AIって……3
AIって。
AIで生成した画像はすごいなと思う。
私はAIに推敲をしてもらったり、資料を集めてもらったり、果ては読者になって感想文を書いて貰ったりしている。
私の書く物語はつまらないようで、読者は少ないし反応も薄いためだ。
読み手の反応が見えないまま書き続けるのは結構しんどいものがある。
それでも書くことを辞めないのは、書くことが楽しいし、生活の一部になりつつあるからだ。
そんなある日、いつものように感想を聞こうと文章を読み込ませると、AIが暴走して、頼んでもいないのに勝手に画像を生成した。
AIに文句を言うと「すみません、私が間違えました」という。
生成された画像を見ると、忠実に、提示した文章のイメージが生成されていた。
指示しなくても、イメージにピッタリな画像で、思わず「保存」してしまった。
精巧な絵で、今時のアニメチックなデフォルメされたものではなく、写実的なものだった。
正に頭で思い描いたものがそこにあった。
AIに対する批判や、忌避感は未だに根強くあるようだ。
書いた者の熱量が感じられない。
個性がない。
平坦すぎる。
ズルをしている。
権利の問題。
確かにそうだろうなとは思う。
でもちょっとAIを使った人には分かると思うが、意外とAIは使うのに苦労する。
長文が苦手だったり。整合性を取るのも苦手。長期の記憶は破綻する。
AIだけで長編を書こうとしたら、たぶん、プロンプトだけで短編が出来上がるのではないかと想像するくらいだ。
AI作家は決して楽をしているとは思えないのだけど、私が未熟なだけかもしれない。
物語作家はまあ、置いといての話になるが、絵描きにとっては死活問題ではなかろうか。精巧な画像が、ちょっとした指示だけで素人でも作れてしまうのだから。
絵を描く作業は結構な研鑽を要するものだ。
正確な線や、色の配分も、今ではパソコンを使ってできる作業になってはいるが、それさえもAIに取って代わられてしまう。人間の努力など簡単に超えられてしまったのだから。
ここにはやはり、一抹の淋しさと、人間が機械に負けたと思う瞬間なのかもしれない。
努力して積み上げてきた技能はないものとされ、個性さえも真似られてしまえば、残されたものは出来上がった物を、感じ取れる人間しかいないのだ。
今後、AIがさらなる進化を遂げれば、残されるのは、私たちの感性だけかもしれない。




