合宿3日目
合宿3日目。
明け方までの流星群観測を終えた天文部の面々は、流星群の予想以上の素晴らしさに興奮冷めやらぬ様子でお世話になっている民宿まで戻ってきた。が、美野里だけはどこか表情が固いように見える。
天野部長が民宿を営むご夫妻が用意してくれた風呂に感謝しながら、入浴後に仮眠をとって、昼過ぎからは今夜の星空観察と撮影会の準備をすると日程について部員に説明している。谷川顧問は寝ぼけ眼をこすりながら、時折舟をこいでいた。谷川曰く「年寄りに夜明かしはきつい」とこぼしていた。そんな谷川のボヤキは天文部員の笑いを一身に浴びていたが、美野里だけはどこか上の空でいた。
朝食を終えて、部屋に戻って入浴の準備をしていると、存在感がまるでない美野里もまた入浴準備のために鞄の中を整理していた。
「美野里ちゃん?大丈夫?」
美野里がまるで蜻蛉のように存在感が希薄だったため、思わず理子は声をかける。昨日の流星観察の時に沢村に告白したのかどうか、美野里の意気消沈の様子から今まで聞けずにいる。
「大丈夫じゃないと思う。けど、喋ると涙が出ちゃう」
そういうと美野里の双眸から堰を切ったように涙があふれ出す。
「とりあえず、お風呂に行こうか・・・」
天野部長が部屋に戻ってくる前に美野里と共にお風呂に向かうことにした理子は、片手に美野里のお風呂道具を持ち、もう片方の手で美野里を支える。
風呂場に到着すると朝の陽光が湯気に反射していて、とても鳥のさえずりが聞こえてくる。美野里はのろのろと体を流している。理子もまた疲れと眠気を流すように、体を清める。
桧で造られた浴槽は滾々とお湯をたたえている。その浴槽に美野里と理子は体を沈めると、とつとつと美野里が昨夜の出来事を語りだした。
結城や理子のおかげで何となくの流れで、沢村と一緒に流星を見られることに心が弾んだ美野里は星空をカメラに収めるべく準備をし、天体ショーを楽しんでいられたそうだ。
流星が流れては消えるのを何度か数えた後、美野里は意を決して自分の想いを口にした。沢村は美野里に対して「好きな人がいるから、気持ちは受け取れない」と真摯に、しかし、きっぱりと断られたそうだ。
美野里は合宿前に見た光景を沢村に告げて、「田中美沙が好きなのか?それとも中学時代に付き合っていた彼女と今も続いているのか」と聞かなくていい事まで聞いてしまったことに後悔した。美野里の意表をついた質問に目を丸くしていたが、沢村の意中の人は田中美沙でも中学時代の彼女でもないと断言されたらしい。
「私ね、沢村君が好きな人が、たぶんだけど分かった気がするんだ。自慢じゃないけどずっと見ていたし」
美野里はぽつりと呟く。天井から落ちる雫が水面に波紋を作る。
「そっか」
美野里にかける言葉が見つからずに沈黙する理子と、隣で静かに座り水面を見つめる美野里。ただ、そこには静寂が漂っていた。
「お二人さん、いい湯加減ですか?」
天野部長ががらりと引き戸を開けて、風呂場に入ってくる。
「はい、気持ちいいですよ。あったまります」
「そう、よかった。ここは温泉引いているらしいから、心身ともに癒されるよ」
理子に向けて片目を瞑ると、部長は体を清め始めた。
「ねぇ、斉藤・・・大丈夫?」
理子たちに背中を向けていた天野部長が不意に言葉をかける。
「えっ?」
美野里は部長の言葉に目を見張る。
「んー。女の勘だけど、沢村となんかあったかなって」
天野部長は爆弾発言をしながらも、何事もないように体を流して浴槽にその身を沈めた。
「言いたくなかったりしたら、言わなくていいし。言ってすっきりするなら、お風呂場で全部流しちゃわない?」
持っていた手拭いを自らの頭に乗せると天野部長は肩までお湯につかっている。部長の気遣いに美野里は声が潤んでいる。
「部長、女の勘鋭すぎです・・・私、フラれちゃいました」
美野里は口にするや否や、涙に咽びはじめた。
「そうかぁ。頑張ったじゃない。今は辛いだろうけど、いつか『時薬』が効いてくるから」
よしよしと天野部長は美野里の濡れた頭を撫でてやっている。
「今日はさ、女3人で星空撮影会にしよう。ね、昼間は高宮にでも甘えちゃいなさい」
天野部長はそれ以上は何も言わずにただただ美野里の頭を撫で続けた。
長く風呂に入り続けたせいか、理子と美野里はのぼせてしまったようで、頭がくらくらして、気分が悪くなってしまい昼間の星空観測の準備は天野部長と男子3人の部員にお任せすることになった。
「理子ちゃん、ごめんね・・・まさかのぼせるまでお風呂に入っちゃうことになるとは」
「ううん、こっちこそごめん」
民宿のおかみさんが扇風機を出してくれて、美野里と一緒に理子はとこで横になって涼風を体に当てている。
「なんだかさ、静かだね」
美野里は天井を見上げながら、ぽつぽつと理子に話しかけてくる。
「うん、すごく静か・・・何だろう、不思議だね。合宿なのにゆったり時間が流れてる感じ」
「私さ、合宿中に沢村君に気持ちを伝えられてよかった。理子ちゃんとか部長が傍にいるのが心強い」
「そっか」
「うん、何も言わずに傍にいてくれることが嬉しいの。次があるとか他にもいい男がいるとかそういう事聞きたいわけじゃないから」
美野里は力なく微笑んで、理子に対して小さく頷いた。理子も小さく頷き返す。
「あ、雨の匂い・・・」
窓からのぞく空にはあっという間に真っ黒い雨雲が立ち込めたかと思うと激しく雨が降り出した。
「今夜大丈夫かな」
「たぶん大丈夫だよ、山の端は明るくなっているし。美野里ちゃんの星空撮影のレクチャーを受けたいから、大丈夫じゃないと困る」
2人は目を見合わせて、相好を崩した。
ゲリラ豪雨が野辺山を襲ったのは1時間程度で、夕焼け空は晴れ間をのぞかせている。星空撮影会は昨夜と同じ場所で行われることになっていて、夕食を取り終えた天文部員の面々は星空撮影のために機材を車に積み込む。
公園につくと一行は二手に分かれて、撮影を行うために準備に取り掛かる。天野部長が男子部員と女子部員の二手に分けて撮影すると告げて、理子と美野里のもとに駆けつける。
「準備はどう?斉藤の腕に期待しているよー。今日も昨日ほどじゃないけど流星が見られるだろうし」
どこか楽しそうに三脚を立てる天野部長と、そのそばでカメラにレリーズと言うシャッターを切る装置をカメラに装着している美野里も今朝に比べて表情が明るい。
カメラを三脚に設置し終えると、美野里が写真の撮り方を説明してくれる。実は撮影の手順自体はとても簡単であること。どんな写真が撮りたいかでシャッタースピードなどを変えればいいと、カメラの操作を手取り足取り教えてくれる。
天野部長はレジャーシートの上で寝転がり、星空を楽しんでいた。
「北極星の周りを回る星が線になっているじゃない?ああいう写真を撮るにはどうするの?」
理子の質問にも美野里は丁寧に答えてくれる。
「綺麗な点々の星を取りたいときはこのポータブル赤道儀を・・・線みたいにとりたいときは三脚につけてシャッタースピードを遅らせるだけだよ」
自前の一眼レフカメラを三脚の雲台にセットしながら美野里は手取り足取り理子の面倒を見る。
何度か試しに撮影すると、きれいな天の川が撮影できて理子は悦に入る。
「お、高宮もなかなか上手いじゃない、先生が良いんだねぇ」
カメラのライブビューモニタをみて何度も肯く天野部長の声に、理子と美野里は照れ笑いを浮かべる。
「なんかさ、星空見ていると自分なんてちっぽけだって思うわね」
天野部長は美野里と理子の頭を乱暴に撫でると、またレジャーシートの上にごろりと寝ころび星空観察を楽しんでいた。
合宿最後の夜は静かに優しく過ぎていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
駆け足で書いているので、誤字・脱字が多いかもしれません。
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