エピソード【1-A】
久々の更新。やはり受験生(…と言っても私は就職希望ですが)となると中々時間がないものですね。バイトもありますし。
暇な時間を有効活用しながら、頑張りたいと思います。
ーー五月。
やっと教室の配置を覚え、自分のクラスである1ーAの教室へ向かう。今日の授業は好きなものばかりだから、今日はあっという間に終わるだろう。私はるんるん気分で鼻歌まじりに廊下を歩いていた。
教室のドアをガラガラと開き、席につく。それと同時に鞄を机の横にかけ、その中から本を出した。私が昨日図書室から借りて来た本だ。だいぶ厚みのあるその本は、ファンタジー系で今人気のある作家の書いたもの。まだ借りて一日しかたっていないが、もう物語は終盤に差し掛かっている。このペースだと今日中に読み終わりそうだ。昼休みにまた違う本を借りて来なければ。
私が本を読み切るのが早い理由は二つある。一つは本を読み慣れているということ。読書が趣味の私は本が読み終わる度に図書室から本を借りているので、徐々に読むスピードがあがっている。
二つ目は、それを読める時間が長いということ。ただ単にバイトをしていないので自由な時間が多いという事もあるが、友人が少ないため、普段皆がわいわい話すHR前などに本を読む為だ。
今日も私は朝の空いた時間で、1人席に座り本を読み進めて行く。その時、すぐ近くで机を囲み雑談していた女子生徒がこう零した。
「Cクラスにいる、雅威江さんってカッコ良くない?」
すると同じく他の机を囲っていたグループも話に加わった。
「あー、やばいよねその人!成績優秀のイケメンで体育もバッチリ!万能すぎでしょ。」
「人に冷たいところを抜けばねー・・・」
その話を聞いて脳裏を過るのは、先月に教科書を運んでいた時に会ったあの人のシルエットだった。確か、あの時は気にしていなかったけど、かなりのイケメンだった・・・。
こんな思考はらしくない。人の会話を盗み聞きするのはいけないと、本に意識を注ぐが何故か集中できない。あの女子生徒の会話が気になって仕方なかった。
気にしたところで、どうにもならないとわかっているのに。
あの時は迷惑をかけてしまったから、私のことを良く思ってはいないだろう。
ぼーっとそんな事を考えながら視線を窓の外に向けると、青い空に窓のすぐ近くに生えた木々の緑が加わり、なんともリラックス出来る風景になっていた。本に集中する事ができなくなった私は、先生が来るまでその景色を眺め、机に突っ伏した。
暫く意識を飛ばしていると、急に教室が騒がしくなった。きっと先生が来たのだろう。
意識を集中させ音を聞いていると、黒板の方からノートを置いた音がしたので間違いない。私は気力の抜けた身体を何とか起こし、朝の出欠確認を行った。
一人一人が順番に名前を呼ばれ、返事していく。明るく「はい!」という人もいれば、殆ど声が聞き取れない生徒もいる。私は後者だ。つまりはそういうまとまりのない平凡なクラスにいるということだ。
出席確認が終わると、いつものように授業の準備が始まる。10分の休憩時間はその為に消えると言っても過言ではない。皆鞄から教科書を取り出したり、ロッカーへ取りに行ったりしながら過ごすのだ。私は朝来る前に時間割をチェックしているので、鞄の中には今日一日分の教科書とノートが準備されている。私は鞄からその教科書ノートの内何冊かを取り出すとまた読書に耽った。
チャイムが鳴り響くと共に私は現実に戻される。いつもの事なのでタイミングが掴めてしまう程に、私はチャイムに敏感になっていた。
教室に入ってきたのは現代文の先生で、薄くなった髪からは苦労の色が滲む。それを見て笑う人は沢山居るが、いずれこのクラスの中にもああいう人が出るのだと思うと何だか虚しい。生徒の1人に呼びかけ、挨拶を行った。気怠く挨拶をする皆からは意欲は感じられない。それは先生も分かっているだろう。現実から逃げるかのように生徒に背を向け、黒板に何やら忙しく文を書き始めた。私はそれを見ながらノートに写していく。辺りにはノートに書き写すシャープペンシルのカリカリという音だけが響いた。
この当たり前とも異様とも言える光景は、この後も続いた。時折先生は生徒に挙手を求めるが誰も手を上げようとはせず、諦めた先生は生徒を指名し、問題を答えさせた。しかし、生徒はその制度が嫌なのか、分かりませんと答えてはその場をやり過ごすのだった。
今日はここまでと言う先生の合図の直前、時計を見てそろそろ授業が終わると見込んだ生徒達は、一斉にノート等を片付け始める。私はその条件反射を不思議そうに眺め、先生の合図を待った。私が片付け始める頃には皆机の上は真っ新になっていた。
さて、何をしよう?折角の休み時間なのだ。毎日毎日同じ事を繰り返していてもしょうがない。何かしたい。けど何を?私は考えるのに飽きて、何も考えなしに席を立った。移動しようとする私を見て生徒たちがひそひそとやりとりするのが分かる。私は敢えて気にせず廊下に出た。
生徒たち休み時間をどうやら教室か廊下で喋りあって過ごすみたいだ。廊下のあちこちからは話し声がこだまする。えー、嘘。ありえなーいなんて思ってもいないことを大げさに話す彼女たち。あいつブスだよな、だとか鏡を見ないような彼らの評論。私はそんなものに興味はない。
ふらふらと当てもなく彷徨い、結果着いたのはやはり図書室だった。・・・失敗した。結局いつもここに無意識についてしまう。これはもはや呪いのレベルだ。毎日朝から放課後まで通い詰めるこの図書室。いつしか私のそこでのあだ名は「本魔」さん。因みに私は全くこのあだ名は気に入っていない。
もう既に何冊か本を借りている私は、そこで残りの数分を過ごすことにした。
図書室にはジャンルごとに本棚があり、余ったスペースにはいくつかのテーブルと椅子がある。きっと図書室を利用してもらう為だろう。私は良くここを利用するのだが、いつも使う席は一緒だ。一番目立たない、隅っこにポツンとおかれたひとつの椅子。そこが私の定位置となっている。
今日もまた、そこに座って先程読んでいた本の続きを読んで過ごす。本に意識を飛ばしている間は、この状況を忘れられた。辛いことも、悲しいことも全て。私はただ本の中の登場人物の一人となり、皆の経験や思いを感じる。共感もすれば、そうでない時もある。今はーー。
辺りが急に騒がしくなったので、私は本から視線を離し、入り口に目をやった。そこには話題にのぼっていた、彼の姿があった。雅威江さんである。またしても彼により読書は阻まれてしまったと、パタンと本を閉じた矢先。聞こえてきたのは酷くゆったりとした、柔らかな声だった。
「……なにしてるんですか、本魔さん?」
皮肉を吐いている口、その割に爽やかで美しいその姿。それはまさしく彼だった。何故かは知らないが笑顔である。
「見ての通り、読書をしていました」
ありのままを話す私と、驚きを隠せないまま騒ぐ周り。図書室はあっという間に音が支配した。しかしその空気を一瞬で変えてしまうのが彼だ。
「その本、面白いですか?」
辺りは一気に静かになる。このままではまるで音のない空間にいるようだ。それにしても彼は一体何を考えているのか。私にはわからない。私は彼の顔をちらりとみるが、彼は仮面を被ったままだった。
「えぇ、まぁ」
後々周りから騒がれるのは嫌なので、曖昧な返事で会話を切る。私の少しばかりの意思表示だ。貴方と話す事は出来ない。それを彼に伝えようと思った。次元が違うし、そもそもこれは…。
彼は暫く沈黙し、その場を去った。その間私は下を向いていたので彼が何処を見ていたのかは知らない。
「ガガガッ…」
「!?」
これは間違いなく椅子を引きずる音だ。しかも段々近づいて来る。
「え…何でです」
零した言葉は早々に消えた。彼は私の隣に居たのだ。わざわざ自分で椅子まで引きずってここに来たのである。何故そんなことを。さっきから行動が可笑しい。周りに注目されているではないか。こんな事をして何の得になる?彼には何の得もない。実際私にも……。
「ほぅ、恋愛小説ですか。女の子らしいじゃありませんか。しかしこんな純愛ものでは足りないでしょう?もっとスリルが、刺激が欲しいとは思いませんか……?」
本につけられたラベルを見て、恋愛小説だと気づいたらしい。彼の問い掛ける表情を見て私は凍りつく。誘惑するような、寂しそうな目。彼自身が何かが足りないと言っているようだった。満たされない何かを求めているような、そんな感じ。私を見つめる目は、私を通り越して更に奥を見ているようだった。先に何が見えているの?
「スリル…私には縁のない言葉。私はリスクを負いたくはないので。」
私は逃げ出すように図書室を出た。
廊下に出て壁に寄りかかり、ぐったりしながら私はさっきの回想を巡らせた。視界に残る彼の顔。いきなり走ったせいか、呼吸が荒い。心臓の鼓動が速いのもそのせい?
色んな人から聞く雅威江の話では決して人に話しかける方ではなく、むしろ人を避けるタイプだと言っていた。そんな彼が先程の行動を起こすなんて考えにくい。どう考えたとしても。
思考は留まることを知らず、次々と浮かんでは消える考え。そうこうしている内にチャイムの音で我に返った。次の授業は家庭科で調理実習の話があるはずだ。遅刻してはまずいとお題を変え、頭の隅に記憶を押し込んだ。あれは何かの間違いだったんだ。そう仮定して、私は家庭科実習室へ向かうのだった。
取り敢えずは、愛子サイドがA。
それから多分雅威江サイドがB。
それでもって恵や加奈、弘人はCDEとサイドによって番号の後ろにつくアルファベットが違うとでも思っていてください。