東京の彼。第8話。入院。後編。
結局、彼の入院は、1週間にもおよんだ。
彼は、暇だとしきりに言った。
私は、休みの日など、朝から晩まで病院にいた。
やっと、ご飯が食べられるようになった彼の前には、重湯があった。
障子を貼り付けるときの、のりみたいなもの。
かわいそうに、最初の食べ物はそれだった。
まったく、食欲がわかなくなった彼は、デザートについてきたヨーグルトをおいしそうに食べていた。
3日間も何も食べていなかった。
ずっと、点滴だけ。
そのあげくに、重湯。
心底かわいそうだった。
少しずつ、胃を慣らしていけなきゃいけないので、しょうがなかったのだ。
毎食、彼は、デザートを食べた。
ヨーグルトだったり、バナナだったり。
彼は、やせこけてしまっていた。
家に帰ったら、おいしいものを作ってあげようと思った。
彼の、今回の病名は、「急性すい炎」だった。
すい臓が、炎症をおこしている。
その原因は、ものすごいものだった。
一緒に、先生から原因を聞かされた。
私たちは、ぽかんとしてしまった。
「ご飯の食べすぎですね」
さらっと、言ってのけた。
要するに、白米、米を食べすぎなんだという。
ちゃんと、消化に必要な液が出ずに、臓器が、炎症を起こした。
ものすごいな、と思った。
人間の体って、そんな簡単なことで、壊れるんだ。
そのとき、人間は、弱いものだと知った。
彼は、1週間後、退院した。
シャバの空気はおいしいと言った。
青い自転車に、荷物を山のように積んで、二人の家に帰った。
退院の日は、ものすごい雨で、駅前の地下街は浸水していた。
私たちの、アルバイト先も、床がびしょぬれだった。
そんな雨も、私が彼の病院につくころには、少しやんでいた。
やっぱり、二人はいい。
彼が戻ってきた部屋は、一人のときとは比べ物にならないくらい、暖かかった。
一緒に、自転車に乗る。
一緒に、エレベーターで9階まで上がる。
一緒に、ドアを開けて、部屋に入る。
私は、ずっと笑っていた。
彼が戻ってきたのがうれしかった。
また、一緒に暮らせることが、うれしかった。
ずっと、永遠に続くと思っていた。
彼と離れるのなんて、考えもしなかった。
また、私たちの時間は動き始めた。