エピソード【2-A】
新キャラ登場。まさかプロローグの後書きで紹介したキャラが全員出る前に新キャラを出す事になるとは。
まぁ、重要人物なのはその後書きメンバーって感じなんですけどね。
図書館での遭遇があった後の家庭科の授業は、何だかボーっとしてしまって集中が出来なかった。調理中に、しかも火や包丁を使っている間にも先程の事を考えてしまい、料理は焦げる寸前。人差し指を怪我するというハプニングを起こしてしまった。指の怪我をした際の痛みでハッと我に返る。
いけない。またさっきの事を考えている。
それにしても、私は何故そこまで先程の事を気にしてしまっているのだろうか。恋愛小説を読んでいた際の出来事だったから、変に意識をしてしまったのだろうか。恋愛物語は嫌いではないし、主人公が経験したような恋にはそれなりに興味もある。それに彼は―――まるで恋愛小説に出てくる王子様や生徒会長のようで。その顔を知っているけれど、遠い場所にいる。そんな存在だ。だから余計に意識してしまうんだろう。
流石に常にその事を考えてしまうというのは、授業にも多大なる支障をきたす。いいところではあるけれど、今読んでいる小説はここで読むのをやめにして次の本を読む事にしよう。あの小説のせいで変に意識してしまっているなら、他の小説に熱中すれば忘れる事ができるはずだ。
失敗寸前のオムライスを皿に盛りながら、そんな事をふと考えた。
授業が終わると、調理中の私を見ていたらしき人物が寄ってくる。
彼女は私の数少ない友人、もとい親友である日影恵。私は彼女を名前で呼んでいる。小さい頃からのお友達で、所謂幼馴染という関係だ。多分、呼び捨てにするのは彼女くらいしかいない。
何故Cクラスの彼女とAクラスである私が同じ授業を受けているのかというと、この学校は一部科目選択方式を導入しており、好きな授業を3つだけ自分で選ぶことが出来る。私は自分の好きな事をしようとこの科目を選び、恵は将来役に立ちそうだからとこの授業をとったとのことだった。
その結果私達はこうして違うクラスであるにも関わらず、同じ教室でこの授業を受ける事が出来る。
「愛子ってば一体どうしたの?授業中ボーっとして。料理は焦がしそうだったし、指に怪我までして。普段ならちょちょいのちょーいって料理してるくせに、何が起きたの?」
授業中、保護者が子供を見るように見ていたという彼女は、私が集中出来ていない事に気が付きハラハラしながら見守っていたということだった。違う班に居たためフォローに入る事は出来ず、ただただ神経を擦り減らしていたという。私は申し訳なくなり、即座に謝った。
「ごめん。休み時間の出来事が頭に残っちゃって。」
その話に彼女が食いつく。原因を探るべく話しかけてきた彼女にとって、真相にもっと近づく事ができ尚且つ原因が分かれば解決することだって可能だと彼女は思っているのだと思う。ただ単に興味があるというのもあるだろうが。
「へぇ、それで?何があったの?詳しく教えてよ。」
私は休み時間に起こった事を思い出せる範囲でゆっくりと事細かに彼女に伝えた。流石にこの話には彼女を驚きを隠せないでいる。それだけ彼はこの学校で有名であり、人気なのだろう。時々嘘、とか本当に?などと聞いてくるくらいだから、よっぽど珍しい出来事だったのだと再認識させられた。
こちらの話が一段落つくと、それを待ちわびていたとでもいうように恵が話し始める。
「雅威江さんと知り合いになったってコトだよね、やるじゃん。」
「うーん、あれで知り合った事になるのかどうか・・・。」
「あ、愛子。その話後でまた詳しく話してもらうから。放課後空けといてね。」
「わかった。」
授業が終わり、各自の教室へ戻りHRを終わらせる。後は当番の人が数名残り教室などの掃除を行うだけだ。私は今日は当番ではないので、すぐに恵のいるCクラスへ向かった。
Cクラスへの道のりは、思ったよりも長かった。
今年入学した人数の関係で同じ学年同士を隣り合う教室に出来なかったからだ。AクラスとBクラスは隣あっているが、恵のいるCクラスはほぼ真反対といってもいいほどの場所に移されてしまっていた。
長い廊下を歩きながら、これから恵に話す事をまとめた。先程話した事がほとんどすべての情報だったが、まだ思い出せる事があるかもしれない。
Cクラスの前にやってくると、妙に女子生徒がCクラスに集まってきていることに気が付く。そこで私は噂の彼がこのクラスだという事を以前誰かが口にしていたことを思い出した。
こんなことなら自分のクラスに恵がくるのを待っていれば良かったと心の中で呟く。ここにきてしまっては後戻りはできないし、すぐ恵と合流してこの場を去ればいいだろう。そう自分に言い聞かせ、教室内を覗く彼女たちをかき分けて教室内に呼びかける。
自分の所属するクラス以外の教室には授業に参加する以外の名目で入室してはならないというルールを律儀に守っているのはいいことだが、これでは中にいる人に話しかけるのも一苦労だ。
「恵~!」
恵は入口から離れた席で帰りの支度をしていた。彼女に聞こえるように少し大きめの声で恵の名前を呼ぶ。彼女はこちらに気づいたようで、物をしまう手を早めて急いでこちらにやってくる。
「あっ、愛子ってば・・・!」
この大勢の目の前で名前を呼ばれたのが恥ずかしかったのか、こちらにきた恵は苦々しい顔をしていた。
「愛子は視線、感じないの?」
「え?」
そう言われて周りを見てみると、明らかに色んな人から目線を逸らされる。しかし目を離すとまたこちらを見ているように感じた。私はそこまでおかしなことをしてしまったのだろうか?それとも目立ちすぎたのだろうか。凄く大きな声で叫んだ訳ではないのだけれど・・・。
「あれが?」
「嘘でしょ・・・」
ひそひそと何やら話しているのも聞こえる。そっと耳を澄ますと辛うじて「雅威江様」「あの女」という単語が聞き取れた。誰かの陰口のように聞こえる。
「そこ、どいてくれますか。通りたいので。」
「はっ、はいすみません!」
教室の奥から聞こえたその声に、私は聞き覚えがあった。この声を間違えるはずはない。この声は間違いなく雅威江さんである。
女子生徒が一気に盛り上がる。ずっと教室の隅にいた彼がこちらにやってくることが分かったからだ。それとは逆に、私は一刻も早くこの場所から退避したかった。
昼の一件でどうも彼に苦手意識を持ってしまい、近寄りたくないのである。
「恵、早くいこう!」
「やっと気づいたの?こっちは最初からそのつもり!」
私達は入口に押し寄せる女子を掻き分けて廊下に脱出し、そのまま廊下を早歩きで歩いていった。
途中でCクラスの方を振り返ると、まるで外国のスターがこの国に初めてやってきた時のように人がわらわらと集まり道を作っていた。
廊下を過ぎて入口のところまでやってくると、ピンと張りつめた糸が切れたかのように恵がはぁぁと深く息を吐いた。あのように女子が群れているのはあまり好きではないようで、見ていて気分が悪くなったことと、私の鈍感加減に呆れていたらしい。
「愛子、本当にさっき話してくれた事しかなかったの?」
歩くスピードを落として校門へ向かいながら、歩調を合わせて話しかけてくる。本当に本当?と言いながら私の顔を覗き込んだ。彼女の黒い長い髪がさらりと動く。
「そ、そうだよ。他には何も。私怖くなってその後逃げたの。」
その言葉を聞いた恵は、もしかしてそれで?と呟きながら体勢をもとに戻した。
それからは暫し無言の時が続く。私は恵の様子を時々窺っていたが、彼女は一人考え事を続けているらしく、邪魔をするのは悪いと思いそのまま無言を貫いた。
校門の外には出待ちをしているらしき他校の生徒の姿が見える。勿論、中には他の人と待ち合わせをしている人などもいるだろう。でも女子率が高いことを考慮するとやはり今校門の外に集まっているのは彼目当ての人が大半だと思う。
先程よりかは密度が低く、彼女達も避けて道を作ってくれたためそのエリアの移動はそこまで苦労はしなかった。
「いつものお店に向かってる?恵?」
校門を出てからもずっと無言のままの恵の足取りはどこに向かっているか分からないもののしっかりとしていた。目的地は既に決まっていて、そこに無意識で向かっているのだろう。私は「はい」か「いいえ」で答えられるように彼女に質問を投げかけた。彼女は軽く頷くという反応を示した。
「そっか。」
因みにいつもの店というのは、私達の家の近くにあるデザート屋さんである。小さい頃からあったお店で、よく親や恵とその店にケーキやパフェを食べにいったりしていた。
中学の頃もそしてこれからも、そこは私達の作戦場所であり憩いの場だ。
恐らく、彼女はそこに向かっているのだろう。薄々気が付いてはいたが、これで確信に変わった。
お店につき扉を開くと、カランカランという喫茶店などで耳にするベルの音が私達を歓迎してくれる。店内は光が溢れていて、ガラス張りのテーブルと白い椅子、そしてデザートを注文するカウンターがある。部屋のあちこちには小さな花瓶と花が飾られており、全体的に可愛らしい雰囲気を醸し出している。
スイーツも店内の内装も雑誌に掲載されてもいいレベルなのだが、店長さんが取材などを断っているということだった。そのおかげで店内は常に込み合う事もなく、常連客や新たにこのお店にやってきたお客さんがゆったりと時間を気にせず過ごすことが出来ている。人気が出てきたらこんなにゆっくりはしていられなくなるだろう。ここは言わば、自らの足で訪れた人だけの秘密のお店なのである。
口コミなどで噂は広まりつつあるので、こうしていられるのもあと少しなのかもしれないと思うとなんだか少し寂しくもある。人気が出るのは嬉しくもあるのだが・・・。
「愛子ちゃん、恵ちゃん。いらっしゃい。」
「衣与さん。こんにちは!」
衣与さんはこのお店のマスターの息子さん。私達よりも3つ年上で、このお店を将来継ぐ為にこうしてここで修業しているの。とっても優しい人で、小さい頃は一緒に遊んでもらったりもしてた。私達のお兄さん的存在、かな。
「こんにちは。学校は終わったのかい?」
衣与さんが笑顔でお冷を出しつつそう言った。
私達はそれに同じく笑顔で頷く。
「そっかそっか。じゃあ放課後になってすぐにここに来てくれたんだね。ありがと。・・・さてと、ご注文は?」
「いつもので!」
「愛子ちゃんはフォンダンショコラ、恵ちゃんはザッハトルテね。」
少ししてケーキが運ばれてきた。本来ならばケーキはカウンターで頼みその場で貰ってから席に座るのだが衣与さんが話をするついでに持ってきてくれるようだった。
「・・・で?今日はどんな話をするのかな?僕も聞いて構わないかい?」
「店の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。父さんも許可くれたし。」
カウンターの方を見ると、こちらの様子を見ていたらしき衣与さんのお父さんと目が合った。彼はにっこりと笑いかけてくる。その後すぐにお客さんへの対応に戻っていく。
「衣与さん、ちょっと今日は出来れば席を外してもらいたいんですけど。」
「恵?」
「女の子同士の、話なので。」
そう恵が衣与さんに伝えると、衣与さんは「そっか。残念。」と素直に下がる。
また何かあったら呼んでねと言い残して仕事に戻っていった。
「さて、さっきの続きを聞かせてもらおうか?」
「雅威江さんとの話だよね。えっと・・・さっき話したので殆どなんだけど。」
「じゃあ、会話の一言一句思い出して。」
「そ、そんな無茶な~。」
ケーキを口に運びながら話し合う。
それから後に恵に話したのは、その時私がどう思ったかなどの心情だけで、結局さっき恵に話した以上の細かい内容は浮かんでこなかった。その代わり、彼と初めて会った時の事を話していない事に気が付いた。
一通り話が終わると恵は情報を整理し始める。
「彼と初めてあったのは入学してからすぐ、その後に図書館で遭遇・・・ね。」
「そう。その他には特に接点もないはず。委員会とか部活とかは違うし。」
「でも図書館で接触してきたってことは、その時点で興味は持たれていたってことでしょ?」
「そうなるのかなぁ。でも全く理由が思いつかないんだよね。」
話をしたのはぶつかったあの時だけ。しかも一方的に私が謝っていただけ。
そんな私に興味を持つ?そんなの有り得ない。
「読んでた本に理由があるとか?」
「あの時読んでたのは、ファンタジー系の恋愛小説だよ?彼が読むようなジャンルじゃないと思う。それに本を読んでいる人なら他にもいたはずだし。」
「それもそっか。」
それっきり会話が続かなくなってしまった。
次に話を切り出したのは、恵の方だった。
「で、本当のところどんな人なの?雅威江さんって。同じクラスだけど良く知らないんだよね。いつも取り巻きがいて見えないし。」
恵の言葉に返事をしようとして、でもどう伝えていいのか分からなくて言葉に詰まる。
「えっとね、一見優しそうに見えるし顔も整ってるけれど・・・何だか怖かった。」
見透かされているような気がして。それなのに、逆に彼の事は全くわからない。素顔を明かさずにいつも仮面をしているようなそんな感じ。知らないから怖い。そういう事なんだと思う。
「怖い・・・かぁ。まぁ冷たい人だって噂は良く聞くし、実際もそうだよね。」
「クラスでは普段どんな感じなの?」
「取り巻きをどう離すか常に考えてるって感じかな。兎に角相手にしないし喋らない。だから話しかけるなんてもっとしない。なのに、愛子には話しかけたんでしょ?」
「うん。」
「興味があるだけなのか、好いてるのか、はたまた嫌っていて苛めているだけなのか。可能性は色々あるけど、どうなんだろうね。愛子はどう接していくつもりでいるの?ずっと逃げるつもり?」
「・・・うん。今のところは。」
まぁ、そうなるよね。と恵は深く息を吐いた。ケーキを運ぶ手も止まる。
彼と関わることが出来るのは、光栄な事なのかもしれない。皆がしたくてもできない事なのかもしれない。でもだからこそ、それをするのが怖い。周りから妬まれるんじゃないかって。何事もバランスだと思うけれど、彼と深く関わるのは危険な気がする。適度に距離をとって接していくべきだと思う。私はそう恵に伝えた。恵も、その意見に同意してくれる。
「それが一番安全かもね。ただ、あからさまな態度をとったらダメだよ。女子が何してくるか分からないからね。」
「う・・・うん。」
高校生になってからまだ一か月と少ししか経っていないというのに、大きな問題に直面するとは。これから先が心配である。
その後も恵とこれからの応対の仕方などを考えながら時間を過ごした。
出来れば、明日は彼と会わずに終えたい。
まだあの雰囲気に慣れない私はそう願うばかりだった。
「だいぶ、混んできたね。もう少ししたら出ようか。」
来たばかりの時はあんなに余裕そうにしていた衣与さんは、忙しそうに店内を動き回っている。パフェやお冷などを運んでいる時もあった。やっぱりお店の事を最優先にしてもらわないとお父さん達も困るだろう。
そんな時、来店者を告げるベルの音が鳴った。