東京の彼。第4話。けんか。
彼とは、頻繁にケンカをした。
くだらないことで、私がすぐに怒った。
あまりにも小さな理由なので、今はもう覚えていない。
私は、大声を上げて、泣きながら彼にうったえた。
彼は、全く動じなかった。
いつもそうなのだ。私ばかりが熱くなる。
彼は、どんどん冷静になって、うん、そうだね、などと少しだけしゃべる。
私は、そんな彼の様子にもっと腹が立ち、もっと熱くなる。
彼は、ケンカのたびに、少し悲しそうな、寂しそうな目をして私をじっと見つめた。
いつも、彼は全然悪くなかったわけではない。
彼は、自分が悪いと思ったらすぐに謝った。
私はそれでは満足せず、あれこれ理由をつけ、いつまでもわめき散らした。
彼は、辛抱強く私がおさまるのを待っていた。
言いたいことを飲み込んで、いつも待っていてくれた。
一回だけ、彼が部屋を出て行ってしまったことがある。
そのときも、私が大暴れして、彼は、あきれて出て行った。
夕方近くに、何も無かったかのように部屋に戻ってきた彼に、私はものすごく悪いことをして様な気がして、抱きついたのを覚えている。
彼は、黙って頭をなでてくれた。
それでよかったのだ。
ケンカして、仲直りして、またケンカする。
そういうのが良かったのだ。
広くない部屋だったので、逃げる場所なんてない。
いつも一緒にいたから、お互いが思っていることを口に出した。
何でも知っていたし、何でも分かり合おうとした。
もう少し広い部屋だったり、離れて住んでいたら、きっと、ダメだった。
最高の理解者だった。
口にしなくても、肌で感じることが出来た。
双子の兄妹みたいに、テレパシーとかそういうものが使えたのかもしれない。
今まで、そんな人はいなかった。
完全に、二人だけの世界にいた。
誰も入ってこれない、濃密な世界にいた。
知らない人が入ってきたら、窒息してしまうほどの、世界にいた。
毎日が、繰り返しやってくると思っていた。
同じ太陽が次の日も同じところに昇り、
同じように夜が来る。
ずっと一緒だと思っていた。
ずっと続くと思っていた。
でも、すべては、少しずつ、見えないほど少しずつ、変わって行っていた。
二人が気付かないうちに、外の世界は動いていたのである。