線の先には推定年齢は同年、だぼっとしたジャージを着こなす3人の男子。
彼らは理子を見つけると「くまこ」とからかい始めた。往来でこのやり取りは目立つ、理子はこの状況を望まないだろうと判断し、宗太郎は理子と3人の男子を往来から外れたところに誘導する。
何故、彼らはどこまで理子をからかい、貶めるつもりなのだろうか。理子は黙って彼らの口汚い言葉を聞いている。
宗太郎は猛然と腹が立ってきた。彼らが何かされたわけではない、むしろ何もしなかったのだ---クラスメイトの女子がセクハラされていても。そのうえ、か弱いと思っていた理子のような女子生徒がヒーロー然と現れたら、立つ瀬もなかっただろう。
中学時代にその鬱屈した気持ちをぶつけてしまったのは幼さ故だろうが、いまでもそれを理子にぶつけるとは許しがたい所業である。
宗太郎は理子を自分の背にかばうようにして立つと、3人のジャージ男たちに冷静に対応する。結局、彼らは理子と宗太郎が望むような反応を見せなかったためか、さっさと去っていった。
ジャージ男にすっかり時間を取られ、買い出しを忘れていた宗太郎は急いで五十野に電話をかける。買い出しを頼むということと、細かい事情は後にしてこのまま理子と2人で花火を見ると告げると、五十野は「頑張れよ」と励ましの言葉を残して、電話を切った。
とりあえず、理子の手を引き、腰を掛けられそうな石垣を見つけて、持っていたタオルを敷いて理子に腰を掛けるように促す。彼女を一人残すのもどうかと思ったが、上月はじめ宮原や川名にも連絡しなくてはと、少し彼女から離れたところで電話を入れる。
みんなとは合流しないで、理子と花火を楽しむからと告げると三者三様の返事が返ってきたが、共通するのは「頑張れよ」だった。
そのあと、待たせているお詫びにとかき氷を二つ買うと、足早に理子の元へ戻る。夏の夜空を見上げる彼女のまなざしはまっすぐで、思わず見惚れてしまう。
両手に盛ったかき氷の冷たさで我に返ると、宗太郎は彼女の隣に腰を下ろして、青く色づいたかき氷を理子に手渡した。
空に上がる花火を無邪気に楽しむ理子の横顔につい目が行ってしまう宗太郎。きっと彼女は宗太郎の気持ちなんて、ほんの少しも勘付いていないのだろう。
なんとなくそれが悔しくて、理子が石垣の上に乗せている手の上にそっと自分の手を乗せる。
(俺の気持ちに少しは気が付け!)
花火を楽しんでいた理子が手を重ねられた瞬間に宗太郎の方を振り返る。花火に照らされたせいなのか、宗太郎の手が自分の手に重ねられたせいなのかわからないが・・・頬を染めた理子は照れたように目を逸らして、また花火に目をやる。
---そして、重ねたその手を払われることはなかった。
宗太郎の独白はもう少しだけ続きます。
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