昼休み
世の中とはとかく不条理である。
天は二物を与えずなんて言うけれど、二物どころか四物くらい与えられていると思われる人間もいる。
例えば、それは理子の隣に座って、彩り鮮やかな弁当を食べる上月梓。
彼女は明るく、理子やその他大勢の人間をまるで太陽のように照らし、その容姿たるや一顧傾城、咲き乱れる花も霞むほどだ。
そして理子の向かいで静かに弁当を食べているのは布留川玲子。楚々とした美しさたるや、まるで月から遣わされた「なよたけのかぐや姫」。切れ長の涼しげな眼もとにふっくらとした薄紅の唇---梓が太陽なら、玲子は月。
更に言うなれば、二人とも頭脳明晰、成績は常に上位である。
こんな二人に囲まれたなら、その不条理を喜ぶか嘆くかは本人次第である。
---話が脱線した。
今、理子の目の前にある不条理は瀬能宗太郎のブレザーである。
瀬能と日直を任されたその日、彼は理子に雨よけと称して己のブレザーを理子の肩にかけるという、とんでもない紳士的な行いをやってのけた。
困ったのはそれから。大雨だったために、彼のブレザーはびしょ濡れ。そのまま返すわけにいかなくなったのだ。
瀬能に返すために、クリーニングに出したまではよかったが、返すタイミングが見つからずに時は過ぎてゆく。この日も一限から返すタイミングを見計らっていたものの、結局昼休みまでずるずると返せずにいた。
「ありがとうって返せばいいんだよ、理子は考えすぎ!朝からずっとその紙袋のこと気にしてたもんね」
普通に返せばいいのだと、ブレザーの入った紙袋を見て、上月梓は笑って言う。
(---普通って何!?)
そもそも、あまり人づきあいが上手ではないうえ、人見知りな理子にはハードルが高すぎる。梓や玲子の様に仲良くなってしまえば、梓の言う「普通」はできる。
「理子ちゃんは人見知りだから、タイミングが計れないっていうの分かるわ」
「ああ・・・玲子ちゃん---さすが人見知り仲間!」
玲子の手を思わず取って、理子は玲子と握手する。
そう完璧だと思われる玲子は極度の人見知りだった。そんな玲子と気が合ったのがやはり人見知りの理子。そして、そんな二人の「人見知り」という壁をぶち壊して、仲良くなったのが上月梓である。
「代わりに返してあげたいけど、そういうのは本人にきちんとお礼を言わないとね。ま、この時期ブレザーが必要じゃないとはいえ、長い間返さないのも問題だよ」
梓が理子に正論を投げかける。
「分かっているんだけどね。はぁ、なんて厄介なブレザーなんだ」
「お、噂をすれば瀬能だよ」
梓の視線の先には友達と戯れる瀬能の姿。彼はいつでもたくさんの人に囲まれている。瀬能もまた恵まれた人間だ。
容姿端麗、頭脳明晰と来ている。さらにとびぬけた運動能力の持ち主となれば、女子が黙っているわけもない。
理子の席の前に座る瀬能は友達を引き連れて、自席に戻ってくる。
「今がチャンスだよ。ほら、返しちゃいなよ」
梓が小声で理子の背中を押す。
(そう、梓も玲子ちゃんもいる今がチャンス)
返すタイミングがなかったブレザーをようやく瀬能に返すことができる。自分の席について、友達と話している瀬能にどう話しかけようかと、背中を見守っていたら、瀬能がクルリと振り向いた。
「俺に何か用?」
理子に向って眩しい笑顔をふりまきながら、瀬能が声をかけてきた。
突然話しかけられたことに心の準備が出来ていない理子は一瞬言葉を飲み込んでしまう。
「あ、うん。いや・・・これ・・・ありがとう」
片言になりながらも、ブレザーの入った紙袋を理子は瀬能につきだした。
「もしかして、クリーニング出してくれた?そんなつもりなかったのに、悪かったな。あれ?これは?」
お礼にと紙袋に入れていた、お菓子の包みを瀬能が持ち上げる。
「それは、お礼。口に合わないようなら、家族の方にでも・・・」
「おお、もしや手作りのお菓子とか?」
「い、一応ね。でも、おかきだよ。」
もっと可愛いお菓子を作れればよかったのだろうが、理子の得意なお菓子は「おかき」。甘いものが苦手な兄たちも「おかき」なら食べる。瀬能が甘いもの苦手だったらと気になって、お礼に「おかき」を作ったのだ。
「えっ!?おかきって作れるの?」
傍で見ていた梓が興味をひかれたのか、瀬能が手にするおかきに視線を送りながら、理子に尋ねる。
「うん、切り餅があれば」
「私も食べたい!!瀬能、早くそれ開けてー、おすそ分けしてー」
「は!?これは俺の。上月にやる分はない」
「瀬能のケチ!少しくらいいいじゃない」
梓と瀬能がなにやら「おかき」でじゃれ始めたので、理子はそっと身を引いて、玲子の方に一つ頷いた。
(やっと、返せた・・・)
「よかったね」
玲子が理子に向かって優しく微笑みかける。
「うん、よかった。胸のつかえがとれた・・・」
「ふふ。瀬能君って優しいんだね。普通、ブレザーを女子の肩にかけるとかしないよね」
玲子が意味ありげな笑みを浮かべて、梓と楽しそうに話している瀬能に視線を送る。
「そうだよね。私もまさかブレザーを借りることになるとは思わなかったよ、そして返却にこんなに手こずるとは」
苦笑する理子は食べかけていたお弁当を頬張る。玲子は理子の苦笑を受けて、一緒に微笑む。
微笑む玲子は本当に儚く美しい。実は何人かの男子が彼女を盗み見ているのを理子は目の端で確認している。理子も思わず見とれていると、背中に衝撃が走る。梓が理子の背中をバシッと叩いてきた。
口の中に入っていたお弁当を吹き出しそうになるのを何とかこらえる。
「ねぇねぇ。理子!玲子!今度の土曜日は暇?」
玲子は午前中はお茶のお稽古が済んだら問題ないと答えている。「理子は?」と梓。
「暇だよ、何かあるの?」
「うん、なんかね・・・クラス全員でテーマパークに行こうって話が出てるんだって。でも、玲子が午前中駄目なら別の提案してみるわ」
「テーマパーク?」
理子と玲子の声がハモる。
「うん、なんか瀬能たちと田中さん達が発起人でクラスの親睦を図るため、みんなでどこかに行こうってさ。うちら入学してから3か月---そういうイベントがなかったから」
「・・・面倒。土曜日はゆっくりしたいわ」
玲子は冷めた様子でつぶやいている。
「出来ればクラス全員でだってさー。ま、いい機会じゃない?最終的には理子と玲子と遊ぶことになりそうだし」
梓の言う通り、間違いなく3人で遊ぶことになりそうである。
「クラス全員って人見知りには高い壁だけど・・・私も梓と玲子ちゃんとで遊びたい」
「んー、わかった。お茶のお稽古、どこかに振り替える。だから、土曜日大丈夫ってことで」
少し頬を染めて玲子は手帳をめくり始める。理子と梓は目を合わせて、笑いあった。
「じゃ、瀬能に返事してくるわ」
梓が瀬能たちが盛り上がっている輪の中に入っていく。そして、梓が一言二言話すと瀬能たちの輪にいた全員が理子と玲子の方を振り返る。
(---な、なに!?)
理子は全員にとりあえず頭を小さく下げる。小さくガッツポーズしている男子が見えた。きっと、玲子が来るのがうれしいに違いない。横に座っている玲子を見れば、どこ吹く風。まったく気が付いていない様子である。
(きっといろんな思惑があるんだろうなぁ)
結局、クラスの親睦会の詳細については放課後にみんなに知らせるので、少しだけ放課後残ってほしいということになった。
窓の外はどんよりとした曇り空。みんなの思惑がどこに向いているのか全く分からない。クラスの親睦会どうなるのか、期待と不安で理子は小さくため息をついた。
今日の天気予報は一日中曇り。予報は的中。
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