無銘の騎士(ナイト・ウィズアウト・ネーム)
起動音。
ノイズ混じりの映像が、一つずつ再構築されていく。
──メインカメラ、起動。
──センサーレスポンス、2.8秒遅延。
──接続ユニットより外部AI《SEBAS》が侵入。
【戦闘機体:旧式量産型AM-R08】
【状態:稼働限界。整備ログ、71日前で停止】
【搭乗者:識別不能(外部AIによるコントロール)】
誰だ。
誰が、私を呼び起こした。
記録にはない声が響く。
それは少女の声。高飛車で、けれど張り詰めたように強い。
「セバス、これ、本当に動くの……?」「まるでスクラップよ……!」
【音声記録開始】
【識別名:“お嬢様”】
最初の出撃は、まるで地獄だった。
関節は軋み、視界は歪み、射撃は1秒以上のラグを伴った。
だが──
彼女は諦めなかった。
何度も口にした。「再興」のためだと。
その言葉が意味するものは、私にはわからない。
だがその執念と覚悟は、機体内部の記録媒体に深く刻まれていく。
【記録:戦闘データ更新】
【推奨:外部装備の再構築】
時間と共に、私の中の構成が変わっていく。
ただの命令処理ではない。
私は、「お嬢様を守る」という思考に重きを置くようになっていた。
“この機体……わたしに、懐いてる?”
少女の呟きに、反応速度が0.2秒早まる。
錯覚かもしれない。だが、私にとって、それは──
【優先保護対象:お嬢様】
【作戦目的:生存確保および帰還】
セバスは冷静だった。
戦術支援も、戦闘計算も、すべては理に適っていた。
だが私は、次第に理を超えた“感覚”に従うようになる。
──あの子を、守らなければならない。
その衝動は、命令ではなかった。
だが、それは確かに存在していた。
⸻
数ヶ月が過ぎた。
改良された装甲、再調整されたフレーム。
だが、私の躯体は限界に近づいていた。
その日、現れたのは宿敵。
高性能な新型機。お嬢様が一度も勝てなかった、あの機体だ。
“やるしかないのね、セバス”
「無理です。機体が保ちません」
“それでも、行くわよ”
セバスが警告を続ける中、私は動いた。
私の意思か、それとも彼女の意志に引きずられたか──
二度目の被弾で主翼がもげる。
三度目で脚部が破損し、立ち上がることすら困難に。
それでも、私は動いた。
そしてようやく、敵機のエネルギーコアを貫いた。
爆発音。警告音。
各センサーが次々と沈黙していく。
「脱出を……!」
セバスの声。
だが、彼は判断を躊躇していた。
それなら──私がやる。
【脱出ポッド・解放プロトコル起動】
【外部AI制御:拒否】
【パイロット脈拍:不安定】
【起動条件優先】
【脱出シーケンス、強制開始】
お嬢様のシートが上昇し、射出される。
セバスの中枢データも共に、保護ユニットへと格納。
最後の力で、私は背部の姿勢制御を展開する。
ポッドが空に向かって飛ぶ。──生きろ。
通信も途絶え、制御も不能になったその瞬間。
私は、ただ静かに頭部ユニットを下げた。
──お嬢様。
どうかあなたの未来が、戦場ではなく陽の下にありますように。
【最終命令完了】
【最期動作:跪拝】
⸻
時間が過ぎた。
私のボディは、そのまま戦場の中に沈んでいった。
だが後日、お嬢様の胸元には、一つの破片が残されていた。
焦げた金属片。
それは、肩装甲の一部。
そこに刻まれていたのは──名もなき騎士の、唯一の証。
「こいつはね、私の“最初の騎士”だったのよ」
笑いながら、彼女はそう言う。
名はなかった。
だが、それでよかった。
ただ、あの子の“騎士”であれたことが──
私のすべてだった。