友人の恋
野辺山合宿の前日。
夏季休業中にもかかわらず、天文部の面々が第二実験室に集まってきている。
これは合宿前最後のミーティングということで、天野部長から招集がかかったのだが、肝心の天野部長が第二実験室に顔を出していない。インターハイの試合も終わった瀬能は先輩である結城と沢村、男3人で固まって何やら話が盛り上がっている。理子と美野里は野辺山方面のガイドブックを見ながら、時間をつぶしていた。
剣道部と掛け持ちをしている瀬能はインターハイも終わり、天文部のミーティングにちょくちょく顔を出すようになっていた。バスケ部の沢村も練習の合間を縫って、なるべく天文部に顔を出すようにしているらしい。
「瀬能君、個人戦ベスト4だったんだって?」
理子にささやくように話しかけてきたのは美野里である。
「うん。いい仕合だった。1年でベスト4に入るのは快挙だね」
結城と談笑している瀬能の方をちらりと見やる。瀬能本人は努力が足りなかったと言っていたが、高校1年で個人戦ベスト4と言う成績は見事である。
「ところで・・・美野里ちゃん、沢村君とはどう?花火大会ではいい雰囲気だったんでしょ?」
花火大会では二人きりの時を過ごした美野里と沢村。大会後に来た美野里からのメールは、いい雰囲気だったこと、ますます好きになった事など、恋する乙女の気持ちが溢れていた。
「うん。でも、花火の時だけだったみたい。そのあと、沢村君にメールしても、返ってくるメールが素っ気ないというか、簡潔なんだよね」
ため息をつき、肩を落とす美野里の背中を理子はポンと優しく叩く。
「そうなんだ、それは寂しいね。でも返信が来るだけでもいいんじゃない?って、恋愛経験のない私が言うのも説得力に欠けますが」
理子は頭を掻いて苦笑する。なんせ、男子と付き合うことはおろか初恋すら訪れない理子。美野里の恋の悩みに対して、良い道筋を示せるほどの経験が皆無で、助言をしたくてもうまいことが言えないことが歯がゆく思う。
「ふふ、ありがとう理子ちゃん」
そう言って、美野里ははにかむ。
「どういたしまして!なんかあったらいつでも話聞くからね」
どうぞ頼りにしてくださいとばかりに握り拳を作って、美野里に向かって大きく頷く。
「理子ちゃん、心強い。実は明日からの合宿で頑張ろうと思うの、沢村君のこと」
美野里が照れ笑いしたその時に天野部長が「遅れてごめん」と、第二実験室にやって来た。
話の続きは後でと、美野里は小声で理子に耳打ちする。
ミーティングでは合宿中の行動予定や持ち物などの最終確認が行われたのと、時間に遅れないように何度も念押しされた。なんでも、過去に部員が寝坊して合宿の日程がめちゃくちゃになった事があったらしい。
「とにかく、明日からの合宿は天文部の大きな行事です。明日は朝早いから、寝坊しないように。以上解散」
天野部長の解散の号令で部員も一斉に帰り支度をはじめた。
「理子ちゃん、途中まで一緒に帰ろう?」
美野里が帰り支度を済ませると、理子に声をかけてくる。
「もちろん!ちょっと待っててね」
鞄の中に筆記具など詰めていると、瀬能も理子に声をかけてきた。
「高宮と斉藤も帰り?沢村はこれから部活だってさ」
親指で沢村を指す瀬能。その方向に視線を送ると、沢村は「また明日!」と手を挙げて、部屋から出て行った。
「うん、美野里ちゃんも私も帰る。ね」
美野里に声をかけると、美野里はちらりと瀬能の方を見て、瀬能君も途中まで一緒に帰ろうと声をかけている。
「ああ。明日から楽しみだな」
その言葉に美野里も理子も口をそろえて「楽しみ」と声に出す。
第二実験室を出て、3人は並んで昇降口に向かう。明日からの合宿が楽しみだと話が自然と弾む。美野里は合宿で沢村との関係が前進するように頑張ると言っていた。きっと沢村ともっと仲良くなりたいのだろう。できるだけ応援しよう、などと理子は勝手に考えていた。
渡り廊下に出るとむせるような暑さが理子たちを襲う。ふと、体育館の方に目をやると、体育館の出入り口のところで沢村が女子生徒と2人で話をしている。
(あれは・・・田中さん?)
同じクラスの田中美沙が沢村の腕にすがるような格好で話している。沢村に想いを寄せる美野里には見せたくない場面である。視線を戻すと美野里と瀬能をせかすように渡り廊下を歩いていく。
しかし、物事は理子が思う通りにはならないのが常である。突然、美野里の足が止まり、目を見開いた。その視線の先には沢村と田中美沙がいる。
「沢村君・・・?」
美野里は気が付いていないようだが、沢村の名前を小さくつぶやいている。瀬能も美野里の異変に気が付いた様子で、どうしたのかと声をかけている。
---田中美沙が噛みつくように沢村にキスをした。
美野里は茫然とその様子を見つめている。とっさに理子は美野里の背中を押して、急いで昇降口に向かう。とにかく美野里からあの二人の姿を遠ざけなくてはと必死であった。美野里の腕から滑り落ちたカバンは瀬能が拾ってくれていた。
昇降口までやってくると美野里は廊下に座り込んでしまった。
「美野里ちゃん・・・」
「沢村君。付き合っている人がいたのかな、私知らなくて・・・頑張る前に失恋しちゃった・・・」
口元に手をあってて震える美野里に対して、理子は美野里をギュッと抱きしめる。
「まだ、失恋したかなんてわからないよ、ね。」
理子は美野里の背中を何度もさすった。双眸に涙をためている美野里は、涙をこぼすまいと必死に自分と戦っているようだ。瀬能は気を使っているのか、少し離れたところで理子と美野里の様子をうかがっている。
「美野里ちゃん、とりあえず歩ける?」
「うん、歩ける」
「とりあえず、ここだとなんだから場所を移そう。あのさ、嫌じゃなかったら家に来ない?」
「理子ちゃんの家に?」
「うん。どうせなら明日の準備して泊りに来てもいいくらい」
美野里は理子の誘いに小さく頷く。
「理子ちゃんの家・・・お邪魔じゃない?」
「お邪魔なんかじゃないよ。私が誘ってるんだから、気にしないで」
「ありがとう、瀬能君もごめんね。」
少し離れて立っている瀬能にも美野里は声をかける。瀬能は美野里を安心させるように柔らかい笑顔を顔に浮かべて、片手をあげた。
「瀬能君も気が付いちゃったよね・・・私が沢村君のこと・・・」
美野里は自転車をこぎながら、理子に話しかける。風を切るように自転車を走らせる瀬能の背中を見つめて、理子は美野里に微笑む。
「瀬能君は大丈夫。信用できるし、このことは胸に納めてくれるよ」
「理子ちゃんは瀬能君のこと、よく分かってるんだね」
「へ?」
「ううん、なんだか羨ましくって・・・ああ、涙がこぼれそう」
泣き笑いの美野里の表情が切なくて、理子の胸も締め付けられる。自分の好きな人と自分じゃない誰かとの仲睦まじい姿を目の当たりにするなんて、辛い以外の何物でもない。
沢村と田中美沙の衝撃的な場面に遭遇した美野里の気持ちを思うと、胸が痛い。理子が同じ状況に陥ったのなら、どうなるのだろう、耐えられるだろうか。
瀬能と別れて、美野里の家に立ち寄ってから、理子の家に向かう。明日からの合宿の荷物を携えて、理子の家についた時にはすでに日が傾きかけていた。
理子の家に到着すると、着替えもせずに理子は美野里の手を引いて、自宅の道場に向かう。
「理子ちゃん?」
道場に入ってから、美野里は不安げにあたりを見回す。
「ここなら遠慮なく泣けるし、叫べると思って」
「理子ちゃん…ごめんね。ありがとう・・・ううううっ」
美野里の双眸から堰を切ったように涙があふれ出す。声を上げて泣き出した美野里に寄り添い、ただただ背中をなで続けた。
中天にあった太陽は西に傾いている時間だが、その太陽を厚い雲が覆い、雨の気配が漂っている。
「少し落ち着いた?」
泣きやむ様子の美野里に理子が優しく問いかける。
「うん…ひっく…ありがと…」
「これで目を冷やしてね。明日、目が腫れちゃわないように」
水で冷やしたタオルを美野里に手渡す。美野里は小さく笑うとタオルを瞼に当てる。
「私、本当は合宿中に沢村君に告白しようって思ってたの…」
美野里はそういうとまた涙をこぼしているようで、肩を震わせる。
「うん」
「今はきちんと告白して、きちんとふられたいって思ってる…変かな?」
「ううん、変じゃないよ。美野里ちゃんはすごい」
「また、泣いちゃうかもしれないけど…応援してくれる?」
「もちろん!」
美野里はありがとうとつぶやいて、満面の笑みを浮かべた。
理子がちらりと窓の外を見遣ると、いつの間にか大粒の雨が空から降ってきている。
(美野里ちゃんの涙雨かな・・・)
いよいよ明日から天文部の一大イベントである合宿・・・理子は美野里の想いが壊れませんようにと願いを込めた。
ラジオから流れる明日の天気予報はゲリラ豪雨の注意を報じていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字・脱字に気が付かれましたら、ご連絡ください。
非常に遅い更新ですが、終わりまで書き上げます。




