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最終訓練

 白雪を纏った高山の麓の針葉樹の森林には、満月の皓々とした光が差し込んでいた。森林もまた白雪に覆われ、月光を増すかのように辺りを明るく照していた。

 森林の樹々の陰から陰へと動く人形の影が一つ。その影は足跡を深雪に残しながら森林を南へと移動していた。影の主は全身を白黒迷彩仕様の分厚い服に、頭部はフルフェイスのヘルメットに覆われていた。ヘルメットの左側頭部にはCADT025の文字が浮ぶ。


 やがてその影の主は一本の針葉樹の陰で歩を止める。そのバイザーの向けららた先には立ち並ぶ樹々の隙間から見える大型の獣が居た。その獣は、立ち上がれば人の身長の五倍はありそうだった。獣は深雪に穴を掘っているようだった。


 影の主はその獣を警戒していた。影の主は分厚い手袋を嵌めた右手を、左手首の上に翳し何らかの操作をした様だった。

 影の主は時機を見計らったかの様に針葉樹の陰から飛び出した。その足は獣の方へ向けられていた。


 影の主は走り深雪をものともせず、一番近い針葉樹の陰へと走り切った。樹の陰へ隠れるやいなや、再び獣の様子を窺う。獣は何かに気付いた様子で警戒するように周囲を見渡している。影の主は身動きひとつせず、樹の陰から獣を窺い続ける。


 両者を隔てる樹々が邪魔をしたのか、獣は影の主を見つけるには至らなかったようだ。獣は再び元の作業に戻った。但し先程より警戒 を深めてはいる様子だ。


 影の主は再び、樹の陰から陰へと獣の方へ駆け抜けた。


 警戒を強めていた獣は、今度ははっきりと音の方向を捉えたのだろう。明らかに影の主が飛び込んだ針葉樹の方を睨んでいた。影の主が幾らじっとしていようとも獣は警戒を解く事はない。


 長い様な短い様な静かな待機の時間は突如終了した。まるで戦いの鐘が鳴ったかの様に、両者同時に相手に向かって全力で掛け出したのだ。

 獣の速度は凄まじかった。深雪も巨体も物ともしないその様は全開走行する戦車のようだった。立ち塞がる障害は全て薙ぎ倒そうという気迫が籠っていた。

 その威容に対する影の主は怯える素振りを見せない。それは獣への最短コースを駆け抜けようとしていた。


 両者の距離がゼロになる。


 爆走する獣の殺人的な威力を持った頭突きが影の主を圧し潰さんとした時、影の主が獣の視界から不意に消失した。本当に消失した訳では無い。衝突の直前で跳躍をし、獸を遣り過したのだ。

 敵を見失った獣は急制動を掛ける。再び敵を捕捉せんと二足で立ち上がり背後を振り返った獣の目の前に、影の主は、二度目の跳躍したその姿を現していた。


 影の主の分厚い手袋が獣の頭部に掛る。獸の頭上で影の主が片手倒立の姿勢になった時、光と闇に同時に包まれたかの様な不思議な現象が獣の頭部を瞬時に覆っていく。影の主が獸の背後へと傾いた時、不思議な現象が消えた獣の頭部は、跡形もなく消滅していた。

 影の主は、飛び越えた獸の背を軽く蹴り深雪の上へと着地した。頭部を失った獸は、蹴られた勢いのまま深雪にその半身を埋めた。


 自身の戦果を確認した影の主は、左手首に触れ何かの操作をした。ヘルメットのバイザーには鏡文字で10という数字が浮んで消えた。肩の荷が降りた様子を見せる影の主は、再び陰から陰へと樹々を縫うように、しかし今度はゆっくりと南へ進み続けたのだった。


----


 その夜行性の鳥はこの戦闘の一部始終を目撃していた。いや、今迄の十回の戦闘の全てを目撃していた。それは、影の主に気付かれぬよう密かに音も無く追跡し、為されていた。

 十回目の戦闘が終った今、その鳥は翼を大きく展げ空へと舞い上がった。その姿は針葉樹の森林を抜け、満月の光で溢れる夜空へ消えていった。



 複数のモニターが並ぶ部屋に、その白皙の男は居た。ここは、CAD、(Counter)ダイモーン(Attac)機関(Daimon)の本部基地にある、訓練監視セン ターであり、今、最終訓練の様子が全てのモニターに映し出されていた。

 白皙の男は今No.025と表示されているモニターを見つめていた。その表情はまるで能面の様だ。

 そのモニターには、夜行性の鳥が目撃した先程までの影の主と獸との戦闘が再生されていた。

 男は、そのモニターの監視員に指示を出す。


「その訓練生のパーソナルデータを呉れたまえ」

 声までもが感情の一切を含まない男の指示に、その監視員は応える。

「イスト司令、こちらです」

 監視員が指差したモニターの一部に新たなウィンドウが開く。そこに記された名前の欄はヴィーとあった。性別は女で歳は二十。


「総合評価の項目を見る限り、極めて優秀な訓練生の様だ。特にスーツとの適合は完璧と言って良い」

 イスト司令の呟き声を拾った監視員は阿るように答えた。

「何時見てもイスト司令の設計されたLuCy09スーツの威力は凄いですね。この訓練生もスーツの性能を良く引き出している様です」

 しかし、それに対するイスト司令の反応は監視員の身を凍らせるような冷やかなものだった。

「私は偶々入手した設計図を機関に提供しただけだ。

 君はこの訓練生が訓練を終了する迄、監視を継続するように」

「っ、失礼しました、電力補給後、監視鳥を追尾モードに切り替え監視を続行します」

 背筋に冷水を浴せられたかの様な監視員は直ちに指示を実行した。他のモニターへ向うイスト司令を横目に見ながら、以降、この人には余計な事は一切言うまいと監視員は決心した。


----


 影の主、ヴィーは訓練の最終目的地であるフツーリ地区近くの集合地点を目指していた。あの後も何頭かの獸に遭遇したが、それらとの戦闘は全て回避した。訓練の目標は既に達成したヴィーにとって、今は集合地点に到達する事が、最優先の任務となっていたためだ。


 樹々の隙間から僅かに覗く満月が大きく西に傾いた頃、ヴィーは集合地点に辿り着いた。

 そこは針葉樹林の中に切り開かれた広めの空き地だった。何人かの訓練生が既に居り、思い思いの姿勢で休憩しているようだ。


 ヴィーがその空き地に踏み入ろうとした時、彼女を呼び止める声が掛けられる。

「待て、今は未だ行くな」

 彼女を呼び止めた男声の主は、ヘルメットのバイザーを上げて琥珀色の瞳をヴィーに向けていた。

「何故ですか。ここに集合する事が訓練の最終目的です」

「いや、違う。獸を十体以上倒してここへ集合する様指示されたが、これで最後だとは一言も聞かされていない。訓練終了時間までは何があるか気を抜かない方が良い」

 見落としを指摘されたヴィー。確かに集合後の行動について指示は無かった。それを待機命令と受け取ったのはヴィーの独断だった。

 独断に気付かされたヴィーは男に訊ね返す。

「では、ここで最後の何かが起こると」

「断言は出来ん。しかし、その心積もりでいた方が良いと思う」

「あそこに居る彼らには注意したのですか」

 自分に声を掛けたのだから、彼らにもそうしたのだろうと、男に訊ねるヴィー。

「俺より後に来た奴にはな。だが殆どの奴には無視された」

 無視された事を気にしていない口調で男は返答する。

 ヴィーは思い込みを訂正してくれた感謝を込めて男に挨拶をする。

「気付かせてくれてありがとう。私もこの近くで時間まで隠れています。

 私はヴィー。貴方は」

「ルウだ」


 時間が来る迄、ヴィーは空き地との境界となる針葉樹の陰に隠れて過した。後から来た訓練生達には、ルウの説明と同じ事を話した。或る者はそれに納得し、別の者は無視して空き地へと歩いていった。殆どの者には無視された。


 訓練終了時間までもう少しという所で、それは起こった。南側から黒い戦闘服の集団が空き地に突入してきたのだ。


 黒い戦闘服の肩章はダイモーンの国であるシルヴァニャのものだった。それは、かつてヴィーから故郷と両親を奪った者達だった。


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