合宿1日目
---合宿初日。
理子は待ち合わせ場所に美野里と共に向かう。高宮家に泊まった美野里は「少し元気になった」と朝から元気そうに見せているが明らかに空元気である。想いを寄せている人の衝撃的な現場を目撃して1日で復活する人間がどれだけいるだろう。高校生にとって惚れた腫れたは一大事なのに・・・隣で笑顔を作る美野里を支えようと理子は臍を固めた。
待ち合わせのターミナル駅はお盆休暇の帰省客でごった返しである。理子と美野里ははぐれないようにと鞄の取っ手をお互いに掴んで、待ち合わせ場所に向かう。
「おはよう」
背後から声をかけてきたのは、大きな荷物を抱えた沢村であった。
「おはよう」
理子は平静を装ってあいさつを返す。美野里も切ない笑顔を浮かべて、挨拶を返している。沢村は美野里の荷物を見て、女子の荷物は多いなと白い歯を見せた。
「斉藤、一つ荷物を持つから貸して」
美野里が返事をする前に、沢村は美野里の手から荷物を取り上げると軽々と持って歩き出す。
「あ、ありがとう。でも、沢村君は重いんじゃないの?」
あたふたしながら美野里は沢村に持ってもらった荷物を心配している。
「これくらい平気だよ。バスケ部の遠征のときはもっと荷物持つし。斉藤は小さいから、荷物に持たれているように見えて・・・つい手が出た」
笑いながら語る沢村を見て、もてる理由が分かると理子は一人納得しながらも、残酷な奴めとひとりごちる。
「高宮さんの分はさすがに持ちきれないから、ごめん」
「大丈夫だよ。私は美野里ちゃんよりだいぶ体も大きいですから」
つい、棘のある返答をしてしまい、心の中で反省する理子。
(ああ、いけない。美野里ちゃんは大人の対応をしているのに・・・)
美野里は顔を真っ赤にして、自分の荷物を軽々と持つ沢村に恐縮頻りである。
「高宮さん・・・何か拗ねてる?」
「拗ねてないよ。それより、沢村君は合宿に参加できてよかったけど、バスケ部の方は大丈夫だったの?」
これ以上会話を進めても不毛なやり取りになりそうなので、理子は話題をそれとなく変える。
天文部と掛け持ちしていることをバスケ部顧問は快諾していることもあり、合宿頑張れよと背中を押されてきたと沢村は目を細める。
思わず沢村の口許を見つめて理子は赤面する。
(昨日、田中さんと・・・キスしてたんだよなぁ)
「なに、なんか顔についてる?」
空いている左手で頬を撫で、首を傾ける沢村に「なんでもないよ」と理子は返事をして、待ち合わせ場所に急ぐ。
理子の腕時計は待ち合わせ時間である7時半の5分前を告げていた。
「おはようございます!」
いつものメタルフレームではなくピンク色のセルフレームの眼鏡をかけた天野部長が元気よく、挨拶をする。時間ぎりぎりに集合場所についた理子たち3人を明るく迎える天野部長の傍には、瀬能と結城がすでに到着していた。
午前8時発の「スーパーあずさ」に乗る前に、天野部長の作った席順のくじを引かされる。理子もくじを引くと『3・窓』と書かれていた。同じ番号の人と隣に座ること、窓と書いてある人は窓側に座れるらしい。
「3番引いた人ー」
と、片手に『3』と書かれた紙片を持っていたのは、無駄に爽やかな沢村だった。美野里と沢村がペアにならなくてよかったと思いながらも、理子もまた昨日のことがあるので気まずい。
「私、3番の窓」
手に持つ紙片を沢村に見せる。
「よろしく。楽しくいこう」
「こちらこそ・・・よろしく」
ぺこりと頭を下げて、理子は紙片をポケットにねじ込んだ。
電車に乗り込んで、各自の席に着席をする。通路を挟んで隣に座るのは、瀬能と天野部長。その前には美野里と結城が座席を回転させて、瀬能と部長席と向い合せに座る。4人はすぐに天体談義で盛り上がり始める。
理子の席からは4人の席の会話があまり聞こえてこないため、何となく窓の外の景色に目をやる。
「寂しい?」
車窓の向こうの景色に意識を奪われていた理子は、沢村に声をかけられて我に返る。
「寂しいと言えば寂しい。私も天体談義に加わりたいけど・・・ちょっとここからだと遠いね」
「確かに。席替わろうか?」
「ありがとう。そしたら、沢村君が寂しいでしょう」
曖昧な笑顔でお断りを入れる理子。
「はは、俺は大丈夫だし。寂しいとかないよ。」
片手に持っている本を掲げて理子にアイコンタクトする。読書するから、気にしないってことかと理解する。手にしている本は理子も愛読しているものだった。
「あ、私もその本好き!素敵だよね」
その本は夜空や星月の写真が納められ、美しく情緒豊かな日本語の数々。専門的ではないので手に取りやすいその「星本」は理子のお気に入りの一冊だ。
「宗太郎に借りたんだ。そっか、高宮さんも好きなんだ」
その手に納まっている本を眺めながら沢村がつぶやく。
「うん。他にも素敵な本があるよ」
ついつい、興奮してしまった理子は何冊かお勧めの本を沢村に紹介する。沢村は静かに理子の話を聞いていた。理子が話し終えると、2人の間には沈黙が生まれる。
(しゃべりすぎたうえに・・・気まずい)
隣に座っている沢村をそっと覗き見ると穏やかな微笑みをたたえて理子を見ている。
「やっと高宮さんと話せたと思ったんだけどな」
「はい?」
「いや、天文部に入ってから、高宮さんと俺・・・言葉を交わしたのって本当に二言三言だし。話したいなーって思っててさ」
目をじっと見て話す沢村の視線が強すぎて、理子は視線を逸らす。
「そう・・・なんだ」
「そう。なんかさ、宗太郎とか斉藤とかとは楽しそうに話しているのに、俺だけ避けられてるなって思ってた。中学の時のこともあるから、避けたくなるのも分かるし謝りたいとも思ってたから」
そのあと沢村の中学時代の懺悔を聞き、謝罪を受けた。
中学時代のことの謝罪を受けても今更と言う気持ちもあり、沢村の懺悔と謝罪の言葉を聞くたびに、思い出したくない出来事が脳裏を横切り、心がどんどん冷えてくる。
結局、沢村には眠くなったと告げて、シートに体を預けて目を閉じた。そうして、沢村との会話は途切れた。
「ああー、さわやかな風!ね、理子ちゃん」
野辺山について、美野里は伸びをする。小さな駅舎を出ると広いロータリーが眼前に広がる。小海線というローカル線に乗って辿り着いた野辺山駅舎の前には「日本一高い標高にある駅」として、碑が建立されている。
「大丈夫か?なんだか、浮かない顔してるけど」
心配そうに見守る美野里と共に声をかけてきたのは瀬能だった。
「ああ、ううん。大丈夫。ごめん、なんだか憧れの国立天文台にこれから行けると思うと、胸がいっぱいになっちゃって」
野辺山の国立天文台は駅から車で10分もかからないところに位置していた。特別見学会ではないため、一般の見学コースを部員が思い思いに歩く。世界最大級の口径45メートルのミリ波電波望遠鏡は圧巻で、理子は思わず上を見上げて、口が開いてしまう。真上を向いたアンテナはまるで大きなお茶碗のようであった。
「神様のお茶碗…」
「神様のお茶碗ってなんだよ、それに間抜け面」
上を向いた理子の頭頂部に瀬能の胸板がトンと当たり、理子の額が人差し指で突かれる。瀬能に突かれた額に集中して熱を持ったようになり、自分の額に手を当てる。
「あ、いや・・・感動していたんですよ。大きな望遠鏡に」
言い訳がましく口を尖らせて、紅葉を散らす理子。瀬能は理子の様子を見て顔をほころばせた。
「はは、すごいよなぁ。これで太陽観測したりしてるんだもんな」
腰に手を当て、望遠鏡を見上げる瀬能は感嘆頻りである。理子も瀬能の言葉に賛同する。
「みんなとっくに展示室に行ってるから、俺たちも行こう」
瀬能の言葉に周囲を見渡せば、大きな望遠鏡の前には理子と瀬能が佇むのみであった。瀬能の言葉に促されて、瀬能と共に理子は展示室に足を向ける。
展示室は6畳くらいの広さで、テレビやパソコンでの展示や、操作盤などが見学できるようになってた。天野部長以下4人はすでに展示室を見終えたようで、理子と瀬能と入れ違いで展示室を出てきた。
「やだ、高宮も瀬能も今から展示を見るの?」
天野部長が入室しようとした二人の姿をみて、驚いたように声を上げる。部長の言葉に理子と瀬能がうなずくと、顧問の谷川が駐車場で待機しているので早めに展示室を出て戻るようにと言葉を残して、ひらひらと手を振った。
「高宮、これ書かない?」
展示室のパソコンの上に置いてあるノートを指差している。頁をめくると見学者たちが思い思いのメッセージやイラストを残している。
「先輩とか書いているのかな?」
理子は記入されている最後の頁を確認したが、天野部長以下だれも記入した形跡がない。
「記念に書こう。来年まで残っているといいな」
「そうだね」
ノートには野辺山に来た記念にと、日付と高校名、そして天文部「高宮理子」と記入して瀬能にノートを差し出す。瀬能は理子に隠すように素早く記入するとノートを閉じた。
「瀬能君はなんて書いたの?」
「秘密。来年まで残ってたら・・・確認してください」
「気になる・・・私のだけ見て、自分のは見せてくれないの?」
押し問答になったが、頑なに瀬能がノートを隠すために理子は苦笑する。結局、瀬能が書いた内容を確認するすべもなく、天文台を後にした。
この日は好天に恵まれ、民宿についた後、部員全員で星座早見盤を片手に夜空を楽しんだのは言うまでもない。
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