表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4章: 科学の壁と未知の可能性


発見の翌日、ネプチューン号の会議室は、通常の学術会議のそれとは異なる、一種異様な緊張感に包まれていた。テーブルを囲む科学者たちの間には、興奮と困惑、そして既存の科学的常識が揺らぐことへの戸惑いが入り混じっていた。中央の大型モニターには、発見された人類化石の鮮明な3Dモデルが映し出され、その存在感が部屋を満たしている。議題の中心は、ただ一つ。「ホモ・ハビリスに似た化石が、なぜマリアナ海溝の深海で見つかったのか?」。その問いは、彼らが拠り所としてきた全ての科学的知識を揺るがすものだった。

ドクター・エマ・クレインが口火を切った。彼女は、深呼吸をして、冷静を装いながらも、その声には抑えきれない興奮が滲んでいた。「まず、皆さんに確認したい。この化石がホモ・ハビリスに非常に似ているという事実については、誰も異論はないだろうか?」。

生物学者のドクター・サラ・オコーナーがすぐに答えた。「形態的には、現時点で判明している限り、ホモ・ハビリスに最も近いと言わざるを得ません。しかし、その脳容量は、ホモ・ハビリスの平均をはるかに上回っています。これは、我々が知るホモ・ハビリスとは別の、独自の進化を遂げた種である可能性を示唆しています」。

古人類学者のドクター・ナオミ・リーが続いた。「DNA解析の結果も、それを裏付けています。既知の人類とは異なる、しかし明らかに人類に近い遺伝子配列。これは、私たちの人類系統樹に、新たな枝を加える必要があることを意味します」。

エマは頷き、本題へと入った。「では、なぜホモ・ハビリスに酷似した人類が、ここマリアナ海溝の深海で、しかも200万年前の地層から発見されたのか。この地理的、時間的矛盾について、議論したい」。

材料科学者のドクター・リチャード・カーペンターが、腕を組みながら口を開いた。「地理的な不自然さは明らかです。ホモ・ハビリスは東アフリカ、特にグレートリフトバレー周辺で進化し、その生息範囲も限られていました。ここ、太平洋の深海で見つかる理由が全く見当たりません。大陸移動説やプレートテクトニクスの観点からも、アフリカの初期人類が太平洋中央に到達する合理的説明はありません」。彼の声には、科学者としての厳格な論理性が宿っていた。

ソナースペシャリストのドクター・リサ・ジョンソンが、モニターに世界地図を表示させた。「地理的に不自然です、ドクター・カーペンターのおっしゃる通りです。ホモ・ハビリスが生息していたアフリカと、このマリアナ海溝は完全に隔絶された地域です。当時の技術レベルで、大洋を横断する航海能力があったとは考えられません」。

バイオエンジニアのドクター・エリック・ベネットが、腕を組みながら言った。「さらに、ホモ・ハビリスが太平洋のど真ん中の火山島に移動したという証拠もありません。もし、何らかの理由で移動したとしても、その後、深海に沈降し、しかも完璧な状態で化石化するという一連のプロセスは、想像を絶する偶然の連続を意味します」。

議論は、化石化のプロセスにまで及んだ。サラ・オコーナーが、厳しい表情で語る。「化石化のプロセスも問題です。ホモ・ハビリスの遺体が深海に到達し、適切な条件下で保存される可能性は極めて低いのです。深海は高圧、低温、酸素が少ないという特殊な環境ですが、通常は微生物の活動や化学反応で分解が進みます。地質学的に見ても、このフォアアーク盆地はプレートの沈み込み帯であり、高圧高温の環境下で遺物が保存されることはほとんどありません。遺体が押し潰されたり、変成作用を受けたりする可能性の方がはるかに高いはずです」。

ナオミ・リーが、深海の保存条件の厳しさを補足する。「深海底での保存条件は、化石化には適していません。特に、有機物が完全に分解されずに骨格が残るというのは稀なケースです。ましてや、200万年前の堆積層で、これほど完璧なホモ・ハビリス型の骨格が見つかることは、これまでの古人類学の知見からは、科学的に考えられません」。彼女の言葉は、既存の科学的常識の限界を明確に示した。

会議室には、重い沈黙が流れた。誰もが、目の前の事実に、これまでの知識が通用しないことを痛感していた。しかし、エマ・クレインの目は、この矛盾の奥に新たな可能性を見出していた。彼女は全員を見回し、力強く語りかけた。

「確かに、これまでの科学的常識では説明できません。しかし、だからこそ、この発見の価値がある。この化石がホモ・ハビリスに似ているという事実は、我々がまだ知らない別の人類種が存在していた可能性を強く示唆しています。彼らは、我々が知る人類とは全く異なる進化の道を歩み、この太平洋で独自の文明を築いていたのかもしれない。この発見は、我々の理解を大きく覆すかもしれません。いや、覆すでしょう」。彼女の言葉は、会議室に新たな光を差し込んだ。既知の科学的枠組みでは説明できない事態だからこそ、そこにこそ、真の発見が隠されているのかもしれない。

ナレーションが、この議論の重要性を強調する。「科学者たちは、ホモ・ハビリスがマリアナ海溝で発見されることの不自然さを議論し、新たな人類種の可能性について考えを深めていった。この発見が地球の歴史と人類の進化に関する新たな視点を提供することになるだろう」。彼らは今、科学の壁に直面している。しかし、その壁の向こうには、人類がまだ知らぬ、壮大な歴史と進化の物語が広がっているのだ。彼らの探求は、まだ始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ