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敵基地襲撃

 初任務以降、ヴィーの戦闘評価は下降の一途を辿った。特に民間人が絡む場合に顕著に表われた。

 それは、彼女の戦い方が変化した為だった。以前の彼女であれば、敵を倒す事を優先していた。それが今では、先ず敵を空き地や放棄された建物等へ誘導する様になった。また、止むを得ず人家のある所で戦闘になった場合でも、戦闘後に倒した敵を、民間人の被害の及ばない所まで移動させる様になったのだ。

 当然、彼女の戦績は下ったし、CAD機関員からの評判は落る一方だった。


「よう」

 訓練施設で汗を流していたヴィーに声を掛けてきたのはヨハンだった。

「やっぱり、噂通りだったのか。ダイモーン相手に手を抜きやがって。初任務の時はちょっと見直したんだがな」

 蔑んだ目で見られても詰られても、ヴィーには返す言葉が無かった。

「忠告しといてやる。戦闘中は背中に気を付けとけ。敵はダイモーンだけじゃないって事だ」

 言い捨てたヨハンは、ヴィーの元を離れていった。訓練施設に居た全ての戦闘員・訓練生は皆、残されたヴィーを白い目で見ていた。

 いたたまれなくなったヴィーは、訓練を途中で切り上げ自室へと戻った。何処に行っても同じ視線を向けられるヴィーにとって気の休まる場所は、自室の他には無かったのだ。


 購買で求めたジャンクフードとサプリメントを水で流し込む。嫌がらせで足を引っ掛けられたり身体をぶつけられる食堂での食事を、ヴィーは早々に諦めていた。

 ベッドに横たわり腕で覆うその瞼からは涙で滲み出ていた。


 そのまま寝入ってしまったヴィーは、夢を見ていた。正式なスーツを着用したあの日からヴィーは毎夜夢を見ていた。夢に出てくるのは最初の女性の時もあればそれ以外の女性の場合もあった。時には金色の狼が出てきた事もあった。

 光で滅尽された世界の光景以外にも、洞窟地下の施設だったり、大きく削られた山肌やそこに造られた研究施設等、ヴィーが観た事の無い景色が、夢の中で繰り返し再現されていた。

 初めの内は目覚めとともに忘れてしまっていたそれらは、何度も何度も繰り返されるに従って、今では、良く知る人物になり場所になった。目覚めの時には何とも言えない悲しみの涙さえ溢れる迄になっていた。

 そして、夢を見る度に、スーツ着用時の彼女の動きは無駄が少なくなり、より切れを増していき、更に洗練されていくのだった。


 正式な機関員となって二ヶ月目の今日、ヴィーはシルヴァニャとの国境に近い山麓の森林内での作戦に従事していた。此処にはダイモーンの基地があり、彼らを此処から排除する事が今回の目的だった。基地自体はCADのシルヴァニャ攻略の為の前線基地の一つとして利用する事が決っており、今回も大量破壊兵器の投入は見送られた。

 基地内には民間人の従事者も居るという情報が事前に通達されていた。民間人の居る所では戦闘より彼らの避難を優先しようと、ヴィーは既に心に決めていた。


 作戦開始の時刻が来た。森林に紛れて近づいたヴィー達CAD戦闘員の作戦は、先ず敵の監視の目を潰す事から始まった。基地と森の間には、身を隠す所の無い雪原が広がっている。雪原の所々に監視所が設けられていた。監視所の一つを沈黙させる役目をヴィーは担っていた。相方はヨハンだった。

 スーツに施された迷彩は、運良くヴィー達を森林と雪原の境界まで運んでくれた。しかし、ここから先は身を護るものは訓練を積んできた自分自身だけだ。

 ヴィーとヨハンは最後の針葉樹の陰から飛び出すと一気に監視所へ走り出した。一瞬間を置いて監視所から二体の黒い戦闘服が飛び出してきた。彼らの手には、擲弾発射機の装着された小銃が握られていた。擲弾程度の初速であれば容易に躱せるし、爆発で飛散する破片や、小銃程度の火力であればスーツは難無く防いでくれる。ヴィーは擲弾の発射にだけ注意して、速度を落さず彼らへと走り続ける。

 敵が擲弾を発射するのが見えたヴィーは衝突コースを回避する。しかし、空中で四散した擲弾は、大きな投網と化していた。

 あれは不味い。咄嗟に判断したヴィーは、既に最高速度で走っていたにも拘わらず、脚に更なる力を込める。スーツは彼女に応えるかの様に、より速くヴィーの身体を前進させた。網の捕縛を潜り抜けたヴィーは、二体の敵との距離をあっという間に詰めてしまった。


 ヴィーの目には敵の動きが、何時もより少しだけ緩慢なものに見えていた。これなら相手の対応を見てからでも攻撃できる。そう判断した彼女は、フェイントのつもりで二体が直線上に並ぶ位置へ身を滑り込ませる。

 だが、敵は彼女を捕捉しきれていなかった。顔が彼女の方を向き切っていない。これを好機と見て取ったヴィーは、すぐ様手前の一体に駆け寄り、これを撃破した。更に、奥の一体の死角に難無く回り込んだ彼女はそれも撃破した。

 二体を撃破し、監視所の中に更ななる敵が居ない事を確認したヴィーは、漸くヨハンの方を見る。彼は身に絡まった網を外し終えたところだった。彼はヴィーの戦闘の一部始終を見ていたらしい。彼女のスーツが拾った、「化物が」と呟く彼の声がヴィーの胸に突き刺さった。


 他の監視所でも投網弾が使用されていた。先発の二名が捕獲された所では、追加で二名が投入され、監視所を沈黙させた。


 先程まで森林に身を潜めていた戦闘員が、ここからは先頭に立って突撃を開始した。ヴィー達監視所襲撃班は今度は彼らの後方に周る。基地突撃班の間隙を掻い潜って来た敵の排除に専念したのだ。


 負傷者を出しながらも、雪原で迎えたダイモーン達を全て倒したCAD戦闘員は基地内に侵入を果した。


 基地内の探索・掃討を繰り返すヴィーは、民間人の居る所では戦闘より彼らの避難を優先した。ダイモーン達も、避難が終るのを待つ素振りを見せていた。ダイモーン達が民間人を避難誘導している現場に立会えば、ヴィーは彼らを見逃してすらいた。


 そんな現場の一つで、それは起った。


 避難する民間人とダイモーンを見送るヴィーの背後からヨハンが襲ってきたのだ。ヴィーは予測していたかの様に、ヨハンの攻撃を前屈みになって避ける。と同時に、後ろ蹴りをヨハンに食らわす。ヨハンの腹部に命中した蹴り足を支えにして、もう一方の足の踵をヨハンの顎へと振り上げる。上体を反らせて顎への攻撃を避けるヨハン。顎を掠めながらも空振った踵の勢いを利用して、前方宙返りでヴィーはヨハンからの距離を取ったのだった。


「矢張り、お前は裏切り者の、化物だったな」

 ヨハンの声は少し震えていた。ヴィーの有り得ない身のこなしに恐怖していたのだ。

「続きは、どうするの」

 ヴィーはヨハンの背後を見る。そこには二人のスーツ着用者が居た。

「三人を相手にすれば良いかしら」

「お前相手に三人じゃ足りんっ」

 吐き捨てる様に言葉を残したヨハンは、顎をしゃくって他の二人と共に逃げる様にその場を離れていったのだった。

 もやもやした気持ちを抱えながら探索・掃討に戻ろうとした目の前にルウが現れた。


「何時から見ていたの」

「お前がダイモーン達を見逃していたところからだな」

 ルウの声に蔑みの色は感じられなかった。

「話がある。作戦終了後、少し時間を貰えないか」

 ヴィーはこくりと頷いた。

「じゃ、立哨を交代した後でどう」

「それでいい」


 二人は別れ、夫々の任務に戻っていった。


 作戦は成功裏に終了した。占拠した基地へのダイモーン達の攻撃を警戒するため、立哨任務に着いていたヴィーは、この後ルウに何を言われるのだろうと、答の出ない考えを巡らせていたのだった。


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