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不協和音

 集合地点の空き地を南から急襲された訓練生達は、夫々の判断で空き地の北へと退却を始める。判断の遅れた者は、その場で戦闘となるが、反撃の糸口さえ掴めずに守勢に回される。力尽きて頭部を潰される者も出始めた。

 退却した者の中には、戦闘準備を整え終えたのか、反撃に出る者も居た。

 空き地での戦闘は次第に乱戦模様に突入していった。


 ヴィーやルウ達、陰に潜んでいた者達は、ハンドサインを交す。ヴィーは東周りに針葉樹林の間を駆け抜ける。ダイモーン達の背後を突くつもりだ。スーツの戦闘機能は急襲視認時に使用可能にしていた。


 黒い戦闘服は樹林の中にも潜んでいた。ヴィーは針葉樹の陰に近寄ると直ぐ様樹を駈け登り、待ち伏せていた敵の一団の背後に飛び降りる。

 彼女が敵の一人の頭を掴む。光と闇の混合した波動が走り抜けると、敵は雪の中へと倒れ込んだ。黒い戦闘服達が一斉に彼女へ向き直る。その隙を狙って他の訓練生達が黒い集団へ同じ攻撃を仕掛ける。

 ヴィー達はそうして樹林に潜むダイモーン達を一つづつ突破して行った。


 空き地の中の戦闘は双方に多大な被害が出ていた。訓練生達は初手の劣勢を挽回していった。ダイモーン達に追加戦力が無かった事が幸した。本来なら樹林に潜んでいたダイモーン達が追撃の役目を負っていたのだろう。


 ヴィー達が空き地の南へ到達した時、勝敗は決した。ヴィー達訓練生は、ダイモーンを背後から襲う。ダイモーン達は一人一人と戦闘不能に陥れられる。やがて、地上に動く者が訓練生のスーツだけになった頃、一人の訓練生の本部への通信の声がヴィーの耳に届い

た。

「訓練センター、こちらCADT001。訓練中、フツーリの集合地点でダイモーンの戦闘集団と会敵。敵集団は全て戦闘不能。訓練生に多数の被害あり。負傷者の救助、および敵の殲滅支援を要請する」

『CADT001、こちら訓練センター。要請を確認。直ちに支援を差し向けます。要救助者は一箇所に集めて下さい』

 CADT001と名乗った、その落ち着いた声はルウのものだった。ヴィーは安堵の溜息を漏らしていた事に自分でも気付かなかった。


 無傷の訓練生数名で、負傷者を一箇所に移動し終えた頃、数機の大型輸送用無音飛翔体が上空に現れた。一機ずつ垂直着陸しては、負傷者を収容していく。収容を終えた輸送機は静かに北の方角へと空を翔けていった。

 最後の一機にヴィー達無傷の訓練生が乗り込む。この輸送機は今迄のとは違う行動を見せた。空き地上空を旋回しはじめたのだ。輸送機の腹部から、スーツと同種の光と闇の混合波動が大出力で放出された。波動を浴びたダイモーン達の身体は、自身の頭部の後を追うように消滅していった。スーツには仕込めない、大容量エネルギー源の搭載可能な大型輸送機にのみ可能な業だった。ただ、大出力であるが故に継戦能力が無い事が欠点だった。


 全てのダイモーンの消滅を確認した最後の輸送機は北へと転進した。

 やっと訓練が終了した、とヴィーは安心して目を瞑ったのだった。


 訓練センターへの帰還を果したヴィー達を待ち受けていたのは諜報部による事情聴取だった。特にヴィーの様なシルヴァニャ出身者に対するそれは尋問に近いものがあった。

 ヴィーは毅然とした態度で関与を否定した。集合地点で待機していなかった事にさえ、疑いの目を向けられた。それに対し、ルウに気付かされたように、集合命令はあっても、待機命令は受けていない事を堂々と主張した。

 ヴィーにはダイモーンへの復讐という目標がある。こんな事で機関への入隊を逃す訳にはいかなかったのだ。


 連日の厳しい聴取を終え、自身の襲撃への無関与が認められたヴィーは、訓練生に与えられた自室のベッドに身を横たえていた。彼女は目を瞑りあの襲撃の事を考えていた。

 内通者が居たのは確かなのだろう。だが、幾ら被害者が多かったとは言え、たかが訓練生に全滅させられる程度の戦力を投入するものだろうか。ヴィーの思考の中心はそこにあった。

 もしダイモーン達があの戦力で充分と判断したのだとしたら、彼らが入手した情報は意図的に捏造されたものという事にはならないだろうか。

 ヴィーの疑いは、作戦を立案する機関上層部へと向けられていったのだった。

 あの最終訓練を受けた訓練生達は、皆似た様な疑念を抱えていた。訓練生同士、互いに互いを疑っていた。極少数ではあるがヴィーと同じ機関上層部を疑う者も居た。


 疑心暗鬼に陥いった訓練生に、その通知が行なわれたのは、最終訓練の七日後の事だった。


 広い会議室には、ヴィー達無傷だった者は勿論、軽傷で済んだ者達の顔もあった。重症の者は未だ病床の上にあった。スーツは銃弾等の貫通を防ぐが、強い衝撃の全てを吸収するようには出来ていない。スーツ装着者同士、或いはダイモーンの強烈な打撃を受ければ、生身の肉体は骨折もするし内蔵に損傷を受ける事もある。

 重症を負わず此処に集った訓練生達は皆、修了生として正式な機関員となるに相応しい資格を持つと言える、とヴィーは思った。


「先ず、此処に居ない訓練生は全員再訓練を行うものとする。これは当人に個別に通知済みである」

 そう発表したのはイスト司令だ。彼は何時もの能面の様な表情で、一切の感情を排した声で告げた。

「また、通常訓練時の死亡者は、親族またはパートナーに遺体を返却、身寄りの無い者は無縁墓地への埋葬に留まるが、最終訓練で死亡した者のみ、無名戦士達の墓標へ記名される事とする」

 無名戦士達の墓標とは、ダイモーンとの戦闘で亡くなった対ダイモーン機関員への敬意を表するために建てられた尖塔の様な石碑の事だ。

 まあ、妥当な判断だろうとヴィーは思う。訓練生といえど、ダイモーンとの戦闘で亡くなったのだから。

 だが、訓練生の中にはこれに不満を漏らす者も居るようだった。ざわつく声を纏めれば、裏切り者が誰か判明していないのにそんな待遇が許されるのか、という事だろう。


 イスト司令はざわめきが静まるのを無言の威圧を放ちながら待っていた。司令の威圧に気づいた訓練生達は怯えの表情を見せ口を噤む。


「今回の訓練過程修了者は最終訓練で無傷でった五名。以上だ。名前を読み上げる」

 続いて読み上げられた名前の中に、勿論ヴィーとルウの名前も有った。しかし、納得の行かない訓練生達によって会議室は再びざわめき声で溢れてしまった。

「自身の評価は、各自端末で確認したまえ。既に配布されている筈だ。

 今呼ばれた五名はこのまま私に付いて来るように。以上、解散」


 修了者に対する嫉妬や怨嗟の声が、会議室を退出する修了者達を追い掛けてきた。ヴィーに対するそれは一際酷かった。「尋問されてた奴だろう」とか「あいつが裏切り者じゃねぇのか」とか「シルヴァニャ出のくせに」等という怒声も聞こえてきた。


「気にするな」

 琥珀色の瞳の男声が、ヴィーを気づかうように話し掛けてきた。

「気にしてないわ。貴方がルウね。素顔で会うのは始めましてかしら。あの時の助言、ありがとうございます」

 自身の無実を知っているヴィーは、本当に気にしていなかった。どころか、お礼を言う余裕さえ見せていた。

「初めて見た気がするんだが、綺麗な目と髪だな」

 ヴィーの金髪碧眼を見たルウは、お世辞とも言えない誉め言葉を彼女に掛けた。


 お礼の様な軽い笑みを浮べたヴィーは、前を向きイスト司令の後を歩いて行くのだった。

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