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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

自分から動くのは、君のほう。

掲載日:2026/09/26

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第43弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「甘やかされるのは、君のほう。」の後の話です。


 寝台の端に腰掛けて、ノインは両手を軽く広げた。

 いつもと同じ、優しい眼差しと、穏やかな微笑み。


「ぎゅってしましょうか」

「…………」


 月のものが始まってから、毎晩こんな感じ。


 あれだけ自分のことを嫌いになっていたのに。


(……私って、なんでこうなんだろう)


 離縁しようって、ノインのためにはそれしかないってあれだけ思いつめていたのに。


 両手を広げているノインが「ん?」と不思議そうにしていた。


 自分に原因があると思い込んでいた。

 だって、世間ではそう言われていたから。


 でも。


(……ノインの説明した話は、おかしなところはなかった)


 種がダメだったら、芽は出ない。


(土が良くても、種がダメならどうしようもないもんね……)


 ノインはべつに気にしてない感じだったけど……そんなわけないと思うんだけど。


「ノイン」

「? はい」

「……月のものは終わったよ」

「知ってますけど」


 それなのに。


(それは、ノインの言っていた妊娠のチャンスじゃないから?)


 あれだけ触れてくれたのに。


 心の中がもやもやして、気分が悪くなる。

 覚えのある気持ち悪さ。


 雨季の時、ノインの怪我がきっかけで彼はそれまでしていた夜の練習を一切やめた。


 いつもと態度が変わらない。


 ちゃんと休んで欲しいと思っていたくせに、たったそんなことで自分は崩れた。


 感情がうまくまとまらなくなってしまった。


(私……変なのかも)


 これを恋だと思っていたけど、違うのかもしれない。

 わからない。


(ノインがよく言う、気持ちいい、っていうのも……わからない)


 気持ちいい?


 安心するとか、幸せとか、そういうこととは違う……んだよね。


(私は、わからないことが多い)


 ふわふわの毛布に触れた時とかとは、絶対に違うよね?


 私は。


(私は、なにも持ってない)


 特別でもない。


 持っているのは自分だけなのに、ノインはいらないって……拒否をした。


 からだは、あげるものじゃない。


 軽く息を吐いてから、寝台に近づいてノインの前に立つ。

 そのまま膝のあいだに入り込んだ。


(できる……!)


 私はできる。


 だってノインが好きだから。


 好きな人のはず……だよ。


 包むような抱きしめ方。自分が一番好きな、抱きしめ方。


 ノインはたくさん、自分のことを知ってる。


 だけど私は?


(私は)


 じっと至近距離からノインを見つめる。


「? 眠くないんですか? お喋りしましょうか」


 そうだね。それでもいい。

 たくさん話すの好き。抱きしめてもらうのも好き。


 だけど。


(それだけじゃ、嫌だってわかってるよ)


 もっと、もっと深く。

 もっと、もっと奥底まで。


 確かにわかっていることは、ノインは私のことを全部知りたくて、全部欲しがってること。


(たくさん嬉しいことをしてくれるし、私はそれに返せていないし……ノインの触れたいのと、私の触れたいは、違う感じがすることもある)


 いつかわかる時がくるのだろうか。


 いつか、って。


(いつ? 私は、ノインが夫に相応しいから結婚したわけじゃない。選ばれたから結婚したけど、そうだけど)


 もう嫌だ。


(ノイン以外はいらない。他の男の人に嫁げって言われたって、絶対無理……むり。他の人に、触れられる? キスされる?)


 想像しただけで、こわい。

 耐えられる自信がない。


 以前の自分ならそうじゃなかったけど、今は違う。


 離縁したって、私はきっと再婚なんてできない。でもそれでいい。


(ノインが幸せになるなら、私はそれでいい……!)


 だから。


 与えるのではなく、自分からうごく、べき、だ。


(できる! 私はできる。受け取るだけじゃない)


 唇を重ねる。触れるだけの軽いもの。


 離れてから、もう一度。


 今度はさっきより少しだけ、長く。


 見上げた先のノインは、微かに指先だけを動かして、不思議そうな視線を返してくる。


(そうだよね)


 だって。


(私からすること、ないもんね)


 たった一度だけしたけど、ノインは知らない。


 次になにを言われるか、予想できる。


(なにかありましたか、でしょ)


 なにもないよ。なにも。


 体をさらに寄せて、膝の上に乗ると、腕を彼の首に回した。


 驚いているのが。


(わかる)


 こんなこと、しない。したことない。


 逃げないで。


(ノインはキスする時、こんなこと思ってたのかな)


 ああ、だからいつも。


(私に許可をとっていたのかな)


 触れていいですか、とか、キスしていいですか、とか。


 もう一度、唇を重ねる。


 押し込むように角度をつけたけど……でも、合わない。


 触れてはずれて、……離れる。


 何度繰り返しても、うまくいかない。


(なんで)


 できない。


 キスもまともにできない。


 胸の奥がざわついた。


 ノインが難しそうにしないから、そう見えていただけなのかも。


(ほんと、知らないことだらけ)


 自分自身に呆れそうになった時、顎に指が触れた。


 ノインの指が下から支えてきて、少しだけ角度を変えた。顔がわずかに上を向いて。

 そのまま、唇が重なる。


 位置がずれずにぴたりと合って、離れずに、そのまま続いた。


 その状態で、ノインがわずかに距離を詰めてきた。

 唇が少し押し込まれて、ほんの少しだけまた角度を変えてきた。


(私ができるようにって合わせてくれてる……?)


 ――なにか、触れた。


 口の中に、やわらかいものが入ってくる。

 歯に当たって、そのまま奥へ滑る。


(ノインが好きなキス……)


 応えるには、どうすれば。

 いつもみたいに、ただ受け入れるんじゃなくて……。でも。


 少し引こうとすると、動きに合わせてさらに奥へ入ってきた。


 少しずつ、奥へ。

 少しずつ、長く。


 ノインがまた、顎に触れて角度を変えた。

 こちらの動きに合わせて、距離も。


 だけど。


 唇を離さずに、また、だ。


 繰り返すたびに距離が短くなって、戻っても、また触れてくる。


 呼吸がぶつかる、のに、次第にずれていく。


 唐突に、合った。


 入るとき、息を吐くときが揃って。

 戻るとき、自然に空気が入って。


 ズレが、なくなった。


(……できた)


 肩から力が抜ける。でも、キスが終わらない。


 呼吸が短くなっていくその時、背中に手が触れた。


 ノインの手のひらが、肩甲骨のあたりに。

 指先がゆっくりと下へと動く。


(あ)


 背中の内側がぞわっとして、体が小さく揺れる。


 呼吸が、ほんの一瞬、乱れる。


 だけどノインはその手の動きを、止めなかった。


 同じ場所を、今度は少しだけ強くなぞる。

 爪ではなくて、指の腹で押すように。


「っ」


 思わず自分の指に力が入った。


(あ)


 キスのリズムが崩れちゃった。


 そんな風に思う間もなく、また、なぞられた。


 背中に触れられるたびに、力が抜けていく。


 体重を預けると、ノインの膝の上で位置が少し沈む。


「…………」


 視線が、ぼんやりと揺れた。

 この感覚……。


(限界までやってみようよって……言った時に……)


 ちょっと似てる……。


 届きそうで、言葉にできそうだったもの。


 そのまま、衣を掴んだ。


「……ノインが、欲しい」


 はっきり言ったはずなのに、耳に遠い。


 放った言葉を聞いたノインの動きが止まった。


 一瞬の、静止。


 次の瞬間、強く引き寄せられる。


 背中に回る腕の力が変わって、位置を固定するように抱え込まれたことで……二人の距離が消えた。


 ノインの動きに引きずられるように、揺れる。

 不規則だったものが、やがて一定の間隔に。


 背中から離れない手。指先が、同じ場所をなんども、なぞるから。


「っ……!」


 呼吸が、乱れて、キスが、途切れて――また、重なる。


 距離は、広がることも、なくて。


 動きと、呼吸と、キスが重なっていく。


(体……力、抜け……ちゃう……)


 あれ……。


 ノインの呼吸が。


(変わった)


 短くなって、視線が外れなくなった。


(きれい……)


 好きな色ではなかったのに……そのはず、なのに。


 自分の動きが、引き寄せられるように揃った。


 同じ間隔で、繰り返される。


 指が、無意識に、強く、強く掴んだ。


「……気持ち、いい……」


 ぼんやりとした声。


 なんか、私、言った?


 あれ?


 なんか一瞬。


(ノイン、止まった……?)


 だけど。


 動きがまた変わって、支えられる力が強くなって、位置が固定され。


(深い……)


 キス、きもち、いい……。


 集中できない。


 背中の刺激、キス、動き。


 もうだめ……。


「……ぜんぶ、ちょうだい」


 小さく掠れた声がもれて、ノインの呼吸が途切れて…………全部変わった。


 ためらいが、なくなって。

 深い動きに、なって。

 速さが、変わって。


 隙間なんて、どこにもない。


 なんでぜんぶいっしょにするの。


(考えられなくなる……)


*


 いや、うん……。


 オルガは毛布に包まって、小さく小さくなっていた。


「ふふっ、くくっ、ぐっ」


 毛布の外ではノインが必死に笑いを堪えているのが聞こえる。


(う、うううううう!)


「なにを笑ってるの」


 恨めしいとばかりに声を低めて、毛布の中から言う。


「ふふ、い、いえ、積極的で魅力的でした」

「……へー」

「機嫌を直してください」


 笑いを我慢しながら言われて、はいそうですか、って返事をするとでも?


「なにか言うことあるでしょ……」

「……キスをしてくるとは思いませんでした?」

「そっ! そ、そうだけど……ち、違うって!」

「舌の動きに応えられるようになりましたね?」

「うっ、そ、……うじゃなくて!」

「うーん……深いところでも良さそうで嬉しいです?」

「わああああ! あれっ、うっ」


 わかって言ってるでしょ!


「途中で角度を直しましたけど、しないほうが良かったですか?」

「えっ? い、いや、してくれて良かったよ? う、うまくいくようになったし」

「ふふっ、そうですね。

 怖がっていたのに……ちゃんとできてましたよ。気持ちよかったです、俺」


(……すごくいい笑顔……!)


 そうじゃないでしょ……。


「どういう心境の変化があったんですか」


 ぎくっとオルガが震えた。


「君がキスをしてくるなんて……なにかありましたね」

「……ないよ。強いて言うなら、ノインが言う、きもちいいっていうのが、気になるなっていうのと」

「…………」

「……ノインを幸せにしたいなって…………思っただけだもん」


 声、ちっちゃくなった……。


 聞こえてませんように。


「いつまでだんご虫をしてるんですか?」


 はっ、そうだった!


「ぎいいいい!」


 オルガはぷるぷると細かく震えたあと、突然寝台の上で立ち上がった。


 毛布がはらりと落ちる。


「これならわかるでしょ!」

「……いい眺めですね」

「なあああああああっ!?」


 オルガはこちらを見上げているノインに、人差し指を突きつける。


「私の記憶では!」

「……はあ」

「ノインとしてたキスと!」

「……」

「なんかノインがやたら背中触ってたことしか、ない!」

「…………へえ」

「それなのに!」


 それなのに!


「おぼえのないところに、赤い痕いっぱいついてるっ!」


 ノインが視線を逸らす。


「いつの間にか肌着脱がされてたし」

「…………」

「おかしいでしょ!」

「……おかしくはないと思いますけど」

「おかしいって!」


 信じられないとばかりに、オルガはわなわなと震える。


「なんでこんな胸のところとか、う、うううう」


 ハッとしてオルガがその場で一回転した。


「は? ちょ、ここにも! 待って、こっちにも!?」

「…………」


 ノインはその様子を見て「いい眺め」と小さく呟く。


 屈んでから「あー!」と悲鳴をあげる。


「ちょっと! 体拭いてる時に太ももとかつけたでしょ! あーあー、脚にもいっぱいつけて……」

「…………」

「もー……。

 ほら、言うことあるでしょ」

「…………」


 しばらくこちらを見てきて、ノインが呟く。


「かわいい」

「…………そうじゃないでしょ‼」


 こうなったら。


「私もこの赤いの、ノインにつける!」

「……はあ」


 呆れてる!


 オルガは膝をついて、にじり寄った。


「動かないで」

「……」


 小さく頷いたノインの首元に顔を近づける。


(こ、こうしてた、ような)


「……」


 じっとしていたノインが視線だけこちらに向けた。


「それは、ただのキスです」

「……」

「つかないですよ、赤い痕」

「ええっ!」


 ノインが指で、自分の首の一か所を示す。


「つきやすいのはこのあたりです。

 皮膚が薄くて、血が集まりやすいので」


 耳の下、首筋、鎖骨の近くだと示すのはいいけど。


 オルガは視線を戻して、自身を見下ろした。


「…………」

「俺のようにはまだつけられないと思うので、諦めてください」

「つくよ!」


 たぶん……。


「軽くではなく、ある程度同じ場所に圧をかけて吸うんです」

「すう?」


 しばし視線を虚空に向けて、怪訝そうにした。


「こうです」


 ノインが唇を寄せてきた。


(あ)


 離れると、そこにうっすらと色がつく。


「???」


 早すぎてよくわからない。


「で、できるよ!? 私にも!」

「…………」

「できるって! 強くぢゅーって吸えば絶対つくでしょ!」

「ぶふっ」


 ノインが顔を逸らした。


 わ、笑った……。できないと思ってる!


 同じ場所で、えっと。


(圧? 吸えばいいんでしょ、吸えば!)


 何度しても、つかない。


 オルガは徐々に顔をしかめ、ベッドの上に転がった。


「もういいよ!」

「あはは! べつにできなくてもいいんですから……ふふ」

「どうせ私は下手だもん……。ノインみたいにうまくできないもんね」

「うーん……べつに俺はうまいわけではないと思いますよ」


 言葉に疑問になって、そちらを向く。


 ちょっと困ったように、ノインが微笑む。


「俺は君にだけ上手い、それだけです」

「???」

「他の女性だと、下手って思うんじゃないですかね」


 はあ???


 オルガのまったく信じていない顔を見て、「ぐっ」とまた笑いを堪えた声をもらす。


「俺は君にだけ特化しているというか……。俺も含め、大抵の男は下手くそだと思いますよ」

「……そうなの? でも、遊び人? とか?」

「そんなの、平均的な技術しかないから、可もなく不可もないだけかと。

 個人差があるのに、全員から技術があると思われるなんてこと、あるわけないと思いますよ」

「ん?」

「君は俺以外の男だと、おそらく……想像もしたくはないですけど、下手すぎて男として見れないと思います」

「? 男の人は、男の人でしょ?」

「微生物扱いにでもなればいいのに……俺以外」

「なんか言った?」


***


 翌日。


「おい、首のあたりになんか虫刺されみたいなのあるけど大丈夫か?」


 訓練のあとのノインは、ジョスの指摘に一瞬だけ視線を伏せたが無視して制服を着直した。


「ほんとだ。首元かな? うっすらと赤いのがあるね。

 ……それキスマークじゃない? 慣れてない子にされたの? あーあ、怒られるんじゃないの、婚約者の子にさ」

「ええっ!? どう見ても虫刺されだろ……」

「ジョスは初心だなぁ」

「笑うな。だれがウブだ」

「あれ~? そこには怒るんだね。そんなのだから恋人もできないんだよ」

「黙れ、女たらしのクズが……!」

「ナーヴに頼んで、娼館連れて行ってもらえば?」

「あっ、あんなの行くわけないだろ!」

「はー……初心だなぁ」

「だまれって言ってるだろ、コニー……!」


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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