宗太郎の独白3
---彼女と会話を交わせたのは高校1年の5月のこと
高校の入学式、まっさらな制服に身を包み新鮮な気持ちで自転車を漕ぐ。春の風が宗太郎の頬を撫で、優しい気持ちを運んでくれる。
残念ながら桜はすでにその花弁をおとし、小さな葉の若芽が枝のあちこちにその顔をのぞかせていた。
自分たちは若芽そのものだ、新しい希望に満ちた高校生活に期待に胸を膨らませる宗太郎。
昇降口前に張り出されたクラス分けの掲示を見つけると、天にも祈るような気持ちで掲示物を確認する。彼女が一緒かどうかで、高校生活は変わるのだ。
自分の名前を見つけてから、彼女の名前も同じクラス内にないか探す---神はいた---小さくガッツポーズをすると、隣に立つ見知らぬ男子生徒がそんな宗太郎の様子を見て小さく笑った。
「もしかして、瀬能宗太郎?」
初対面でフルネームを敬称もつけずに呼び捨てされ、なんて失礼なやつだと一瞥すると、その男子生徒が「剣道の瀬能君だよね」と確認された。
宗太郎が「そうだ」うなずくと、彼は五十野巧と名乗った。なんでも、中学時代は剣道部所属で宗太郎とも一度だけ市の大会で対戦したことがあるという。
残念ながら対峙した記憶がなかったが、五十野は宗太郎に完膚なきまでに叩きのめされたとツンツンとせっかく立てた髪の毛をガシガシ掻きながら思い出深そうに話していた。
同じクラスであることも告げられ、なんとなく一緒に教室に向かうことになった。五十野と言う男はやたらと人懐っこい笑顔を浮かべる。話しているうちに意気投合した宗太郎と五十野は、唯一無二の親友関係を生涯結ぶことになる。
入学式はつつがなく終了し、出席番号順に着席する。そこで宗太郎は神様に本日二度目の感謝をすることになる。
宗太郎の後ろの机の上には「高宮理子」と書かれた白い紙が貼られている。一生分の運気を使ってしまったのではないかと言うほどの僥倖。宗太郎は着席するや否や、背中に全神経を集中させる。
理子が静かに着席する気配がして、宗太郎は背筋を思わず伸ばしてしまった。後ろの理子の様子が気になり、この日一日、あっという間に終わってしまった。
それから、席が前後するという幸運に恵まれたのにもかかわらず、宗太郎と理子は朝と帰りの挨拶くらいしか言葉を交わすことはなかった。
もどかしいがこればかりは仕方がない、宗太郎は小さくため息をつく。話すきっかけが欲しいが何を話していいのか分からない。
何よりも哀しいのが、たぶん理子は宗太郎のことを亥太郎の孫の「宗太」だと気が付いていないことだ。五厘刈りの髪の毛はすっかり伸びて前髪もできてしまっている、身長も出会ったときから15センチ以上伸びている。
見た目は別人と化したがなんとなく気が付いてほしいのは、気持ちが欲張りになっているからだろうか。
理子との関係は全く変わる気配がなかった。
4月の初めのうちは独りで静かにしていた理子に上月と布留川という友達が出来たようで、理子の席に2人が来ては楽しそうに話すようになった。大変申し訳ないとは思ったが宗太郎は3人の話に聞き耳を立てては理子の近況を知る手だてとしていた。
(変態だよな・・・俺)
胸は痛んだが、背に腹は代えられぬ。理子と他愛ない話が出来る上月と布留川を心底うらやましく思ったのは仕方のないことだと、宗太郎は自分に言い聞かせた。
一方、宗太郎が弱小剣道部に入部して1ヶ月。女子剣道部は県下でも強豪校として名高いのだが、男子剣道部の存在は風前の灯であった。男子部員は宗太郎と五十野を含めて4名であったが、うち2名の2年生部員は幽霊部員と化しており、部として体をなしていない。団体戦に出られずに個人戦で頑張るしかない状況に、宗太郎はがっくりと肩を落とす。
男子剣道部の行く末も気になりながら、理子とのことも思うとおりにいかず、宗太郎は腐りかけていた。
見た目が爽やかで無駄にカッコイイから腐っているのに気がつかなかったと五十野からは変なコメントをいただいた。慰めが欲しかったのに・・・と、思うほど宗太郎は腐りかけていた。
数年後、このころの愁いを帯びた宗太郎が女子生徒に人気だったと五十野が笑い話をしたのは余談である。
腐りつつある宗太郎に好機が訪れたのは5月に入って間もなくのこと。
理子と一緒に日直という素晴らしい役目を与えられることになった。運気はまだ尽きていないのだと、宗太郎は小躍りしたくなった。いや、していたかもしれない。
家に帰って「日直万歳」と食卓で呟いていたら、姉の美智子に「頭、大丈夫?」と心配された。嬉しすぎて大丈夫じゃないかもしれないと思ったが、姉に激しく突っ込まれそうな予感がして口には出さずにいた。
日直となったその日、テレビから流れてくる天気予報でにわか雨の予報を報じていた。宗太郎がちらりと窓の外を見やるが、雲ひとつない五月晴れ。
宗太郎は長い傘を持って行けというお天気おねえさんを無視した。
お天気おねえさんの呪いなのか、宗太郎の幸運はその掌からすり抜けていった。理子に嫌われたと宗太郎がひどく落ち込んだのはこの日直の日。
隣のクラスの名も知らぬ女子生徒から呼び出しを受けたのは放課後の清掃時のこと。日直の仕事があるから、お断りしたかったが「必ず新校舎裏に来てほしい、宗太郎が来るまでずっと待っている」と言われてしまったら、行くしかあるまい。
少しだけ席を外すと理子に声をかけたかったが、理子が不在にしていたため、宗太郎はやむをえず新校舎裏に急ぐことにした。
校舎裏で待っていた名も知らぬ女子生徒に告白されたので、丁重にお断りしたら泣かれた。
どさくさに紛れて宗太郎の胸に飛び込んで泣いた女子生徒を振り切り、教室に戻ると黒いオーラを纏った理子が学級日誌を淡々と記入していた。
真面目に謝るか、軽く登場するか悩んだ宗太郎は後者を選んだ。真面目に謝ると、告白されたことを話さねばならず、隣のクラスの名もなき女子生徒の矜持を傷つけるかもしれない。
無残に散ったとはいえ、告白をした彼女は勇者である。宗太郎はへらへら笑いながら、理子に近づいた。ほぼ2年ぶりに会話を交わしたが到底喜べるような会話ではない。
(二択だったのに失敗した…)
楽しく友達のような会話を交わすことなく嫌われたと宗太郎は絶望の淵に立たされた。が、宗太郎は言い訳をするつもりは毛頭なかった。
理子はその軽い感じの宗太郎に甚く立腹し、そして宗太郎は叱られた。素直に謝ると、素直な理子は宗太郎の謝罪をすぐに受け入れた。しかし、彼女の態度は軟化せず、表情は硬いまま。
日誌を片手に宗太郎を置いて職員室に消えた理子を宗太郎は昇降口で待つ。外は土砂降りで、傘をさしても意味がなさそうである。
昇降口にやってきた理子を笑顔で迎えると、「なんで待っているのか」と理子が宗太郎に尋ねる。待っていたかったからに決まっているではないか、それになんとなくこんな雨の中を一人で返したくなかったのが宗太郎の本心でもあった。
理子に背中を押されて帰ることになったが、「男子の背中だね」とつぶやかれ、宗太郎は耳の先まで赤く染まることになった。彼女に触れられた背中が暖かくなった。
理子の方が濡れないようにと自分のブレザーを肩にかけてやると、理子はびっくりして宗太郎にブレザーを返そうと追いかけてきた。追いかけられるのも悪くないなと宗太郎はひそかに笑みをこぼした。
宗太郎の独白が続きます。最後まで読んでくださってありがとうございます
誤字・脱字に気が付かれたらご連絡ください。




