放課後
※更新速度が遅い連載小説になります。
のんびりお付き合いいただけたらと思います。
(降ってきちゃった・・・)
学級日誌を書いていた手を止めて、理子は窓の外を見遣ると校庭に大粒の雨が叩きつけている。
「はぁ。こんな日に日直なんて」
天気予報通りの天候に恨み言を言っても仕方ない。とにかく日誌を仕上げて、早く帰ろうと理子はほとんど真っ新な日誌に一日の出来事を書きつづっていく。
(まったく、学級日誌とか面倒な事を考えたのは誰よ)
見知らぬ誰かに毒づきながら、日誌をまとめようとペンを走らせた。
「高宮さん、まだ残ってたんだ」
理子に声をかけてきた男子生徒に視線を投げる。声をかけてきたのは日直のもう1人。
---まだ残ってたんだだと…どの口が言ってるの!?と、声を荒げたいが、ぐっと堪える。目の前で笑顔で尋ねるこの男子生徒、放課後の日直の仕事を理子ひとりに押し付け、どこかへ消えた張本人。
「日誌が書き終わっていないから帰れないの」
「ああ、そう言えば日直の仕事・・・俺、何もしてない」
「うん、瀬能君も日直で、放課後も仕事があったよね?ゴミ捨てとか諸々・・・」
瀬能は謝るでもなく悪びれる様子もなく理子の前の席に座って、日誌を覗き込む。
「あれ、全然書けてないね。どうしたの」
瀬能は理子の邪魔をしに来たのだろか。どうしたのじゃない、貴方が仕事ほったらかしてどこかへ消えたんでしょうが!と喉まで出かかった言葉を飲み込み、目の前に座る瀬能を理子は一瞥した。
「瀬能君がしなかった他の仕事もやっていたから、日誌が後回しになったの。日直の仕事する気がないなら帰ったら?」
邪魔だしと言う言葉は大人の分別で言わずにいてあげた。
「でも、俺も日直だし。高宮さんのこと待ってるよ」
「瀬能君に待ってもらう義理も理由もないけど」
理子の冷たい一言にめげて帰ればいいのだ。しかし、目の前の瀬能と言う男は理子と向い合せになって机に頬杖をつき、切れ長の瞳でじっと理子を見つめてくる。
(ふん、大抵の女子ならときめくのでしょうが、まったく心に響きませんから)
「高宮さん、なんか怒ってる?」
「さっきまで腹が立っていたけど、今は峠を越えた」
そう、さっきまで怒り心頭であったが理子の頭は一気にクリアになった。それは瀬能が消えた理由が推察できたから。
瀬能宗太郎---かなり女子の中では人気があるらしいと、教えてくれたのは誰だったか。うわさ好きで情報通の友人、上月梓がもたらした話だったか・・・
とにかく、1学期もまだ始まって2か月半。すでに学年問わず数名から、もしくは十数名から愛の告白とやらを受けていると理子は聞いた。そんな話を聞けば掛け値なしにモテるじゃないかと突っ込みたくなるのは我慢。
いまどきと言うよりは正統派の美少年いや美青年だろう、とおばちゃん的視線で理子は瀬能を観察する。意志の強そうな眼差しは切れ長、すっと通った鼻筋にきりっと結んだ唇。髪も清潔な短髪で染めていない黒は艶やかだ。
瀬能は不思議そうに理子のことを見ている。
「なんで、怒りが峠を越えたの?」
「別に、瀬能君が消えた理由が何となく分かった気がしたから」
「本当に?俺が消えた理由が推測できたの?」
興味津々な様子で瀬能は理子の顔を覗き込んでくる。瀬能が来てから、日誌に書いた文字は10文字に満たない。この会話を切り上げて、とっとと仕事を切り上げて帰りたい。理子はため息を一つ吐いて瀬能に推測した過程を話し出す。
「うん。そこに・・・シャツの左肩付近に横並びに二つの濡れた跡。少しマスカラの跡が残ってる」
瀬能が来ている学校指定のシャツは青。水濡れは目立つのである。そして、理子が指をさしたその先には水に濡れたような跡が二つ並んでいた。
「それって、女の子が泣いた跡だよね?けれど、瀬能君はその女の子を置いてこの教室に戻ってきている。シャツが乾いていないってことは泣いたばかりの子を置いてきている。さらに言うなら、濡れた面積が非常に小さいということは・・・別に肩を貸したわけではなく、たぶん飛びつかれたとかそんな感じかな?ということは、彼女とか相談に乗るような女の子を置いてくるなんて考えがたい。よって、泣いている女の子を置いてくる状況を考えれば答えは自ずと見えてくる」
少ししゃべりすぎたなと反省しながら、理子は瀬能の方に視線を向けると瀬能は目を輝かせて理子を見ている。何か変なこと言っただろうか、理子は変な不安に襲われた。
「高宮さんすごいな。で、で、俺が消えた理由はずばり!?」
握り拳をマイクに見立てて、瀬能の右手が理子の口元に延ばされる。
「告白されて、お断りした」
「すげーーー、当たり!」
突然、瀬能は理子のシャーペンを握っている右手をその両手で包んで天に向かって持ち上げる。瀬能は笑うと口角の下に笑窪ができるらしい。なんて、考えている場合ではない。
「ねえ、瀬能君、右手を放して。シャーペンが危ない!」
瀬能に捕らわれた右手と共に握られたシャーペンがぶんぶん振り回されている。万が一、瀬能か理子にかすったら怪我をする。理子の指摘に瀬能はそっと理子の右手を解放した。
「シャーペンじゃないでしょう・・・」
「?」
瀬能は小さくつぶやくとまた頬杖をついて日誌を覗き込む姿勢を取る。
「瀬能君、本当に帰った方がいい。雨が本降りになってきた」
理子が窓の外に視線をやると、瀬能もその視線の先を眺める。
「本当だ、高宮さんが帰りなよ。俺が日誌書いて帰る」
「いい。担任に日誌渡す時、瀬能君も仕事したんだって思われるのが癪だから」
「わかった、でも、高宮さんのことは待ってる。黙ってるからさっさと終わらせよう」
瀬能はそう言って口をつぐんだ。が、瀬能の視線が理子の額に集中しているのが分かる。理子は授業の内容などを日誌に記入しながらも、瀬能の視線が気になって仕方がない。
何度か前髪を払うふりをして瀬能の視線を遮ってみたものの、そんな効果はまるでないらしい。
「ごめん、見られてると集中できない」
理子は小声で瀬能に視線を外すように不承不承お願いする。
「・・・」
邪魔しないと言った手前か、瀬能は口をつぐんだまま何も答えない。理子が日誌を書き終えるまで、口を利かない腹積もりと見て取る。更に言うなれば、視線を外す気も毛頭ないらしい。
ならばこちらが動くまで、と、理子は日誌を持って隣の誰かさんの席に移ろうとしたら、しっかりと左手が瀬能につかまれた。
「何?視線が気になるから席を替わろうと思ったんでしょう」
「・・・」
「ここで書けと?それなら、額に視線を集中させないで。焦げる」
「ぶはっ」
何の言葉に反応したのか、瀬能は吹き出したが、それでもしゃべる気はないらしいし、左手を離す気もさらさらないようだ。理子は観念して、さっさと日誌を仕上げた。
「さて、担任に日誌を渡して帰ろう」
理子は帰り支度を始めると、瀬能も倣うように帰り支度を始める。
「俺も帰るかー。しゃべらないってきついね。さっきは笑いこらえきれなかったし」
「遅くまで待っていてくれてありがとう。一応お礼言っておくわ」
可愛くない言い方なのは百も承知であるが、理子は素直にお礼を言う気にはなれなかった。
「それから・・・笑いたかったら笑えばよかったのに。しゃべるのと笑うのは別物だと思うけど」
それではと、瀬能に声をかけた理子は担任のいる職員室に向かう。瀬能はちょっと待ってと言っていたようにも思えるが、ここは気にしないでおこう。理子には瀬能に待っていてと頼んだ覚えなどない。
担任に学級日誌を無事に渡し終えて、職員室を出ると廊下で不機嫌そうな表情を浮かべた瀬能が待っていた。
「あのさ、高宮さん。俺、高宮さんのこと待っているって言ったよね」
「頼んだ覚えはないけどね」
理子が足早に昇降口に向かえば、瀬能もあとをついてくる。
「やっぱり、怒ってたんだ」
「峠は越えただけで、腹立ちが消えたとは一言も言ってない」
理子は大きく息を吸うと瀬能の方を振り返る。
「ねえ、瀬能君さ、私が日直で残っているのを見て『ごめん』とか『ありがとう』の一言もなかったよね?仕事が出来なかった理由も理解したよ。それでも、いなくなる前に一言『仕事お願いします』とか、言ってくれればよかったと思わない?逆の立場で私が何も言わずに仕事しないでいなくなったら、瀬能君はいい気持しないんじゃないの?」
理子は瀬能を見据えて、ゆっくりと思ったことをそのまま口にした。なぜ、一言声をかけてくれなかったのか。
理子の思いの丈をぶつけられた瀬能は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、高宮さん」
理子は素直に謝ったきり、項垂れたままの瀬能の左腕をポンとたたいた。
「謝ってくれたから、許す」
「配慮が足りなかったな、俺」
「もういいよ。それより、早く帰ろう」
下駄箱の前で佇む瀬能が項垂れて動かないのをみて、理子は言い過ぎたと反省する。
つい、言いすぎてしまうのは理子の悪い癖。
「私も言い過ぎた。ごめんなさい。さ、帰ろう」
「高宮・・・」
ようやく顔を上げた瀬能の背後にまわり、理子は両手で軽く背中を押す。
「瀬能君、背が高いんだね。背中も広い。男子だ・・・」
「なんだ、そりゃ」
「思ったままの感想よ。本当に帰ろう!」
「ありがとうな、高宮」
瀬能はおもむろに手にしていたブレザーを雨除けといって、肩にかけてくれた。外は土砂降りだが、瀬能にそこまでしてもらう理由がない、ブレザーを返そうと瀬能の後を追いかけるが、なかなか追いつかない。
最寄駅までの道のりを瀬能と追いかけっこをするような形になり、瀬能のブレザーは本当に雨除けとなってしまった。
---結局、ブレザーは借りたまま。理子は家路についた。
この日の天気予報は一日中雨、ところにより激しい雨になる見込み。
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