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第一話「虫にも校訓を適用し自主性を求めてみた」

都会からずっと離れた山の奥深くに存在する謎の城郭都市のようなもの。


それは名門「ティタン魔法妖術学園」の校舎である。


もっと言えば「ティタン魔法妖術学園中高等部」の校舎である。


ティタン魔法妖術学園には他にもティタン魔法妖術大学に付属する形で三年の初等科、四年の中等科と五年の高等科を合わせて八年の中高等科が存在する。


ティタン魔法妖術学園は世界中の様々な場所から優秀な生徒たちが「魔法」や「妖術」を学ぶためにやってくる屈指の名門校の一つである。


しかし初等科や大学の校舎は賑やかで利便性の高い都市部に建てられたのに対し中高等部の校舎だけはなぜ山奥のこんなクッッッッッッソ田舎に追いやられてしまったのか。


都市部に土地が無かったのか学校の偉い人の都合だとかはたまた何かの陰謀だとか。いろんな噂話こそ広まっているもののホントのところはどうなのか真相は未だ不明のまま。


ちなみに校訓は「自主自律」である。


そんなティタン魔法妖術学園中高等部では半年ほど前、五年に一度の理事選挙があった。


その選挙で選ばれたのは辛夷(しんい)蒼朮(そうじゅつ)黄藤(きふじ)知母(ちも)牛黄(ごおう)の五名。業務の引継ぎのために旧理事の紫令(しれい)の合わせて六名。


そのうち知母と牛黄は外回り、紫令以外の三人は理事会会議室で仕事中。残りの紫令は寝坊で遅刻である。


紫令が未だ布団の中で遅刻記録を更新し続けている間にも会議室の三人は忙しく動き回り何かしている。


もっと具体的に言うと部屋の中央にでっかい虫が出たので皆してどうにかしようとしている。


「ちょっと虫!!何虫これ!!虫いるって!!デッカくないこれどうするのこれ」


虫をどうにかしようとして個人情報まみれの大事な書類を丸めているのは理事の一人黄藤。黄藤は明るい茶髪に赤色の目をした少し大柄の青年である。のんびりと抱擁力のある感じはどこかクマのぬいぐるみにも似ているだろう。


「これはカジュソウ虫といって驚かせると汚い液体を撒き散らす甲虫のようです。叩いたらだめ。取扱には気をつけて。大事な書類にかからないように」


と言いつつも適度に虫と距離を保つ蒼朮。蒼朮はサラサラした薄灰の髪に氷色の目。いかにも王子様といった風な見た目の青年。


「おいどうすんだこれ」


虫を掴んでは机に置いてまた掴んでは机に置くことを繰り返す辛夷。辛夷は黒に近い藍色のくせ毛に煌めく琥珀のような綺麗な目をした正統派のイケメンである。


そしてその辛夷に意味もなく掴んだり離したりされる虫。


「ちょっと辛夷ちゃん何してるの。どうしたいのその虫」


「どう?と言われても別にどうこうしたいわけじゃねぇんだが」


慌てふためく二人を横目に、冷静なのかそうでもないのか蒼朮は部屋の窓を開ける。


初夏の晴れた空。風は幸いにも弱く書類が飛んでいく様子はない。


「ここから虫を逃がしましょう。さ、こちらへ」


虫を掴んだ辛夷を窓へ導く蒼朮。辛夷はとりあえず窓のそばへ向かう。


あとは逃がすだけ。けれどそううまくはいかなかった。


「これどうすればいいんだ?投げればいいのか?」


「投げ……投げるんですか?ここ二階ですから、もし下にいる誰かに当たると危ないしやめたほうが」


「それもそうだな」


どうしようか。手に掴んだ虫を眺める辛夷。虫はジタバタして落ち着かないようだ。仕方がないのでそっと窓際に置かれる虫。


すぐそばにある開いた窓から出るか出ないかはその虫の自主性に任せられたようである。まさに校訓の通り。


それから各自書類仕事をしたり、休憩にお菓子を食べたり。けれど蒼朮にいたってはまだ虫が気になるようだ。


手慣れた魔法でケトルのお湯を沸かしながらも蒼朮のその氷色の目は虫を捕らえて離さない。


「……ちょっと何かで背中を押してあげたら出てってくれませんかね」


「そこまでする必要もないだろ。そのうち出ていくさ」


のんびり仕事する辛夷。黄藤もせんべいを齧りながら不思議そうに蒼朮を見ている。


この時点で何か嫌な予感がしている蒼朮。第六感的何かが蒼朮に「このまま窓を開けておくのは良くない」と囁いている。


その予感が何を示しているかはハッキリとは分からない。窓を開けておくことによって強い風が吹き付けて書類が飛んでしまうだとか、また新しい虫が入ってきてしまうかもしれないだとか。なんとなくそんなものだろうと蒼朮は予想していた。


それから蒼朮は何かの予感に背中を押されるように湯沸かしを中断し、手には長めの定規。それを恐る恐る虫の背後に近づけると思った通り、虫は窓の外へと飛び立った。


ほっと一息つく蒼朮。あとは窓を閉めるだけ。


蒼朮は窓を閉めようと手を伸ばす。ところがその時、勢いよく何か突っ込んできた。


すんでのところで避ける蒼朮。あと一瞬遅ければそれは蒼朮に直撃していただろう。


冷や汗を拭う暇もなく蒼朮は入ってきたものの正体を確認しようとする。


それは飛んできた勢いで椅子をひっくり返し本棚の本を数冊床に巻き散らかし机に置いてあった書類をシャワーにし、挙句辛夷に抱えられている?いや、違う。それの方から辛夷に抱きついているように見える。


開いていた窓に勢いよく飛び込んできたのは虫ではなく「人」だった。予想外の来客に驚く蒼朮。そして呆れたように目を細める。


その顔は蒼朮がよく知っているものだ。


彼は窓出入りの常習犯でありドアとかの使い方を知らない人種であるティタン魔法妖術学園風紀副委員長、南天。南天は怪しい紫の目、少し長めの濃灰色の髪を後ろでひとまとめにしている雅な感じの男である。


「やぁ〜やぁ〜皆さん。ごきげんよう」


「おい!!抱きつくな!!何なんだ一体」


どさくさに紛れて辛夷にセクハラ紛いの抱きつきをかます南天。おおむねいつも通りである。


「南天さんがね。そこにいるボンクラの蒼朮くんのために悪いお知らせともっと悪いお知らせを持ってきたよ。とりあえず南天さんに感謝しようか。さ、ありがとう。ありがとうって言ってね」


能天気で邪悪な笑顔を浮かべる南天。相変わらず滅茶苦茶な物言いである。思わず眉間に皺がよる蒼朮。


「おい!!のけ!!」


辛夷が身を捩って引き剥がそうとしても南天は全く動じない。変態特有の並外れた体幹である。

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