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通り雨  作者: 竹本 周子
宗太郎の独白(番外編)
16/21

宗太郎の独白1

 ---恋に落ちたのは中学2年の夏


 その日も蝉しぐれが激しく、毎日35度を超える猛暑日が続いていた。防具一式を担いで歩く道の先には陽炎が揺らめき、宗太郎のこめかみからは汗が滴る。

 首から下げているタオルは汗を吸い込んでは蒸発していく。宗太郎は一つため息をついて、空を仰げば容赦ない夏の日差しが宗太郎と彼の前を歩く祖父を照りつける。五厘刈りの宗太郎にとってこの夏の日差しはきついものがある。


 祖父が好敵手の道場に行くと言い出したのはこの日の早朝のこと。宗太郎の母方の祖父である、東原ひがしはら亥太郎いたろうは往年の剣道の好敵手ライバルである高宮誠の営む道場に行くと言って聞かず、困り果てた宗太郎の母が祖父のおともをせよと白羽の矢を立てたのが宗太郎であった。


 高宮道場と言えば隣町で剣道場を営む傍ら、戦国時代から伝わる---宗太郎は眉唾ものだと思っているが---という古武道を今も大切に受け継いでいると聞く。

 更に高宮道場の高宮兄弟と言えば、剣道に携わる者で聞いたことのないものはいないと言うほど有名人であった。


(お供するなんて言わなければよかった・・・)

 連日の猛暑をなめていた、10歩も歩けば汗がしたたり落ちてくる。

母の懇願に折れた宗太郎は後悔を胸に、祖父亥太郎と共に徒歩30分もかけて高宮道場を目指していた。バスに乗ろうと宗太郎は祖父に提案したが、足腰が弱くなると言って歩くことを譲らない祖父。

 口癖は「江戸時代の人間は移動手段は足だった」といい、とにかく公共機関の使用をとことん嫌がる祖父は80歳を前にして、背筋は天に向かって真っすぐと伸び、その足取りはしっかりと大地を踏みしめていた。


 祖父と共に歩くこと30分強。ようやくついた高宮家はまるで時代に取り残されたような、荘厳な門構えの邸宅であった。重厚な木戸の横に人が通れる小さな門が備え付けられており、その横にカメラ付きのインターフォンが設置されていた。

 手慣れた様子で祖父の亥太郎がインターフォンのベルボタンを3回押すと返答もないのに門を開けて中に入ってしまう。

 宗太郎は祖父をとがめるが、片手をひらひらとふって「構わん」とつぶやくと祖父は迷いなく歩を進める。祖父が向かった先は明らかに道場だとわかる木造の建物である。


「おいー、じじい。お前のライバル、亥太郎が参ったぞ」

 道場の入り口の前に立つと、突然祖父の亥太郎が腹に力を入れて、齢80とは思えない大音声で名乗りを上げている。自分が爺であることを棚に上げて、人様を爺呼ばわりする亥太郎に対して、宗太郎は頭を抱えたくなる。人の家に無断で入り込み、さらには失礼な言葉で家の主を大声を張り上げて呼んでいるのである。


 亥太郎の声に道場の入り口からひょっこりと顔を出した人物がいた。烏の濡れ羽色の髪は短く、前髪がさらりと流れている。黒くつぶらな瞳はキラキラと太陽を反射しているのか輝いて見える。

「亥太郎おじいちゃん、いらっしゃい!あれお連れさんとは珍しいですね!そちらは??」

 そう言葉を紡ぐ少女の唇はほんのりと桜色に染まり、その頤はすっきりとしている。夏とは思えない白い肌は運動していたせいか紅潮している。

「こっちは儂の孫。宗太と呼んでやってくれ」

 適当に紹介されて、宗太郎は気を付けをして、折り目正しく立ち礼をした。

「祖父がいつもお世話になっております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。」

「いいえ、こちらこそお世話になっています。宗太君・・・よろしくお願いします。私は高宮理子です。あ、どうぞ、道場にお入りください」

 白い歯を見せて、優しく微笑む理子に見惚れた宗太郎は亥太郎に小突かれて我に返る。藍染の胴着を着る高宮理子と名乗った少女は背筋がまっすぐに伸びた立ち姿の綺麗な少女であった。


 道場の中に通されると上座にすでに椅子が用意されており、慣れたように祖父は用意された椅子に腰を掛けた。

 宗太郎も竹刀と防具袋を道場の隅へ置かせてもらい、祖父の横に正座する。

 道場は広く、門下生と思われる少年3人が畳を何畳か並べている。目を閉じれば、蝉の声と風が木々を揺らす音が辺りを包みこんでいる・・・自然、宗太郎は黙とうをし心を鎮めた。


「どうぞ召し上がってください、冷たいお茶です。すぐに、祖父も来ますのでお待ちください」

 声をかけられて、宗太郎は閉じていた眼を開く。理子がお盆の上から麦茶を入れたグラスを亥太郎と宗太郎の手に渡してくれた。宗太郎の手と理子の手がほんの少しだけ触れた時に宗太郎の心臓が跳ねた。

 理子も手が触れたことに恥ずかしさと照れが生じたのかほんのりと頬を染めながら、ごめんなさいと小さく頭を下げた。

 麦茶の入ったガラスポットをお盆の上に置いて、お代わりしてくださいと告げると理子は少年3人の方へ小さくかけていく。

 そして何やら少年たちに指示をだし畳を10畳ほど並べていた。


 その後、高宮道場の主であり、高宮理子の祖父である高宮誠が顔を出すと、亥太郎と剣道談義を始めた。宗太郎は手持無沙汰となり、何となく理子たちの方を観察し始める。

 まずは畳の上で柔軟体操と準備運動をし、受け身の練習を始めている。理子がまずはお手本となり、そのあとに少年3人が理子に続いて受け身を取る。

 理子は実に丁寧に少年たちを手取り足取り指導している。少年たちは理子に褒められると頬を染めて、さらに頑張りを見せるのである。

 優しく指導する理子は時に真剣なまなざしを、時に優しい頬笑みを見せながら少年たちと鍛錬に励んでいた。


「うちの妹に惚れるなよ」

 そう釘を刺したのは高宮兄弟の兄である優一であった。満面の笑みを浮かべながらも優一の目は笑っていない。

 突然、耳元に声をかけられた宗太郎は背筋を伸ばして硬直する。麦茶の入ったグラスの氷がからりと音を立てる。まったく気配を感じないほど、夢中になって理子たちを目で追っていたことを宗太郎は恥じた。

 そして、惚れるなよと言う一言を聞いて、宗太郎は自分が理子に一目ぼれしたことを本能的に悟った。余談ではあるが、優一は自分の吐いたこの言葉を後々まで後悔することとなる。


 その後、高宮兄弟に指導を受けた宗太郎は猛烈な指導を受けることとなったのは言うまでもない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。宗太郎の気持ちを書いてみました


誤字・脱字がありましたらご連絡ください。

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