宗太郎の独白2
---彼女と再会したのは中学3年の最後の春
宗太郎は亥太郎に連れられてしばしば高宮道場に通うことになったが、理子と会えることはなく、いつも高宮兄弟の兄か弟にしごかれていた。
おかげで宗太郎は中学3年の夏、剣道団体戦で準決勝まで進み、個人では全国制覇を成し遂げることとなったのはまた別の話。
中学も3年の夏が終わると受験に向けて、勉強に本腰を入れるようになり、高宮道場に通う回数もめっきり減ることになった。宗太郎は遅ればせながら塾に通うことになり、そこで理子と同じ中学に通う生徒から理子の近況を聞き出すことができた。
聞いた話では、彼女は今、大変な窮地に立たされていると聞いた、なんでも友人をセクハラから守るために、理子がヒグマと呼ばれるセクハラ体育教師を投げ飛ばしたという。
きっと古武術の美しい投げ技を決めたのだろうが、可憐な---宗太郎目線ではあるが---中学生の女子生徒に投げられる体育教師の報復を考えると、理子のつらい立場を想像するのは難くない。
事実、一部の教師からは倦厭され、男子生徒からもからかわれたりしていて、理子はふさぎ込んでいるらしい。
そんな話を聞いた宗太郎は居ても立ってもいられずにこっそりと高宮道場を訪問した。
宗太郎が高宮道場を尋ねると、高宮兄弟の弟である和臣が対応してくれた。宗太郎の久々の訪問に和臣は快く家に招き入れてくれた。
理子の現状を聞いてみると、倦厭している教師の鼻を明かしてやると、県下随一の進学率を誇る県立高校合格を目指して勉強の虫と化しているらしい。さらに、人懐こかった性格が一転、人間不信の塊になってしまったと和臣は嘆いている。
理子に会わせてもらえないかと、和臣に遠まわしにお願いをしてみたが、今は彼女を刺激したくないとやんわりとではあるが、固辞された。
初めて出会った夏の日の彼女の笑顔が見たい---
宗太郎もまた理子が目指す高校に進学しようと心に決めた。もともと成績が良かったし、理子と同じ高校を受けるに当たり模試でもA判定をもらっていた、が、油断は禁物である。死角がないように、宗太郎もまた勉強に没頭した。
理子のことが気になり、塾でたまに彼女のことを尋ねたが、状況はあまり良くないようで彼女は全く笑わなくなったと聞いた。そして、一握りの人間以外と接することもしなくなったという。
それもこれも、理子に対する誹謗中傷が渦巻いているのにもかかわらず、教師が何の手も打たないからだと宗太郎に情報を流してくれていた生徒が口にしていた。
宗太郎は理子の周りにいるだらしない教師と生徒に憤りを覚えた。唯一の救いは理子を味方する人間が何人かいることである。そして高宮家の人々は皆理子を愛していた。
(俺が傍にいられたら・・・)
何ができるか、できることは限られているけれど哀しい思いはさせないし、ずっと味方でいることはできる。宗太郎は理子に会えないこと、傍にいられないことを歯がゆく思っていた。
木枯らしが枯葉を巻き上げる季節が到来し、宗太郎の受験勉強も佳境に入ってきた。体がなまらないようにと、毎朝、庭先にて竹刀を振る。吐く息が白く、冷たくぴんと張った空気に溶けていく。
目を閉じるとあの夏に出会った理子の純朴な笑顔が浮かんでくる。宗太郎の背中を「雑念が多い」と祖父に力いっぱい叩かれるのも毎朝の日課になっていた。
瞬く間に時は過ぎ、暦の上では春を迎えていた。受験日当日は理子と会えないかと胸を高鳴らせていたが見つけることもかなわず、本当に受験したのか心配になり受験が終わったという報告とともに理子のことを聞きたくて、高宮道場を訪れた。
理子の祖父である誠と高宮家の次兄である和臣が宗太郎を歓待してくれた。
宗太郎が恐る恐る、彼女が宗太郎と同じ高校を受験したのか確認すると、人の悪そうな笑みを浮かべた和臣が「何でそんなことが気になるんだ」と質問を質問で返してきて、宗太郎の欲しい回答が得られない。
もどかしい思いでいる宗太郎をからかう和臣。それを見かねた誠が和臣を一喝すると、和臣は理子がきちんと受験し、さらには手ごたえ十分だったと家族に報告していたことまで教えてくれた。
(同じ高校を受験していた!)
浮き立つ気持ちで高宮道場をあとにし、宗太郎はスキップしたい衝動を抑えながら帰宅する。家に帰ってもニヤつく宗太郎は姉の美智子に「ニヤついて、気味が悪い」と突っ込まれたが、柳に風と受け流すのであった。
合格発表の当日、自己採点でも問題なく合格レベルに達していたがやはり緊張するものだと、宗太郎は合格掲示板の前に佇んだ。隣に立つ同じ中学の友人は不合格だったようで「やっぱり駄目だったか」と自嘲気味に笑っている。
宗太郎は自分の受験番号を見つけると心の中で万歳三唱をした。隣には不合格だった友人---合格した自分が不合格の友人にどう声をかけていいか分からず---慰められてもつらかろうと---自分の喜びを抑えて宗太郎は無言で友人の肩に手を置いた、その友人の肩越しに見えるのは間違いなく理子その人の姿。
理子と一緒に合格発表を観に来ているのであろう友人と笑顔で抱き合っているのを見ると、彼女とその友人は合格したのだろうと容易に想像できた。
1年半ぶりに目にした理子はその瞳に影を帯びて、短かった髪の毛は鎖骨にかかるくらいに伸びており、元気いっぱいでかわいらしい彼女の印象とは異なっていた。
理子の姿を目にして、宗太郎の胸がときめいた。同じ高校での新しい生活に理子がいる。急に未来が色づいたように、宗太郎は思えて心の中でガッツポーズを決めた・・・が表情が緩んでいたようで、一緒に合格発表に来ていた友人に不審な顔をされたのは言うまでもない。
受験が終わり、卒業式を残すのみとなった宗太郎は高宮道場に足繁く通うこととなった。これは祖父の亥太郎が宗太郎をお供に高宮道場に通っては、祖父の好敵手である---と勝手に亥太郎が宣言しているだけだが---誠と碁での勝負を挑むためであった。
宗太郎は高宮兄弟の兄か弟にしごかれることが多かったが、それでもなまった体を鍛え直すには非常にありがたいしごきであった。
たまに3人の少年に手ほどきをする理子の姿が見られることになったため、宗太郎はひそかに祖父に感謝していたが、祖父に礼を言うことはない。
とうとう中学の卒業式の日を迎えた。部活の後輩たちに涙で見送られ、なぜか女子に学ランの第二ボタンをねだられたので、なにも思わず渡すと何人かの女子に他のボタンでいいから欲しいと迫られて、学ランのボタンがすべて消失することになった。
もてる男は---などと言われたが、自分がもてたいのはただ一人だったので友人たちに囃したてられても、宗太郎は笑ってやり過ごすだけだった。
中にはワイシャツの第二ボタンをくれというものもあらわれたが、それは丁重にお断りした。
無事に卒業式が済むと、いったん家に帰り、無事に卒業したお礼とまだ報告していなかった高校の合格の報告を持って、宗太郎は高宮道場に向かった。
亥太郎と同様にベルを3度鳴らして、門の木戸をくぐる。高宮道場では練習生や門下生が道場に練習に来た時に玄関のベルを3度鳴らす決まりがあった。
すっかり高宮道場に慣れた宗太郎は道場に向かって迷いなく歩を進める。
はじめてきたときは亥太郎がベルを鳴らして勝手に道場に向かった様を見て、あわてたことを思い出して自然と笑みがこぼれる。
道場の入り口に手をかけて、道場内を覗くとそこには理子の姿があった。広い道場にたった一人で正座をして黙想する理子の姿は凛としており、周りの空気が清廉としているように見える。
彼女もまた中学卒業を迎えたはずだ。理子にとってきっと楽しいだけじゃない中学時代だったはずだ。
高校生活は楽しくなるといいなと入口で理子をそっと見守る宗太郎。
それを妙な緊張感をはらんだ高宮兄弟が宗太郎の様子をそっと窺っていたのを、宗太郎は幸運にも知らずにいた。
番外編の宗太郎編を読んでいただきありがとうございます。
時間がない中で書いているため、誤字・脱字が目立つかもしれません。
気を付けてはいますが、気が付かれた方はご一報ください。




